第4幕 パレード
国王就任三周年のパレードは、華やかなものだった。ルシアとリムネッタも、綺麗な軽い鎧に身を包み、城の門の中で出番を待つ。
「リムネッタ、頑張ろうね!」
「うん」
「…転ばないようにね?」
「もう、ルシアったら…うふふ」
二人で手を取り合って配置につく。他の騎士の少女たちも、国王を守るように周囲を固めていた。
ゆっくりと門が開いていき、光が差し込んでくる。同時に、観客の姿も目に入ってきた。騎士団長の場所から見る観客の光景は、3年前に参加した時とは全然印象も違っていた。みんなが期待、羨望、希望の眼差しを向けてくる。歓声も、こんなに体全体に響いてくるんだ…とルシアは驚くと共に感動していた。
隣のリムネッタを見ると、リムネッタも同じ感想を抱いているようで、目を大きくして周囲の観客を見回していた。ルシアがリムネッタの手を強く握ると、リムネッタもぎゅっと握って返してくる。三年前に見たヘンリエッタとアニエスの光景…堂々として、カッコよくて、ルシアも魅了されたあの光景。それが今、ルシア達が置かれている場所だった。
ゆっくりと移動が始まり、歓声が大きくなる。ルシアは、その中に父親の姿を見つけて、嬉しくなった。そして、最初の一歩を踏み出す。
「あにゃ…っ!」
「リムネッタ!」
転びそうになったリムネッタをルシアが支える。
「ほら、言ったそばから…」
「ごめんね~、ルシア…ありがとう」
ルシアは苦笑交じりにリムネッタの頬を撫でる。その後はリムネッタも転ぶこと無く城を出ると、町中をゆっくりと移動していく。国王の評判はすこぶる良く、国民みんなが歓迎していた。途中、ルシアは目を輝かせながらルシア達を見る少女二人がいるのを見つける。二人からは、今の二人はどう見えているんだろう…なんて考えが頭をよぎった。
「ルシア…すごいね」
「うん…」
ヘンリエッタやアニエスも同じ光景を見たのだろうか、なんて考えも浮かんでくる。
「わぁっ! ルシア将軍だーカッコいい!」
「きゃっ、リムネッタちゃん可愛い! 頑張ってー!」
国王に対する歓声に混じって、時々そんな声が耳に入る。ルシアとリムネッタは若干照れつつも、そんな熱烈な歓迎の中、町の中をずっと歩き続けたのだった。
夜になると、パレードからお祭りへと様相を変えていく。前回のヘンリエッタやアニエスと同じく、ルシアとリムネッタも剣舞を演じることになっており、観客からは見えない舞台袖で二人は待機していた。
「リムネッタ、準備はいい?」
「うん、大丈夫」
「たくさん練習もしたから…きっとうまくできるよ」
ルシアはリムネッタの手を握る。
「ありがとう、ルシア…頑張ろうね」
二人は繋いだ手をぎゅっと握りしめた。
そして、今宵の舞台が始まった。
観客のいる場所からは、煌々とゆらめく炎の明かりに照らされた舞台が見える。しばらくして、右側の舞台袖からルシアとリムネッタが現れる。二三の呼吸をおいて、ゆっくりと模造の剣を向かい合わせると、曲が流れ出し、二人の舞が始まった。ルシアとリムネッタの剣舞は、ヘンリエッタとアニエスが舞ったような終始激しいものではなく、ゆったりしたテンポから始まった。二人の影が舞台裏に映り、ゆらめく炎に合わせて不規則に移り変わる。観客から見ると舞台の上に満月が昇り、舞台に月の光が降り注いでいるように見える。月下でゆったりとした動きを見せる二人の少女。それは幻想的な光景だった。神事にも近い神々しさがあった。その後、まるで湖上に舞う妖精のように軽い足取りでシャルロッテが剣舞に加わると、曲のテンポが少し早くなり、動きも若干速くなる。そして、騎士団の少女が一人、また一人と剣舞に加わっていく。人数が増えるごとに曲は徐々にテンポを早め、少女たちの動きも徐々に激しくなっていく。始まって十分も経った頃には、舞台上で十数人の少女が激しい舞を演じていた。
その時、ルシアたちに見えていたのは、楽しみや喜びに満ちた観客たちの姿だった。楽しそうに踊っている人もいれば、じっと騎士団の踊りを見続けている人もいる。皆が今日を精一杯生きて、平和だった一日に感謝し、明日も平和であることを願う。繰り返す毎日の中で、今日のパレードとお祭りは、心からみんなで楽しめる、数少ないイベントだった。
しばらくして、ルシアが一時剣舞から離れるパートに入ると、ルシアは舞台袖の裏に移動する。休憩所に行く途中、ちらりと観客たちを見ると、パレードの時もいた二人の少女が目に留まった。
「あの子たち…」
年の頃は十になったかならないかぐらいだろう。少女たちは、目を輝かせながら立ったまま剣舞に見入っていた。それはかつて、ヘンリエッタやアニエスを見ながら目を輝かせた、過去のルシアとリムネッタに重なった。ルシアはそっとその子達の側に近寄り、目線を合わせるようにしてしゃがみこむ。
「こんばんは」
ルシアが話しかけるまで、ルシアのことに気づかなかった少女たちは、話しかけてきたのがルシアだと分かって目を丸くする。
「ル、ルシア!?」
短い髪の快活そうな少女が驚きの声をあげる。面白いくらいの驚きようだった。
「本物のルシアだー! ね、ね、リーゼ、どうしよう、本物のルシア将軍だよ!」
「落ち着いて、ライラ」
リーゼと呼ばれた長い髪の少女は、そのライラという少女をなだめてルシアに向き直る。
「こんばんは、ルシア騎士団長。ヴィントルナ家三女、ミクスリーゼ・フォン・ヴィントルナです。どうぞ、リーゼとお呼び下さい」
スカートの裾をつかんで軽くお辞儀する。こういった挨拶は慣れているようだった。
「あの…舞台の方は大丈夫なのですか…?」
ルシアのいない舞台をちらりと見ながらリーゼが尋ねる。
「今は、少しお休み。先は長いからね」
「えっと…えっと、あたし、いつかルシア将軍みたいなカッコいい騎士になりたいって思ってるんだ!」
リーゼの隣にいた、ライラと呼ばれていた子が目を輝かせながら言う。
「君は?」
「あっ! あたし、ライラ…ライラ・グランローデ。あたしとリーゼ、二人はいつも一緒なんです!」
「ライラに、リーゼね。二人とも、騎士になりたいの?」
「うん!」
「はい!」
二人とも、元気な返事を返してくる。どこまでもまっすぐで、憧れの騎士になれる日を夢見る少女達。それはまさに、ルシアとリムネッタの昔の姿を見ているようだった。
「私は…リムネッタ騎士団長みたいな、穏やかで優しい騎士になりたいです」
リーゼもまっすぐな瞳で言う。
「そっか…二人とも、頑張ってね」
ルシアは二人の頭を撫でる。なでなでされてにっこりと笑う二人の姿は、二人と別れた後もルシアの瞼の裏に焼き付いて離れなかった。
「頑張らなきゃ…もっと、もっと…」
休憩を終えて舞台に戻る途中、ルシアは拳をぎゅっと握りこむ。
「この平和は、わたしたちが守らなきゃ…」
少女たちの笑顔が脳裏に浮かび、ルシアの胸を締め付ける。ルシアは心の中の決意を新たにしたのだった。
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