第13話『色とりどりの光は、空を染めて』(ダン視点)

(ダン視点)

シーラ様が冒険者組合の建物から出ていくのを見送り、その姿が完全に見えなくなってから俺は大きく息を吐きながら床に座り込んだ。


正直、魔物の群れに囲まれた時より緊張した。


「よく耐えたわよ。ダン!」


「あぁ、危なかったよ」


俺は幼馴染であり、冒険者仲間であるレオニーに背中を叩かれながら、笑う。


床に座り込んだまま立てない俺は、まぁなんとも情けない姿であるが、冒険者組合にいる仲間たちは皆、よくやったと笑いながら拍手を送ってくれるのだった。


そして、それは冒険者組合の人も同じだ。


そう。この町ムイゼンで、シーラ様の名前はどんな物よりも有名だ。


歴史上のどんな偉人よりも敬われていて、どんな英雄よりも慕われている。


その理由は簡単だ。


彼女がこの町を、人がまともに住める場所へと変えたからだ。


かつて、ムイゼンの町は土地こそ広いが、広いせいで管理しきれず魔物被害が多い場所だった。


魔物の被害が大きいという事は農作物も育てることが難しく、産業も発展しない。


近くに鉱山はあるが、とてもじゃないが鉱石の発掘になど行けるわけがない。


正しくムイゼンという町は死んだ土地であったのだ。


しかも、そんなムイゼンは三国の国境付近に存在していたため、より疎まれた場所であったのだ、


ムイゼンが属する国も、隣国もムイゼンから繋がる道に兵隊を置き、ムイゼンから来る魔物や逃げようとする人間すらも通さず、完全に隔離されてしまったのだ。


ゆえに、俺も幼馴染も、ムイゼンに住む人間は皆、この町でいつ命を落としてしまうか分からない恐怖と戦いながら日々を生きていた。


ただ心に生まれた憎しみと共に、どうにもならない現実の中で生きていたのだ。




しかし、そんな日々は唐突に終わりを迎えることになる。


そう。シーラ様がこの町に視察という形で来たのだ。


シーラ様は世界中にいる親を無くした子供の為に、孤児院なる建物を建てる必要があるとして、とにかく広い土地を探していたのだ。


そこで見つけたのが、ムイゼンであった。


俺は初めてシーラ様がムイゼンに来た時の事を今でも覚えている。


ムイゼンの広い土地を見て喜ぶシーラ様と、ここは良くない場所だと必死に訴えているおそらくは国の偉い連中の姿を。


「良いじゃないですか。広いですし。景色も良いですし」


「いえ! シーラ様。ここはとても危険な場所なのです! 魔物の被害が多く! シーラ様がもうここへ来ないという事でしたら、私共も頷くのですが」


「いやいや。孤児院を作るだけ作って放置とかあり得ないですよ。何ならこちらに住もうかと考えているくらいで」


「ムイゼンに住む!!? とんでもない!! いけません! この様な町に!」


「こんな町って……いや、住んでいる方が居るんですよね? ではそういう言い方はどうかと思いますが」


「彼らは望んでこの町に住んでいるだけなのです! あえて住む必要など「おい!! 黙って聞いてれば! なんだお前たちは!!」……兵よ。あの者を排除せよ。シーラ様に近づけるな!」


偉そうに喋っていた男に、町のリーダー的な存在であった男、ジャックは怒りながら突撃した。


しかし、偉そうな男はジャックを兵隊に捕まえさせると地面に倒して、それ以上喋らせないようにする。


酷い横暴だ。


俺も怒りのままにあの野郎を叩きのめしてやると扉のすぐ向こう側にいる連中の前に飛び出そうとしたが、震えるレオニーに腕を掴まれ動けず、怒りを噛み締めたまま状況を見守るのだった。


いざという時はレオニーを隠して俺も突撃してやると思いながら。


しかし、そんなもしもは起こらなかった。


当然だ。あの場所にはいけ好かない国の連中だけでなく、シーラ様が居たのだから。


「ちょっ! 国王様!? 何をされているのですか!? 可哀想じゃないですか」


「シーラ様。この者はシーラ様に危害を加えようとしたのです。厳罰に処さねば」


「私にはその様に見えませんでした。何かを訴えるような雰囲気でした」


「そうでしょうか?」


「はい。もし違うとしても、兵隊さんが捕まえている状況なのですから、危害を加えるも何も無いでしょう。兵隊さん。お願いです。そちらの方がお話できるようにして下さい」


「……っ!」


「これでお話出来ますか?」


「感謝は言わないぞ」


「えぇ。構いません。ただ私がお話を聞きたいだけですから」


「チッ、お気楽なお姫様だ」


「なんと不敬な」


「やはり首を落とすべきだ!」


「皆さん。お静かに! お話が聞けません」


幼い姿でありながら、まるで大人の様に話していたシーラ様は周りを静かにさせて、ジャックへと意識を向けた様だった。


その姿には流石のジャックも息を呑み、やや緊張しながら口を開く。


「こ、この町は、ムイゼンは捨てられた町だ」


「捨てられた町?」


「そうさ! お前たち国の人間が! 俺たちをこの町に押し込めて! その命で魔物を食い止めろって、脅したんだろうが!!」


「う、嘘だ! シーラ様! この者は嘘を言っているのです!」


「嘘なもんか! でなけりゃ誰がこんな町に住むかよ! 夜を超える度に、仲間の誰かが死んでるかもしれないっていう恐怖がお前たちに分かるのか!? 安全な防壁に囲まれた町で生きてるお前たちによ!!」


「……なるほど。よく分かりました。兵隊さん。その人を放してあげて欲しいです」


「し、しかし」


「問題ありません。この方は私たちを傷つけたい訳ではなく、この状況を改善して欲しいという事だと理解しました」


「……」


「お願いします。兵隊さん」


「承知いたしました。おい。お前、シーラ様を傷つけようなんて考えるんじゃないぞ。良いか? シーラ様のお気持ちを踏みにじるなよ」


「チッ、分かってるよ! で? アンタは何をしてくれようってんだ?」


「おい! 口の利き方に気を付けろ!」


「構いません。私はこの町ではよそ者なのですから」


「しかし」


「それに、この方が怒っている原因は我々にあるのですから。どの様な姿であれ、私たちにそれを責めることは出来ませんよ」


「シーラ様……」


「さて。ではお仕事をしましょうか。えと、申し訳ございません。お名前をお伺いしても良いですか?」


「俺か? 俺はジャックだ。アンタはシーラで良いのか?」


「様を付けろ! 様を!」


「大丈夫ですから。何も気にしないでください! むしろ呼び捨てが良いです! 呼び捨てで」


「そうか。じゃあシーラって呼ばせてもらうぜ」


「はい。喜んで」


シーラ様はジャックに笑いかけると、傍にいたメイド服を着たやつから何かを受け取って、顔に付ける。


「それは?」


「これは魔力測定装置にして、人魔物判別装置になります」


「なん?」


「シーラ様。以前そちらの装置はスカウターという名前であると言っていませんでしたか?」


「シッ! シー! ですよ! その名前は危ないですから、使うのは禁止です! 権利者団体から怒れてしまうかもしれません!」


「はぁ」


「という訳で、魔力測定装置です。どうぞお見知りおきを」


「わ、分かったよ。それで? そのなんたら装置で何をしようってんだ?」


「今からこの町の周辺にいる魔物を全て掃討します。一応確認ですが、森に人は居ませんね?」


「あぁ、あんな場所にわざわざ行くやつは居ない」


「それは良かった。一応人の反応は除くつもりですが、万が一という事はありますからね。では行きます」


そしてシーラ様は背中から魔力の粒子を出しながら、ゆっくりと空中に浮かび上がっていった。


俺は家の中からじゃ見えないと外へ出て、シーラ様の姿を追った。


次の瞬間だ。


空が光ったかのような閃光と共に、シーラ様からいくつもの光る何かが森の方へと向かってゆき、それが森へと着弾してゆく。


何が起きているのかは分からないが、人間に理解できない何かという事だけは分かった。


「こ、これは……」


「シーラ様考案の広範囲魔物討伐魔法です。シーラ様は『やった! できた! ハイマットフルバーストだ!』と喜んでいらっしゃいましたから、おそらくはそれが魔法名だと思われます」


「……ハイマットフルバーストか。凄い魔法だ」


俺の呟きにメイドさんの一人が答えてくれた。


そしてそのメイドさんの言葉通り、シーラ様の魔法は町の付近にいた魔物をことごとく討伐しており、この魔法を恐れたのか魔物たちはよほどの事以外では町に来ることも無くなったのである。


この世の終わりとでもいうような世界から、一気にシーラ様が奇跡をもたらした町として有名になり、ムイゼンは瞬く間に発展していったのだ。


この日の奇跡を俺たちは忘れない。


シーラ様は世界で唯一、ムイゼンを見捨てず救ってくれた方なのだ。


そのお体に何かがあっては駄目だ。




という訳で、今日もシーラ様には傷一つ付かぬ様、皆で全ての危険を排除しつつ、心安らかに過ごしていただいているという訳だ。


お優しいシーラ様は、俺たちがいくら隠しても、危険な依頼を受けようとするが、どんな事態になろうともそれをさせる訳にはいかない。


シーラ様にいただいた平穏は、シーラ様にお返ししなくてはいけないのだから。

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