第50話 あるバイト門番の交渉

 正門前には、第一警備隊の先輩方が三名で、昼の通行ラッシュ時の受付を担当していた。

 だが、街から外に出る俺とゲホゲホの姿を見るなり、その中で、一際派手な金色に輝く大盾を背負った先輩が、嫌な顔で聞こえる様に小言を呟いた。


「第三警備隊は、いーよな。特別扱いして貰えて」


「先輩方、お疲れ様です」


「そう思うなら、仕事増やさねー様にしてくれよな」


「ちょっと外、歩くだけなんで、通行を許可して貰って良いですか?」


「ああ、忙しい時間を外してくれれば、勝手に通って良いぞ」


「すいません」


 最近、嫌でも実感するようになったのが、警備隊における他の隊との孤立感だった。

 どうやら、第三警備隊は他の隊の方々から、凄く嫌われている様だ。


 勿論、フェイさんやアーチといった、力も態度も強い人には、こういう態度を見せる事はない。

 したがって、いつも、難癖を付けられるのは、大概、俺かセルドの役割だ。

 今だって、後ろの席にアーチが乗ってるって分かっていれば、あんな事は言わなかっただろう。


 正直な所、毎日の勤務では他の隊と接する時間は、交代時に行う、引継ぎの時間位しか、関りは無い。

 だが、俺達の起こしたとされているトラブルのしわ寄せが、他の隊の負担に繋がっているのに、声と態度が大きい事が、主な不満の原因らしい。


 思い返せば、この間もオルトロスをなすりつけたばかりなので、俺は、頭を下げる事しか出来ない。


「何よあいつら! 後輩に当たって情けない! あたしやフェイの前では、面と向かって何も言えない癖に」


「そりゃ、あんたらに言うと、酷い目に合うって分かってるからだろ」


「そうだぜ、姉御。聞いたところによると、こないだ、姉御が裏門にぶつけた岩のせいで、あの人達、業務中に壁の修繕してたらしいぞ」


「へー。そんな事があったとは。あいつらも災難だねー」


「こいつ、自分がやった事を忘れてやがる」


 嫌みな先輩の前を通って、正門を抜けると、いつも仕事中に眺めている広大な平原が俺達を出迎えた。


 村から出て来たときは、外壁に圧倒されて何とも思わなかったが、馬車の上から見る景色は、今になって分かる良さがある。

 きっと、行商で大陸中を渡り歩く人達も、意外と楽しんで、街道を走っているのかも知れない。


「さあ、ゲホゲホ! おもっきり走って良いぞ!!」


「きゅうううー!!」


 ゲホゲホは、俺の合図で、街の外周を時計周りに走り出す。

 始めは、慣れない馬車を気にして、探り探り走っていたが、裏門付近に到達する頃には、遠慮を捨て、自分の好きな様に走り出していた。


「「「うおおおおおーーー!!」」」


 遠慮を無くしたゲホゲホは、俺達の想像を超える速さで、駆け回る。

 馬車が速度を上げるにつれて、向かい風が次第に強風となって、馬車の中の俺達を吹き付ける。


「ひゃっほー!!」


 アーチも髪を全て後ろに流しながら、身を乗り出して、爽快感を楽しんでいた。


「めっちゃ早いけど、そんな事より、すっげぇ、風が気持ちーな!!」


「ああ、俺も馬車欲しくなって来たぞ!」


「ホント、気分転換にピッタリだわ!」


「ゲホゲホ! お前も楽しんでるか?」


「きゅうううー!!」


 ゲホゲホも、気兼ねなく走れている様で、何よりだ。

 それにしても、ゲホゲホの奴、馬車を引いた事があるどころか、引き慣れてるって感じだな。

 いきなり、馬車を引きながらこんなに速度を出せる馬も、中々いないだろうに。


 これからは、皆の気分転換の為にも、こうやって、定期的に外を走らせてやらないとな。

 その後、三周程外周を走り回ったゲホゲホが、満足して足を緩めたので、街の中に帰る事にした。

 帰りは、行商の列に並んで、自分達の番を待つ。


「こうして、並ぶ側に来るのも、変な感じだよな」


「だなー。でも、通行客側でも、早くして欲しい気持ちは変わらんな」


「たぶん、あいつらがあたし達より、客を捌く速度が遅いんでしょ?」


「そんな人で変わるもんか?」


「誰がやっても、変わんねーよ。ほら、カーマ。そろそろだぞ」


 ようやく、俺達の番が回ってくると、先程の先輩が、受付に入ってくれたが、今回は、打って変わって、楽しそうな表情を浮かべていた。

(何か、良い事でもあったのかな?)


「それでは、お次の方、お名前と年齢、ご来訪の理由をお聞かせ下さい」


「いやいや、先輩、俺です。カーマですって」


「カーマさんですか。それで、年齢と来訪理由は?」


 先輩は、笑顔のままだが、何かがおかしい。


「だから、俺は十八ですって、さっきそこで喋りましたよね?」


 何故、俺を認識せずに通行客として扱うんだよ。

 あんなに嫌みを言って来ておいて、俺の顔を忘れたとは言わせないぞ。


「それで、来訪理由は?」


「馬を走らせて満足したので、街に入りたいんですが……」


「そうですか。それでは、通行料千ロームになります!」


「はあ?」


「はあ? って言われましても、こちらも商売な物でして……それでは、通行料千ロームになります。……早くしろよ。マニュアル通りの対応って事は、お前も分かってんだろ?」


「ちょっと待って下さいよ! 少し外に出て戻るだけで通行料取るんですか? 俺達同僚ですよね?」


 確かにマニュアル通りであれば、正門の通行にはお金が掛かるが、同じ職場の仲間が、少し外に出た位、融通を利かせて欲しい所だ。


 この先輩、もしかして、始めから通行料を徴収するつもりだったのか。

 だが、こうなれば、あいつ等の出番だ。


「すいませんでした。そういえば、通行料って馬車に乗ってる人間にも発生しますよね?」


「そうだが、中に誰か乗っているのか?」


「ええ、アーチとセルドが乗ってまして……」


「そうか、では、三人で総額、通行料三千ロームになります」


「分かりました。よし、隠れてないで、出てこいお前ら」


 俺は、お金の話になった途端、影を潜めていた乗組員を巻き込んで、マニュアル人間と化した、先輩門番を言いくるめる方に、方向転換する。


「カーマ、何で、あたしらの名前を出したんだよ?」


「そうだぞ! お前が大人しく払えば問題ないだろ?」


「お前らが隠れて、他人事みたいな顔してるからだろ。それに、アーチが居れば、あの人も変な態度は取ってこないだろし」


「じゃあ、俺は巻き込むなよ!」


「うるせぇ。お前も馬車で楽しんだろ? じゃあ、共犯だ」


「俺は、お前に付き添ってやっただけなのに……」


「ちなみに聞いておくが、お前ら今、何ローム持ってる?」


「安心しろ。俺は、無一文だ!」


「あたしも、セルドが金が掛からないって言ったから、勿論、持って来てないよ。カーマは?」


「俺は、三百ロームだ。……よし、強行突破だな」


「だな!」


「暴力なら、あたしに任せなさい!」


 目的のはっきりした俺は、馬車を他の通行客の邪魔にならない様に、外壁に沿って停めると、二人を連れて、馬車を降りた。


「やっと降りて来たか。それじゃあ、三人で、三千ロームだ。早く払え」


「おいおい、第二警備隊のバイト門番よ。あたしらが、お前如きの言う事に耳を貸すと思っているのか? 早く、話の通じる上の人間を呼んで来い!」


「ごねても無駄だぞ。対応はマニュアル通りにすると決まっている。それに、俺は第一警備隊の正社員だ!!」


 アーチの先制攻撃は、予測されていたのか、簡単にいなされてしまう。

 ならば、次は俺が精神に攻撃を加える。


「先輩、マニュアル通りに生きてる男って、くそダサいって、この前ルートさんが言ってましたよ。器って言うか、男としての対応力って大事ですよね?」


「ルートさんは、決して、そんな事は言わん。そもそも、お前らみたいな連中と揉めない為に、マニュアルは存在している。早く払え!」


 第三警備隊以外の男達の憧れ、ルートさんを使った俺の攻撃も、マニュアルという壁に阻まれ、完璧に捉える事は出来なかった。

 だが、突破口はまだある筈だ。

 俺は、嫌でも目に着く金色の大盾に的を絞る。


「先輩、その盾、凄く高価に見えるんですが、どうされたのですか? もしかして、パクったとか?」


「馬鹿言え、ちゃんとボーナスを注ぎ込み、三年ローンで買ったんだよ!」


 どういう事だ。

 たかが、大盾でローン何て、聞いた事が無い。

 そこまでする程に、高価な物だと言うのか。


「ローン? ……ちなみに、その盾、いくらだったんですか?」


 俺は、先輩の言葉に煽る事も忘れ、純粋に質問をしていた。

 すると、先輩は、得意げな顔で眉毛をピクリと上げて語り出す。


「特別に教えてやろう。……五百万だ!」


「「「五百万っ!?」」」


 俺達は、盾に年収以上の財産をつぎ込んだ男に恐れをなす。

 こいつ、本物の化け物だ。


「カーマ、一流になりたければ、一流の物を身に付けろって言うだろ?」


「は、はぁ……何か聞いた事がある気がします」


「俺はな、自分に見合う物をビックリクラフトの女神、カエヤ様に選んで貰ったんだ!! これは、伝説の金属、パチハルコンを使った国宝級の大盾だ!!」


「「「プっ!!」」」


 パチハルコン。

 十中八九偽物と思われる、その名を聞いて、俺達は吹き出してしまったが、国宝と信じてやまない先輩に、真実を告げるのは、酷だろう。


 俺は、段々と可哀そうになって来た先輩に同情し、口を閉じた。

 だが、俺達には、まだ、セルドが居る。


「……先輩、貴方はこのままでいいんですか?」


「ああ、お前らが通行料を払えばそれでいいが」


「そうじゃなくて! 俺達の誰も貴方の名前を知らない。この状況を恥ずかしいと思わないんですか?」


「……何が言いたい?」


 おや、難攻不落の先輩が、セルドの問いに僅かな揺らぎを見せる。

 これは、突破口が見つかったかもしれない。


「何って簡単です。取引ですよ。あなたがこの場を見逃してくれれば、俺達は、貴方の名前を憶えてあげると言ってるんです。悪い話じゃないと思いますが、どうでしょう?」


「…………分かった。お前がそこまで言うのなら」


 先輩は、思いつめた表情で、数秒、空を見つめると、机の上に置いてあった魔道具に手を掛ける。

 この人、もしや、助けを呼ぶ気か?


「ちょっと待――」


 ピーン……ポーン。

 止めに入ろうとしたが、遅かった様だ。

 音が二回、異常発生の合図か。


「セルド、交渉決裂だ。俺はお前らなんかに、名前を呼ばれなくても平気だ! 何故なら、ルートさんは、いつだって、俺を名前で呼んでくれるからな!」


 周りの通行客が振り返る程、大きな声で、先輩が俺達に言い放ったと同時に、正門の内扉が勢いよく開かれた。


「何があったの?」


 慌ただしく飛び出して来たのは、名無しの先輩の憧れである、ルートさんだった。


「ルートさん、助けて下さい! さっきから何度言っても、通行料を払わない輩がいるんです!」


「分かった。私が対応するわ、案内して頂戴っ!」


「はいっ、こちらです!」


 ルートさんは、先輩に案内されるまま、小走りで俺達の前に現れた。


「ルートさん、こいつ等です!」


「ご苦労様。……はぁ……で、何であんた達が揉めてるのよ?」


 駆け付けたルートさんは、俺達の姿を見るや、呆れたように溜息を付いた。


「ルートさんじゃん! お疲れー!」


「お疲れじゃないわよ。……アーチ、貴方昨日、あんなに落ち込んでたのに、何やってるのよ?」


「いやー、セルドに誘われて、外に出たら、シンプルにお金が無くってさー」


「セルドは?」


「俺も、カーマの付き添いで外に出たら金が無くって……」


「カーマ、お前か?」


「違います! ゲホゲホが外を走りたいって言うから!」


「きゅうううーん?」


 突然、名前を呼ばれたゲホゲホは、馬車に繋がっている為、俺に飛び掛かっては来ないが、こちらを向いて、首を傾げていた。


「ゲホゲホはそんな事言わん!!」


 ルートさんは、真偽を確認するよりも先に、俺に飛び蹴りを放つ。


「何で俺なんで――ぐはぁっ!!」


「取り敢えず、今回の分は、来月の給料から引いとくから、それで良いわね?」


「「「そんなぁー?」」」


「本来は、警務隊に引き渡すんだけど、来週のシフトに穴開けられても困るからね。そもそも、自分達の職場何だし、トラブル起こさないでよ!」


「すいませんでした!」


「宜しい。それじゃあ、大人しく帰りなさい」


「ねえねえ、ルートさん。今日も、夜飲み行こうね!」


「はいはい。 それなら、メリサも誘っといて!」


「あいよー!」


 ルートさんの仲裁もあって、警務隊に引き渡されずに済んだ俺達は、馬車に戻る事した。

 俺達が、帰り出した事もあり、後ろでは、一安心した先輩がルートさんと話している声が聞こえて来ていた。

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