第49話 あるバイト門番の試運転

 今日も、警備長との特訓で一日は始まった。


 休日だと言うのに、早朝からセルドと共に、外壁の上を走り、警備長にぶっ飛ばされる。

 慣れて来た種目もあるが、まだまだ特訓は卒業出来なそうだ。

 それに、咳込んだ拍子に、着いて来たゲホゲホに突撃されるなど、新たな負荷が加わった事もあり、一杯一杯な事には変わりない。


 それにしても、警備長は元気を取り戻していたようで一安心だ。

 警備長が落ち込んでいたら接し方が分からないからな。


 一通り、特訓を終えると、セルドが魔法で淹れた水を飲みながら休憩に入った。

 ゲホゲホも俺達に並んで、一際大きな桶に頭を突っ込みながら、水分を補給する。


「どうじゃカーマ。ゲホゲホには乗ってみたか?」


「まだですね。今日、馬車を取りに行くので、昼くらいに乗ってみる予定です」


「何じゃお前、貧乏な癖に馬車も買ったのか!?」


「そうなんですよ。こいつ、門番で街の外に出ない癖に、買っちゃったんですよ!」


「良いだろ、俺の勝手だ」


「馬鹿は金の使い方も頭が悪いのう。じゃが、せっかくなら、馬車も付けて外を走って見ろ。ゲホゲホだけじゃなくて、お前の為にもなるかも知れんぞ」


「俺の為ですか?」


「そうじゃ。騎士団の中には、対魔物用に組織された騎馬隊がある。当然、遠征の多い騎士団には馬車は必需品じゃ」


「そうなんですね! じゃあ俺、もっとゲホゲホと仲良くなって、色んな所を走りまーー」


「きゅうううー!!!」


 名前を呼ばれたゲホゲホは、笑顔のまま、俺に猛スピードで突進を仕掛けた。

 不意に吹き飛ばされそうになるのを、塀にしがみついて、何とか、踏みとどまる。


「お前、何しやがる!」


 俺は、ゲホゲホの手綱に掴み掛ると、仕返しとばかりに、俺の顔を舐め回した。


「お前、舐めやがって! 誰が、お前の飯を買ってると思ってんだ!」


「これじゃあ、仲良くなるのは、当分先じゃの」


「こいつがゲホゲホを扱えるとは思えませんよ」


「じゃが、あれを乗りこなした時は、もしかするかも知れんぞ?」


「んな、まさか。……良く見て下さいよ、あいつらを。名前呼ぶだけで、喧嘩になってますよ」


「じゃからじゃ。儂は長い間見てきたが、騎士団にだって、あんなに馬とコミュニケーションを取れる奴は見た事がない」


「一緒に寝てるだけじゃ……」


「そうかもな。じゃがな、セルドもうかうかしてると追い抜かれるかもしれんぞ」


「大丈夫ですよ。あいつまだ、中級も一人で狩れないんで」


「そうじゃったか。まー、魔法の事はフェイに任せてある。時期に何とかなるじゃろ」


 その後、警備長が仕事の為に事務所に向かうまで、過激な特訓は続いた。


「ふぅー。やっと終わった。それじゃあ、ちょっと早いけど、馬車貰いに行こうぜ!」


「そうだな」


 セルドと共にゲホゲホを連れ、ビックリクラフトに向かうと、そこには、俺の愛車になる予定のちゃんとクルーザーが、店の前に堂々と並べられていた。


 ゲホゲホも、自分が引いた馬車を覚えているのか、店に向かうよりも先に馬車の前に歩き出した。


「どうだゲホゲホ。これが俺達の愛車だぞ!」


「きゅうううー!!」


「こうやって見ると、迫力があってカッコいいな」


「だろ!」


 既に待ちきれないゲホゲホと共に、店に入って、引き渡しの手続きを行う。


「カーマ様。ようこそお越し頂きました」


「おはようございます、カエヤさん!」


「馬車はもうご覧になりましたか?」


「ええ、ゲホゲホも嬉しそうにしてます」


「きゅうううー」


「それは良かったです。今回は、納車に合わせて、表面を磨かせて頂いていたので、外観も以前より、輝いているかと思います」


「何から何まで、ありがとうございます」


「いえいえ、表面磨きの料金もローンに上乗せさせて頂きましたので、後程、確認してください。それでは、馬具を合わせますので、ゲホゲホ様をお借りしても宜しいですか?」


「大丈夫ですよ」


 カエヤさんは笑顔のまま、ゲホゲホを連れて馬具を装着しに行ったのだった。


「なあ、セルド。カエヤさんが言ってたのって、幾らすると思う?」


「知るかよ。お前のローン理論だと、タダじゃないのか?」


「そうなんだけどさ、ちょっと手際が良すぎて心配になったんだよな」


「あんまり、考えすぎるなよ。最悪、保証人に任せて飛べばいいんだし」


「それもそうだな」


 店の奥で馬具を装着して貰ったゲホゲホと共に、もう一度、馬車の取り扱いを学んだ俺達は、カエヤさんに見送って貰いながら、馬車に乗り込む。


「カーマ様、ご不明点や故障した際は、いつでもいらして下さいね。それでは行ってらっしゃいませ!」


「行ってきます!」


 ゲホゲホに合図を出し、ゆっくりな速度で馬車を走らせる。


「よーし! ゲホゲホ、このまま門の外を走ってみるか!」


「きゅうううー」


 馬車を手に入れた俺は、親知らず通りを抜け、正門を目指す。


 こうして、馬車に乗ってみると、何時もの街も違う印象を感じる事が出来た。

 いつもより高い視線と、吹き抜ける気持ちの良い風、馬車特有の適度な揺れ。

 そのどれもが、馴染みの街を新鮮に変えてくれた。


 この馬車でゲホゲホと旅をしたら、何処に行ったって、楽しいだろうな。

 でも、それはまだ先の話か……。

 実際は、纏まった休みがいるから、バイトしている内は、お預けだろうな。

 いつか、騎士団に入団出来たら、その時は、記念に色んな街を回ってみよう。


「なあ、カーマ。今から外走るだろ?」


「ああ、こんなにいい天気だ。絶対、気持ちいいと思うぞ」


「だよなー。せっかくだし、姉御も呼ばねーか? 昨日、あんな調子だったから、気分転換になると思うんだよ」


「まあ、人は多い方が楽しいから呼んでやるか!」


 俺達は、馬車をアーチの小屋の前に停めると、アーチを呼び出した。


「姉御起きてるかー?」


「アーチ、遊び行くぞ!」


「……何よ、あんた達? ってか、その馬車どしたの? パクった?」


 ボロボロの服に身を包んだアーチが目を擦りながら、姿を見せた。


「パクってねーわ! ちゃんと買ってんだよ! で、今から、俺の馬車で試しに走るんだけど、お前も来るか?」


「どうせ、暇してんだろ。姉御も来いよ!」


「何で、暇って決めつけてんのよ?」


「そりゃあ、この時間まで、寝てたら暇人だろ。それに、金の掛からない遊びに誘わねーといつも怒るじゃん」


「ったく。しょうがねー奴らだな! 付き合ってやるよ!」


「後ろの席、空いてっから、早く乗れよ」


「えー!? あたしが操縦じゃないの?」


「な訳ねーだろ! はよ乗れ!」


 アーチは、着替えもせずに寝起きのまま、馬車に乗り込んだ。

 こうして、最後の乗組員が集まった、ちゃんとクルーザー号は、正門に辿り着く。


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