白猫と常連
あたしの好きなひとは、いわゆるナイスシルバーだ。意味、合ってるかな?白い毛並みが素敵なひとなの。
そのひとは学校近くの喫茶店で店主(マスター)をしているの。名前は「純喫茶 またたび」。名前、可愛いよね。でも店内は可愛い名前とは反対に、すっごく渋くてカッコいいんだ。
小さなシャンデリアに、カウンター席にはマスターが大切にしている陶器でできたネズミの置物(マスターが陶芸教室で作ったやつらしい)。窓際に飾ってあるお花は季節ごとに装いを変えて、午後にはステンドグラスがきらきら光り輝いていて。古い机にきいきい鳴く椅子、さわり心地のいい木のカウンター。
それになんといっても、苦くて深いコーヒーの香り。
そして、ああ。一番はやっぱり、小娘のあたしに優しく微笑んでくれる素敵なマスター!
「こんにちはー!」
午後四時。からんからんとドアベルを鳴らしながらあたしは「またたび」へ赴く。マスターはゆっくりと顔をあげて、水色の瞳をこちらに向けて「おや」と言った。
「いらっしゃい、可愛い常連さん。いつも来てくれてありがとうね」
「ふふ、どういたしまして。マスター、いつもの!あと日替わりケーキ!」
「はい、わかりました」
スクールバッグを投げ出すように隣の席に置いて、飛び跳ねるようにカウンター席に座る。マスターは丁寧な手つきでコーヒーの支度をする。あたしは一番近くでそれを見る。
あたしのためだけにマスターがコーヒーを用意してくれるこの時間が、なにより大好きだ。
「いつも言っているけれど、そんなに熱烈な視線を向けられても面白くはないわよ?」
「えへへ………」
「答えになってないじゃない」
苦笑いしながらもマスターは作業に戻る。
白い毛並みにぴんと立ったふたつの耳、宝石みたいな水色の瞳、ふわふわの手にピンク色の肉球。丸眼鏡にエプロンを付けたこのひとこそ――――――あたしの好きな人。否、好きな猫である。
「またたび」の店主は人間と同じくらいの大きさの白猫だ。おっとりとしたご婦人で、ご近所さんとも仲が良い。コーヒーを淹れるのとケーキを作るのが得意。猫なのにカフェインを摂っても平気だし、ナポリタンに入っている玉葱が大好きらしい。そして「大きな猫がカフェを営業している」という異常事態を、この町の人々はすんなりと受け入れている。いいひと(ねこ)で作るお料理も美味いとくれば、怖がる必要も排除する必要もない。きっとこの町のだいたいの人が、マスターのことが好きなはずだ。
でも、その中でも一番。いちばん、あたしがマスターのこと好きなんだから。もちろん、恋愛的な意味でね!
「お待たせしました。コーヒーと日替わりケーキです」
「わ、チーズケーキ!」
あたしの目の前に差し出されたのは、マスターが愛をこめて作ってくれた今日の珠玉の逸品。あたしは目を煌めかせながら、いただきます、と店内に響くくらいの声で言った。他のお客さんがいないからいいよね。
「うふふ、はしゃぎすぎ……そんなにケーキがお好き?」
「ケーキ、大好き。マスターのことも大好き!」
「あら………」
あたしはちらりとマスターを見る。耳をぴくぴくと動かして、ちょっとだけはにかんだ顔がかわいい。
いつもいつも、このお店に来るたびに毎回こうして「好きだ」と伝えている。
多分、本気で伝わってはいない。
でも、あたしは心の底ではホントはわかってる。目を見て、真面目に、ひとことでちゃんと告白しないと伝わらないってこと。あたしが、それを言えるほど勇気が無いこと。だからいつもスナック菓子のような「好き好き大好き」を伝えてしまっていること。わかってる。わかってるんだけど。でも、やっぱり落ち込みたくはないのだ。また明日も日替わりケーキとコーヒーを飲みに訪れたいのだ。
なんとなく苦い気持ちになって、コーヒーを啜る。にがい。あたしはホントは、ミックスジュースとかオレンジジュースとかが好きなのだ。でも、マスターが「大人っぽいわねえ」と笑ってくれるから―――――いつも、背伸びしてコーヒーを飲んでる。要は、かっこつけ。
「お嬢さんはわたしのこと、いつも好きだって言ってくれるわねえ」
「だって好きなんだもん。好き好き」
「………わたしみたいな毛むくじゃらのおばあちゃんを口説くのは、どうかしら……」
「えっ」
思わず飲んでいたコーヒーを吹きだしそうになる。いつもはスナック菓子の「好き」はスルーされてしまうのに、今日は拾われた上にレスポンスまで返って来た。
「え、っていうか、おばあちゃん?」
「そう、今年で十四歳」
「なんだ、あたしよりも年下じゃん」
「あのねえ、猫の十四歳とヒトの十四歳は違うのよ。お嬢さん」
同じ言葉でおしゃべりして、同じ目線で目線を交わして、同じスイーツを食べているのにあたしとマスターの距離はそもそも違うらしい。確かに猫と考えれば当たり前なんだけど、でも、なんだか。なんだか、……………
「……ん、待って。っていうことはマスター、結婚してたりする?」
「ふふ、だいぶ前に……」
「わーーーーーーっ!!!聞きたくない!!!」
「あなたが聞いたんでしょうに」
マスターは耳をぺしょりと平たくしながらあたしに冷静に声を掛ける。
いや、だってさ。片思いの相手にもう運命のひと(ひとじゃないけど)がいるだなんて。そんなの、ショックすぎる。この際種族が違う事やすっごく年上なことなんて気にしない。でも、「相手がいる」という一点はどうあがいたって無理だった。だって、そんなのもう無理じゃん。勝ち目ないじゃん。
「…………はあ。ってことは、子供もいる感じ……?」
「いるわねえ。」
「あ~~~~~~~~~~~……………」
もう完全に失恋だ。あたしはカウンターに突っ伏して、大きく溜息を吐いた。
「…………終わった……………」
「ごめんなさいねえ。でも、こんなおばあちゃんよりももっといい猫……いえ、あなただったらいい人に巡り合えるわよ」
「違うの!あたしは!マスターがいいの!マスターが好きなの!」
「好き者ねえ」
「すき………?」
「物好きってこと。」
「そ、」
そんなことないよ、とあたしは思わず立ち上がりながら言った。マスターはふわふわの尻尾と耳をぴんと立てて、驚いたようにあたしを見る。
「マスターは優しいし、あったかいし、ケーキ美味しいし、毛並みがふわふわで目が綺麗でかわいい声してるし!マスターみたいにすてきな猫(ひと)、皆が皆好きになるに決まってんじゃん!」
一息で叫んで、そこでようやく正気に返る。しまった。あたしは勢いでなんてことを口走ってるんだ。「好き」って言うよりよっぽど恥ずかしい。あたしは、その全部で以ってあなたのことが好きなのだと、改めて実感してしまったのだ。こころでは毎日思ってるのに、声に出すとこんなに照れてしまう。
「……………あ、その。ええと…………」
「あら………まあ。まあまあ………」
マスターはピンク色の肉球を両頬に添えて、ちょっとだけうつむく。
「………………照れちゃう。」
そうして、はにかんだように笑う。あたしはその笑顔を見て、心臓が大きくバウンドする。そうしてバスケットボールが床にぶつかるように、だむだむと音を立てた。
「(か、かわいい…………かわいい、かわいい、かわいい!)」
どうしよう。心臓が痛い。こんな時どうすればいい。あたしはつばを飲み込む。多分、今だ。今が、その時なんだ。
あたしは勇気を出す。彼女の水色の宝石をまっすぐに見る。
落ち込んだっていい。相手がいたっていい。大事なのは、(例え玉砕確定だとしても!)きちんと、伝えること―――――――――
「……………マスター。あたし。貴女の事が、好きです」
くろゆり童話 缶津メメ @mikandume3
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