第15話 今、必要なもの

 半ば強引に稽古をつけてくれと押しつけられたセルティスは、アランの戦い方や身体の動きを見ていた。


 アランは強引に手裏剣を投げて、セルティスに攻撃を仕掛けようとする。


 セルティスはあっさりかわして手刀でアランを叩いた。


 「うぅ……」


 アランからすれば、全く、セルティスに攻撃を与えることができない。そんな状態が続いていた。


「……むやみに攻撃しても相手の動きを読まれるだけだぞ」


 セルティスはヒラリとかわしながら、アドバイスをする。


 しかし、考えてやるっていうことが苦手なアランにとって、どうやって相手の動きを読むかもわからなかった。


 アランの息が荒い。


 セルティスは少し休憩をしようと促す。


 アランは首を横に振る。


「このままじゃ、終われねぇ!!」


 セルティスは呆れていた。


「無駄な体力を使ってるぞ」


 アランは少し、イラッとしている。


「どうしたらいいか、わからない」


 セルティスは怒ることなく、ずっとアランのことを見ていた。


「力み過ぎだ。どんなことにも言えるけど、身体というのは無駄な力が入れば、スムーズな動きはできないし、相手の動きを読むこともできない」


 アランはセルティスの声を真剣に聞いている。


「力み……?」


 アランは肩を上下に動かしたり、首を回したりして身体をリラックスさせようとした。


 真剣なアランにセルティスは苦笑いした。


「筋肉の力みをとるだけじゃ意味はない。脳、心、筋肉全てをリラックスさせる。まずは、脱力が大事だ」


 とはいえ、アランに説明しても感覚として掴めてなければ、相手の動きも読めないし、一撃を与えることもできない。


 アランは脱力と聞いて、頭に疑問符を浮かべた。


 セルティスは少し考えてから提案する。


「アランの持っているその武器、手裏剣をいつもの感じであの木に投げてみろ」


 手裏剣は木に突き刺さる。勢いもあったし、スピードもあったように感じる。少なくともアランには。


「じゃ、次は脱力してから投げる。大きく深呼吸して吐くことを意識しろ。長く吐く」


 セルティスの言われた通りに吐くことを意識して長く吐いた。


「投げる前には遊びが必要だ。投げる寸前まで腕には力を入れない。投げる瞬間だけ力を入れる。同時に息を吐け」


 ビュンッ


 アランの投げた手裏剣は、先ほどよりもスピードが増した。


 そして、何よりも音だ。1回目投げたときは、かなりの大きな音で鈍い音がした。


 ところが、2回目投げた時は、かなり静かな音。それなのにスピードが増して、木に突き刺さる強さも2回目のほうがある。


 これは実際のスポーツでも、アスリートは必ず脱力を意識する。


 今の手裏剣の投げ方は、野球でのボールの投げ方に似ている。


「えっ……? なんで……? 脱力しただけでこんなに威力が違うのか……」


 アランは驚きを隠せなかった。


 セルティスはゆっくりと息を吐いた。


「アランに今、必要なのは筋力や体力じゃない。筋力や体力は後からついてくる。必要なのは脱力。これで無駄に力を使わずに、体力が温存できる」


 アランはセルティスを尊敬の眼差しで見ている。


 18歳という年齢は、無理にパワーでなんとかしようとする傾向が多い。


 高校野球でも問題になっているが、無駄な力を使って精一杯投げている。そのため、プロになってケガをして活躍できずに引退する。そういうパターンが多いのだ。


 だから、いかに無駄な力を抜くかがポイントなのだ。その為に脱力トレーニングというのを重視する。


 セルティスは一呼吸おいてから、更にアドバイスをする。


「脱力が上手にできるようになると、五感が鋭くなる。すると、判断が良くなる。相手の動きを読むこともできる。また、音を聞くことで、手裏剣の投げ方が良い投げ方なのか、悪い投げ方なのかも区別ができるようになる」


 アランは驚きと感動と尊敬と、いろんな感情がこみ上げてきた。


「すげぇ……」


 脱力をするためには、息を吐くということが大事。吸うのは、きちんと吐くことができれば、勝手にやってくれる。だから、ちゃんと吐くことで無駄な力を抜いてくれる。


「精一杯やるのもいいんだけど、精一杯やってもきちんと脱力をした上で、精一杯やる」


 セルティスはそう言って、脱力トレーニングの方法を教えてくれた。


「とにかく力を意図的に入れて力を抜く。この感覚を掴むことが大事。単純だけど、このトレーニングをすることで脱力の感覚を覚えさせる。特に末端はブラブラさせて力を入れない。あと、腰周辺も」


 アランは目から鱗のような話が次から次へと出てきて興味津々だ。


「それだけではない。脱力ができるようになると相手の力を利用することもできるようになる。まずは脳に覚え込ませる必要があるから、筋肉と身体が

トロトロして溶けているというイメージをすることも大事」


セルティスは興味津々に聞いてくるアランに、説明する。


 アランはとびっきりの笑顔を見せた。


「ありがとう!」


 今、アランに必要なのは脱力ということがわかり、早速、脱力トレーニングを欠かさずやることにした。


 追記:

脱力トレーニングは実際にアスリートが行っています。日本ではサッカーの長友選手が脱力トレーニングを話題にさせました。

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