第62話 トレシアの過去 その2

 とても大きなウィシュタル家のお屋敷を見て、私――トレシアはより一層気を引き締める。


 それから私は今まで以上に厳しい剣の鍛錬を受けさせられた。

 本家の屋敷に住まわせてもらってはいても私はしょせん分家の子。

 両親と同じように必死に鍛えて冒険者になることでウィシュタル家のお役に立つほかない。


 12歳になったらスキル鑑定の儀を受けるということは知っている。

 しかし、強力な固有スキルを発現させられるのは代々本家の人間らしい。

 固有スキルに期待ができない分家の者はこうして幼少期から剣術を訓練するしかない……そう教えられてきた。


 屋敷に来て、初めて拝見できたのがアラン様の実子であるエノア様だ。

 大体いつも部屋で寝ているか、本を読んでるか、庭先の日向でボーッとしている所を使用人たちに目撃されていた。

 エノア様は大事な本家の子なので、万が一にも誘拐などがされないよう屋敷の中から外には出れないよう制限されていた。

 私はエノア様と同い年だが、私は分家の人間。

 剣術の鍛錬が忙しく、気安く話しかけることもはばかられ、エノア様のことはいつも遠くから拝見する程度だった。


 ――そんなある日の事、剣の訓練を終えた私はたまたまエノア様を書斎でお見掛けした。

 しかし様子がおかしく、苦しそうに胸元をおさえて顔を真っ青にしていた。


「――!? エノア様、大丈夫ですか!?」


 私は駆けつけてエノア様に寄り添う。

 エノア様は強がるように笑顔を向けると、書斎の机の上に積まれた大量の書類を指さした。


「ごめん……この書類の山を見たら気分が悪くなって……」

「書類を……? な、何故でしょう……」

「社畜時代のトラウマが……うぷっ」

「め、目を閉じてここで休んでいてください! すぐにお水をお持ちします!」


 私はエノア様を介抱すると、エノア様の顔色がだんだんと正常に戻る。

 エノア様は水を飲んで大きく息を吐くと私を見た。


「ごめん、えっと君は……」

「トレシアです、分家の……」

「ありがとう、トレシア。君は優しいね」

「エノア様はアラン様の大事なご子息ですから、お助けするのは当然です」

「アラン……アイツか」


 エノア様はお父上様をまるで他人のようにそう言うと、ため息を吐く。

 そして、水を手渡した私の手を見てエノア様は心配そうな目を向けてきた。


「手がボロボロ……トレシア、アランに酷い事はされてない?」

「……? ど、どういう意味でしょうか?」

「だって、父上は分家の者に厳しいから。よく見下してるし、暴言を言うし、無茶な命令をしてるところも見たことがあるよ」


 確かに、そんなお話を聞いたことはある。

 しかし、きっとそれは分家の者が何か失態をおかしているからだろう。

 私を救ってくださったアラン様は優しいお方だ、意味もなく怒ったりはしない。


「大丈夫です、この手の傷は剣の鍛錬によってできたものですよ」

「そっか、トレシアは剣が使えるんだ。凄いね。俺も木の棒を振り回すのが好きなんだけど、怪我でもしたら大変だって何もさせてくれないんだ」

「だって、エノア様は大切な当家のご子息ですから! アラン様も大いに期待を寄せていますよ」

「確かに、期待は寄せてるかもね……俺に価値があると思っているから」


 何やら皮肉めいたようにエノア様はそう言うと、大きくため息を吐いた。


「きっと、トレシアももう少し成長したらアランに酷い扱いを受けるよ」

「そ、そんな事はないと思いますが……」

「ううん、きっと利用される。アランはそういう男だから」


 その瞬間、書斎の窓から黒猫が入って来た。

 それを見て、エノア様は両手を合わせて目をつむる。

 私はそんな様子を見て、少し困惑しながら尋ねた。


「エノア様、何をされているんですか?」

「……お願いしたんだ、神様に。『トレシアに神のご加護がありますように』って」

「神様に……ですか? でも、今のは猫でしたが……」

「俺、猫を助けた事があるんだ。だから、きっと恩返ししてくれるよ」


 エノア様はそんな事を言うと、私に微笑んだ。

 そして、再び猫が窓から外に行ってしまうと申し訳なさそうに呟く。


「ごめん、アランなんかがウィシュタル家の当主で。アイツ、俺の話も何も聞いてくれなくてさ」

「そ、そんなことはありません! アラン様は良い当主様ではありませんか!」


 なぜかアラン様を気に入らない様子のエノア様に、私は首を大きく横に振る。

 しかし、エノア様は寂しそうな瞳で呟き続けた。


「アランの目……俺はあの目を良く知っているんだ。自分の為だけに何もかもを利用して周りを不幸にする……そんな人間の目だよ。俺の事をちゃんと見てくれたことなんて一度もない。今度こそは……この世界ではなんて……思ってたのに……」


 エノア様はギュッと下唇を噛んで口を開いた。


「あんな父親なら、俺は要らない」

「……へ?」

「こんな話を聞かせてごめん、でもトレシアにも気をつけて欲しいんだ。アランは信用ならないから」


 そう言うと、エノア様は立ち上がって私に頭を下げる。


「トレシア、助けてくれてありがとう」

「は、はぁ……」

「少し頼りないかもしれないけれど、何かあったら俺の事をいつでも頼ってね」


 そう言うと、エノア様は私に感謝して部屋を後にする。

 私は書斎でしばらく動けずに呆然としていた。


 アラン様を侮辱していたエノア様の様子を思い返して頭が混乱を起こす。

 アラン様はドラゴン――エラスムスに襲われて亡くなった私の両親を立派だったと言ってくださった。

 そして、1人残された私のもとにすぐに駆けつけてこの屋敷に置いてくれた。

 そんな、素晴らしい……優しいお方だ。

 エノア様の様子を思い浮かべる度に、心の中でフツフツと怒りの感情が湧いてくる。

 私の両親はウィシュタル家の為に冒険者として必死に功績を上げようとして亡くなった。

 その当主であるアラン様を侮辱することは、私の両親を侮辱しているような気すらしていたからだ。


(エノア様は、本当にウィシュタル家を継ぐに値するお方なのだろうか?)


 そんな思いが、私の中でずっと渦巻いていた。



 ――そして12歳、ステータス判定の日。

 私には2つの奇跡が起こった。


 1つはエノア様が『キャンプ』だなんてハズレスキルを発現させたこと。

 おまけにランクはSS……G以下の表示なんて初めて見た。

 エノア様はとんでもない落ちこぼれだったようだ。


 2つ目は私が勇者に選ばれたことだ。

 Aランクスキル『魔剣士』。

 勇者として強力なスキルを発現させるのは100年に一度。

 血統も何も関係なく、勇者は突然現れると言われている。

 この2つの奇跡を利用して、私はついにアラン様の本当の子供になれたのだった。


――――――――――――――

【業務連絡】

昨日、マガポケの方でもコミカライズ版の更新がありました、もしよかったら読みに行ってみてください!


いつも読んでくださり、ありがとうございます!

何とか更新をしていきますので、引き続きよろしくお願いいたします!


<(_ _)>ペコッ

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