第46話 あるバイト門番の夜遊び②

 当然ながら、如何わしいお店が増えて来た事もあり、店先には、露出度の高い格好に身を包んだ、お姉さん達が、これでもかと色気を振り撒きながら呼び込みを行っていた。


 これも、煌びやかな王都の裏側を覗いている様で、興奮するのだが、何故か、先程から客引きのお姉さんがゲータさんにばかり、声を掛けるのだ。


「ねえ~ゲータ君。今日は私と激しくビリビリしな~い?」


「え~、私に、拘束ビリビリプレイしてくれるんじゃないの?」


「ゲータ様、私は営業終わりでも大丈夫ですよ!」


「ごめんね、今日は後輩を連れてるから、また今度ね」


「「「そんなぁ~!?」」」


 先程から、大半のすれ違う女の人と、こんな感じの会話を繰り広げているのだ。

 何だろう、俺の知ってるゲータさんって、こんな人だったかな。


「なあ、トーマス。あれって、俺の知ってるゲータさんで合ってるか?」


「お前の知ってるゲータさんが、どういうイメージかは知らんが、師匠はああいう人だぞ」


「そうだぞ、カーマ。お前も師匠に女遊びの何たるかを教えて貰うといい」


 セルドとトーマスには俺の抱いている気持ちは理解出来ないらしい。

 そういや、セルドの奴はナンパの時も……。


 はっ!?


 以前の会話を思い出していた、俺の脳裏には、ある仮説が生まれていた。

 だが、同時にこの仮説が、俺の間違いであっていてくれと願う様にもなっていた。


「……ずっと気になってたんだが、お前達に女遊びの知識を植え付けてる師匠って、あの人の事か?」


 俺は、前方で、お姉さん方に囲まれにやけている、ゲータさんを指差していた。


「何を今更言ってんだよ、ナンパの時にも言わなかったか?」


「だよな、俺の勘違いなら、それでいいんだが……」


「勘違いも何も、ゲータさんが、正真正銘、俺達の師匠だぞ!」


 終わった。

 俺は、自分の仮説も仲間の言ってる事も信じたくない。


 職場で唯一尊敬出来ると思ってた先輩が、まさか、とんだ性欲お化けだったなんて。


「気づくのが遅過ぎるだろ。第一、本当の変態はな、いつだって普通の人間のフリをするって言うだろ」


「何だそれ、聞いた事ねーよ!」


 トーマスは聞いた事の無い変態の生態を語るが、そんな物で納得はしたく無い。


「じゃあ見てみろよ、髪の毛の色を。これならお前も聞いた事があるだろ?」


 急にセルドに言われて、ゲータさんの髪を今一度確認すると、綺麗な青紫が目に入った。


「えっ? あの紫色が好きな人は性欲が強いって話、本当だったのか!」


「失礼な! これは地毛だよ!!」


 話しが聞こえていたのか、前方を歩いていたゲータさんが振り返って反論を始めた。


「ですよね。すいません、疑ったりして……」


「ったく、人聞きが悪い事言わないでよね。それに、僕は正直なだけだよ……下半身に」


「あんた、やっぱり変態じゃねーか!!」


 ゲータさんの本性を暴いてしまった俺達は、ようやく、目的地に辿り着いた。


「着いたよ。ここが僕の行きつけ、【苦悶イックモン!】だよ」


 そこには、魔石の明かりで煌びやかに彩られた外観の建物が、怪しげな街並みの中で一際存在感を放っていた。

 店内の様子は、外から見ていても、明りと楽しそうな声が漏れ出ていて、俺の妄想を加速させる。

 今から俺もここに入って……。


「まあ、僕達が入るのは裏からだけどね」


「裏口があるんですか?」


「うん。カモフラージュの一環らしいけど、この店は入り口でサービスの内容が変わるんだよ。表から入れば普通のマッサージ、裏から入れば僕好みの良店だよ」


 ゲータさんの後に続いて、店の脇にある路地に入ると、数人の男達が、裏口だと思われる扉に向かって列を作っていた。


「俺達もここに並ぶんすね」


「うん。でもその前に、これを記入しないとね!」


 ゲータさんは、慣れた足取りで裏口の扉に立て掛けてある箱から、小さめの紙を取り出すと、俺達に一枚ずつ配って回った。

 手渡された紙を見てみると、そこには、見慣れない文字と選択肢が並んでいた。


「ゲータさん。このカウンセリングシートって何ですか?」


「これはねー、事前にプレイ内容を決める為にあるんだよ」


「プレイ内容って、あのー俺、色々と初なんすけど、どうしたら……」


「任せろ! 先輩の俺が決めてやる!」


 俺が記入方法に戸惑っていると、先に書き終えていたセルドが俺のサポートを買って出てくれた。


「良いのか?」


「勿論だ! 俺はもう書き終わったからな。まずは、プレイ濃度だが、これは濃いめ一択だ。次にぬるぬる具合だが、これも多めで間違いない」


「そうなのか、最初は普通が良いのかと……」


「何でもやりすぎな位が丁度良いんだよ。次は好みの女の子の肌感何だが、どうだ?お勧めは硬めなんだが」


「どうだって言われても、柔らかい方が良いに決まってるだろ」


「変わってる奴だな。基本的に硬め、濃いめ、多めが王道らしいけどな」


「何で硬めをわざわざ注文すんだよ。で、最後は情熱かぁ……ってもう埋まってるぞ!」


「そうなんだよ。いい店だろ?」


 何故か、情熱の欄は、俺が記入する前から店側が太字で埋めていた様だ。

 セルドも言う通り、そこには、店側の情熱が伝わる文言が記入されていた。


【情熱は抜けませんが、誠心誠意、貴方様を抜かせて頂きます】


「ああ、ここは絶対良い店だな!」


 先の期待を胸に、カウンセリングシートに記入を済ませた俺達は、その後も中々進展の見えない列の最後尾に並び続けていた。


「あっ! 店員さん見つけた! ちょっと行ってくるね」


 前列の客を案内する為に姿を見せた店員さんに、常連のゲータさんが纏めて提出する。


「今、聞いて来たんだけど、結構混んでるみたいで、待ち時間が結構あるんだけど大丈夫?」


「全然、大丈夫です! ちなみにどの位掛かるんですか?」


「大体、一時間は掛かるって」


「どうします? その間、飯でも行きます?」


「そうしようぜ!」


「賛成」


「僕も、異論は無いよ」


 こうして、もどかしい待ち時間を使って、腹を満たす事に決めた俺達は、近くの酒場で、串焼きの盛り合わせを頼んで、店の前で並んで頬張っていた。


「師匠、頂きます」


「師匠、お先に頂きます」


「ゲータさん、頂きます。俺も今日から師匠って呼んでいいですか?」


「いいよ、遠慮せずに食べてね」


 当然の様に、代金を全額支払ったゲータさんを見ていたら、尊敬の念が沸いて来た。

 多少、性欲が強くても、やっぱり、優しくて後輩思いの良い人だ。


 時間が近づいて来た俺達はそわそわしながら、【苦悶イックモン!】の前に場所を移す。


 後のビッグイベントに備え、腹を満たし、臨戦態勢の俺達の前を、清々しい顔の男達が通り過ぎていた。

 勿論、彼らは全員、【苦悶イックモン!】から出て来た客だ。


 だが、気になるのは、全員が、表口から出て来ている点だ。

 あれだけ、裏口に列が出来てるんだ。

 一人も出て来ないのは、不可解な気がする。

 俺は、頼れる師匠に疑問点をぶつけて見る事にした。


「ゲータさん、裏口の案内って遅れてるんですかね? さっきから、表口からの客しか見かけませんが……」


「えっ? 遅れて無いと思うよ。普通に出て来てるし」


「えっ? 裏口から出て来てます?」


「あぁーそう言う事ね。カーマ、思い出してよ。この店は表向きはマッサージ店って事になってるんだよ」


「はい、それならさっき聞きましたけど……」


「なら、カーマも、客の気持ちになってみてよ」


「ん? ……どういう事っすか?」


「実際に店から出る時に、マッサージ店から堂々と外に出るのと、如何わしいお店からこそこそと外に出るの、どっちが良いかは考えるまでもないでしょ?」


「なるほど! あの人達の中に、裏口の客が紛れていたって事ですか!」


「そういう事! この店が良店の理由が分かったでしょ?」


「はい! これで、後ろめたさとは、おさらばですね」


 店の凄さは理解出来たが、俺には、話しの流れから新たな疑問が生まれていた。


「……ところで、師匠。さっきは、何で裏口の客がいるって分かったんですか?」


 この、何気なく尋ねた些細な疑問点をきっかけに、俺は、師匠の匠の技と言える、秘儀を伝授して貰う事となる。


「んー、それはね、ちょっとしたコツがあってね、出て来た客の襟足を見るんだよ」


「襟足ですか?」


「意外だけど、これで八割は見分けられるよ。なんせ、裏口から入った客は、大体は濡れているからね」


「そうなんすか?」


 そんな事を話していると、中年の男が店から姿を現す。


「師匠、あれはどうですか?」


「襟足が濡れてるし、顔も間抜けだね。裏口!」


「「「おぉー!!」」」


 師匠の適切な解説と熟練の技に、俺達は歓声を上げていた。


「次はどうですか?……ってあれ、警務隊のマワリ―さんじゃないか?」


「ホントだね、今日はあの人も休みだったんだね。でも、あれなら襟足を見るまでも無いよ。キョロキョロしてるから、裏口!」


「流石です!」


 店から出て来た後も、辺りを不自然に見渡しているマワリ―さんは、何かを警戒してる様だ。


「なぁトーマス、マワリ―さんって既婚者だっけ?」


「バリバリ既婚者だぞ。子供も来年、成人って言ってたし」


「まじかよ。奥さん可哀そうだな」


「だな。せっかくだし、問い詰めてやるか!」


「お、おい、止めろ馬鹿!」


 トーマスは、何かを企んだ様な表情を浮かべると、俺の制止を聞かずに叫び出す。


「エッチなお店を堪能した、世帯主、オー・マワリ―さん!! 不倫って犯罪でしたっけ?」


「…………」


 マワリ―さんは、トーマスの叫びを聞いて、こちらを凄い形相で睨み付けたが、すぐさま、何かから逃げる様に走り去って行った。

 遠ざかって行くマワリ―さんの襟足は、水滴が滴る程に濡れていたのは、ここだけの話だ。


「さて、次は、どんな人が出て来るかな?」


 段々と、この時間潰しの楽しさを実感して来た頃、また、表口の扉が開く。

 続いて姿の現したのは、シルエットでも分かる程、一際、体のデカい男だった。

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