第47話 あるバイト門番の夜遊び③
「なあ、トーマス。あの人って既婚者だっけ?」
「知るかよ。直接聞いて見ろよ」
「嫌だよ、俺、まだ死にたくないし」
「本人に聞くまでも無いよ。子供が二人、どっちもとっくに成人越えてるよ」
子供の時から、付き合いのあるゲータさんが真面目な顔で、答えてくれた。
「そうなんですか?」
「知らなかった。あの人でも結婚出来るんだ」
「あんなんでも、警備長なんだから、それなりにはモテたんじゃねーか?」
「そりゃあ、警備長って昔から凄かったからねー」
店から完全に姿を現した警備長は、堂々とした顔付きで、こちらに向かって歩き出す。
どうやら、見つかってしまった様だ。
「師匠、あれはどっちですか? かなり堂々としてますし、何より、肝心の襟足がありませんよ!」
「襟足どころか、一本も生えてない。なるほど、これは難問だね。でも、警備長はそもそもマッサージなんて、必要としていないから裏口!」
「ゲータ、正解じゃ」
自分から白状した警備長は、何時になく、頭皮が艶々していた。
よっぽど、良い思いをしたに違いない。
「お疲れ様です警備長!」
「お疲れ、バカタレ共。……で、何でお前がここにおるんじゃゲータ? 儂はお前に給料を使って、夜遊びをするなと言った筈じゃが」
「すいません、警備長。カーマがどうしてもと言うので、仕方なく来てしまいましたが、給料ではなく、招待券を使いますので、許して下さい」
「カーマ。お前って奴は下着泥棒じゃ飽き足らずに、店にまで手を出すとは、何て奴じゃ!」
「誤解ですって!」
「今からお前らも入るのか?」
「はいっ!」
「そうか……給料の使い道はお前達の自由じゃが、くれぐれも、マーシャちゃんには入ってくれるなよ!」
「どうしてですか?」
俺は、警備長の出した唯一の条件に疑問をぶつけるも、セルドが割って入る。
「お前、分かんねえのか?」
「わ、わりぃ、正直なとこ、良く分かんねえ。何かそういうルールでもあるのか?」
「ルールって訳でも無いけどよー……普通に考えて、警備長と
「確かに、想像しただけで吐きそうだ」
「だろ?」
また一つ、知識を付けた俺は、警備長のお気に入りの子には当たらない様にと、願っていると、俺達がもたれ掛かっていた、建物の裏から、聞き馴染みのある声が耳に届く。
「……何で、よりによって、お前がここにいんだよ?」
そこには、先頭を歩くアーチと、その後ろで仲良く肩を組んでいるルートさんとメリサの姿があった。
どうやら、三人は、【苦悶イックモン!】の向かいにある酒場で、給料日の祝杯を上げていた様だ。
今から、
だが、気掛かりなのは、アーチだ。
酒の所為か、はたまた、機嫌が悪いのかは知らないが、アーチの声色はいつもと比べてみても、随分、尖って聞こえる。
「別にいいだろ。休みの日くらい、何処で何をしようと俺の勝手だ」
「お前に言って無い。外野は黙ってて!」
どうやら、アーチは、俺に用は無いらしい。
「……儂か?」
「ああ、お前だよ。一体、どういうつもりだよ?」
アーチは、俺の真後ろに居た、警備長の胸倉を見上げながら掴むと、鋭い眼光を突き刺しながら、質問を続けた。
「お前、あそこから出て来たろ? こんな事、許されると思ってるのか?」
「…………すまない。……本当に、すまないと思ってる」
いきなり、アーチに詰められた警備長には、いつもの覇気が感じられなかった。
普段の警備長であるなら、アーチに掴み掛られたら、問答無用で殴り飛ばす筈だが、視線を下に向け、バツが悪そうな表情を浮かべていた。
警備長とアーチは、よく勤務中に争っている所は目にした事があるが、今回は様子が可笑しい。
いつもと立場が逆転し、アーチが警備長を一方的に詰めているからだ。
「アーチ、一旦、落ち着いて!」
「あんたも関係ない。それに、ゲータならあたしの気持ち、分かるでしょ?」
「わ、分かるけど、街中で喧嘩は……」
「分かるなら黙ってて。これは、あたし達の問題だから」
アーチは、止めに入ったゲータさんを一蹴すると、再び、警備長に向き合った。
先程まで、メリサと肩を組んでいたルートさんも、状況を察してか、メリサを連れて、距離を取っていた。
その様子を見ていた俺達は、幼馴染のゲータさんをその場に残して、ルートさんに続いた。
「アーチの奴、急にどうしたんですか?」
「……んー。私からは言いたくないかな。これは、当人同士の話だし」
「ルー姉は知ってるの? アーチさんが何で怒ってるか」
「そりゃあ、この職場で十年も働けば、嫌でも上司の事は知っちゃうよ」
ルートさんは、二人が揉めている原因に心当たりがある様だが、肝心な事は口に出してくれない。
「セルド、お前はどうだ? 何か心辺りとかあるか?」
この場における、ルートさんに次ぐ、古株のセルドに問いかけるも、反応は良くない。
「姉御があんなにキレてる所は、俺も久しぶりに見たが、詮索するのは止めておこうぜ。それに、今は、人の心配より、自分の身を案じろ。巻き込まれてら即死だぞ」
「そうだよな。わりぃ、変な事聞いて」
セルドやルートさんの言った通り、外野の俺は、干渉する事無く、傍観に徹するべきだろう。
アーチと警備長の間に、一触即発の空気が流れている中、セルドが何かを思い出す。
「ちょっと待てよ!」
「どうしたセルド?」
「確か、前に姉御がキレた時は、大事な人に裏切られた時だった。つまり、今回も同じ事が言えるんじゃないか?」
「そういう事か!」
「どういう事だよ? 説明してくれ!」
俺と同じく傍観者に徹していたトーマスが、突如、何かを閃いたかの様に声を上げた。
「まずは、状況を整理しよう。大事な人に裏切られたアーチと、
「どうしてトーマスが仕切るの? キモいんだけど?」
「何故かって? それは、俺だけが真相に辿り着いたからだ!」
「で、結論は何だよ?」
途中まで影を潜めていたトーマスは、泥酔モードのメリサにはビクともせず、得意げな顔で言い放つ。
「つまり、アーチと警備長、二人は禁断の愛人関係にあるんじゃないか?」
「「「何っ!?」」」
「これで全ての辻褄が合うと思わないか?」
「全てって言うと?」
「そもそも、疑問に思った事はないか? あの礼儀に厳しい警備長が、何故、勤務態度最悪のアーチを長い間雇っているか。これは、あの店同様に、本命の何かをカモフラージュして隠しているのだろう」
「それが、年の差恋愛って事か?」
「ああ。それに、ああいう店から男が出て来て、女が怒る理由なんて、それしか無いだろ。どうですかルートさん?」
「……零点ね。検討外れもいいとこだわ」
「間違えてんじゃねーか!」
「ダッサ!」
「そんなぁっ?」
トーマスの自信満々な推理が破綻する頃、膠着していた二人の状況が動き出す。
「お前にとって、あの人はそんなもんだったのかよ?」
「すまないアーチ。そういうつもりじゃないんだ」
「じゃあ何だってんだよっ!! 謝る相手はあたしじゃねーだろ!! お前、忘れてねーよな! 母様の事!!」
「……そんなの忘れる筈が無いじゃろ!!」
「じゃあ何で、こんな店に行ってんだよ!! これ以上、母様を悲しませるな!!」
「……本当に済まなかった。今から、母さんに謝って来る」
珍しく目に涙を浮かべるアーチを見た警備長は、その場で両膝を付き、アーチに頭を下げた。
二人の間に入っていたゲータさんは、喋る事無く、アーチの肩に手を置いて、なだめている。
目の前で繰り広げられた、一連の流れを見ていた俺達は、警備長の土下座を見届けてから、トーマスが繰り広げた、なんちゃって推理の斜め上に行った事実を口に出す。
「「「「母様っ!?」」」」
「って事は、あの二人は……」
「だから、零点って言ったでしょ。あの二人は、正真正銘の血の繋がった親子よ」
「嘘だろっ? 俺、一年一緒に居ますけど、そんな事一度も聞いた事無いですよ!」
セルドも知らなかった事実に驚愕している様だ。
似ても似つかない、あの二人が親子だったなんて、俺でも信じられないのだから、付き合いの長いセルドなら、なおの事だろう。
「二人共、家族の事は喋りたがらないから、これ以上は勝手に詮索しない事。分かった?」
「はいっ」
「じゃあ、私もヤニ切れしてきた事だし、帰ろっか!」
「うん、酔いが醒めて来たから、私も部屋で飲み直ししなきゃ」
「そうですね。帰りましょうか」
「だなー。お楽しみは、また今度にするか」
娘に激高されて、覇気が完全に消えた警備長が、トボトボと歩いて帰宅し、怒りが収まらないアーチもどこかに走り去ってしまった事で、必然的に店の前にはゲータさんが取り残されていた。
だが、興が醒めた俺達は、目の前にルートさんとメリサが居る事もあり、店の裏口に辿り着ける状況では無いので、悔しいが今日は帰る事になった。
「みんな、ちょっと待って!」
二人の争いを間近で見守っていたゲータさんが、俺達の方に駆け寄って来た。
「ゲータさん、無事でしたか?」
「僕は何ともないよ。只、さっきの事で、言っておきたい事があってね……」
「どうかしましたか?」
「僕が言うのも変な話だけど、余計な詮索をさせない為に言っておくね。……アーチの母親は、既に、亡くなってるんだ。それも、アーチが産まれて間もない頃にね」
「「「「えっ!?」」」」
ゲータさんの突然の告白に、ルートさん以外全員が、戸惑いに満ちた声を上げていた。
「でも、警備長は今から謝りに行くって、そう言ってましたよね?」
警備長が歩いて行ったのは、北の方角だ。
親知らず通りの最北に位置するこの場所から、北に行ったって、あるのは俺達には無縁の貴族街位だ。
「多分、お墓に謝りに行ったんだと思う。でも、これ以上は詮索しないであげてくれるかな?」
「分かりました」
「じゃあ、僕はお店の人にキャンセルしてくるから先に戻ってて」
「分かりました。ゆっくり歩いてるんで、追いついて下さいね」
「うん。メリサちゃんもいるし、色々、バレる前に早く帰りな」
ゲータさんは、女性陣の目を搔い潜って、裏口から店に入って行った。
だが、その後、待てど暮らせど、ゲータさんは、姿を見せなかった。
翌朝、何処かから帰宅したゲータさんは、何故か、風呂に入る前だと言うのに、襟足が濡れていたが、誰も触れる事は無かった。
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