第3幕 月夜の蜜語

 その日の夜、パレードの前夜。ルシアとリムネッタは、中庭のヘレナ像の前に座り込んでいた。

「戦争、もうすぐ始まるんだね…」

 リムネッタがぽつりとつぶやく。

「うん…不安?」

「ちょっとだけ。まだ実感がわかないところもあるけど…ルシアは?」

「わたしも、不安はあるよ。明日のパレードが終わったら、今度は戦争の準備をしていくことになるんだね」

「うん…」

 ぽっかりと空に浮かんだ満月が、中庭をぼんやりと照らしていた。しばらく言葉も無く二人で見つめる。

「そういえば…わたし達がパレードを見た時も、満月だったよね」

 ルシアは空を見上げながら言った。正確には、パレードの日が満月なのではなくて、満月の日に合わせてパレードの日程が組まれているのだった。

「あれから、たくさん頑張って…今は騎士団長まで任されて…」

 ルシアの言葉が一瞬止まるが、そのまま言葉を続ける。

「騎士の人たちは、みんな立派だよね。しっかりとしたまっすぐな眼をしてて…わたし、いつも頑張らなきゃって思う」

「ルシアも立派に騎士団長を勤めてるじゃない」

「えへへ、ありがとう。でもまだまだだよ…足りないことが多すぎて。ヘンリエッタさんにはまだ遠く及ばないし」

 ヘンリエッタは誰から見ても傑出した人であったけれども、同じ騎士団長の任を拝して、ルシアにはヘンリエッタのすごさを身にしみて感じていたのだった。

「ルシアはルシアなんだから、ヘンリエッタさんと比べなくても大丈夫だよ」

 リムネッタは笑顔を向けると、ふと思い出したようにまた口を開く。

「そういえば、子供の頃の話、覚えてる?」

「え? 子供の頃…?」

 一瞬きょとんとするルシアに、リムネッタは目を閉じて一つ一つ丁寧に言葉を続ける。

「うん。強くて、優しくて、誇りを持った騎士になりたいって…平穏に暮らす人達の幸せを、この手で守りたいって…ルシアはそう言ってたよね」

 ルシアも当時のことを思い出す。あの頃に憧れた騎士の道を、今歩んでいるんだ…その気持ちが再び胸にこみあげてくる。

「先生から出された課題…戦争で人を殺してしまうこと…私ね、決めたの」

 ルシアは黙ってリムネッタの言葉を待つ。

「私、戦争になったら、やっぱり人を殺しちゃうこともあると思う。いろいろな事情とか、不条理なこととか、そういうのがごちゃごちゃになって…その結果として私は戦争に参加して、罪のない人も殺してしまうかもしれない。私たちの国は、他の国を侵略したりはしないから…戦争は私の側にいる大切な人たちを守るため。そう信じて、戦おうと思うの」

「リムネッタ…」

 リムネッタはゆっくりと身体を傾けると、そのままルシアに寄りかかる。

「綺麗事だけで、世界が回ってくれればいいのにね…」

「…そうだね」

「明日のパレード、頑張ろうね、ルシア…」

「うん、頑張ろう」

 その後はしばらく言葉も無く、二人は月夜の庭園で共に時間を過ごしたのだった。

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