第3話 不思議な腕時計

 う、腕時計が、しゃべってる⁉


 音声は女性のものとも男性のものとも言いがたい。

 機械にしては抑揚のある音声が部屋に響いた。腕時計の画面には文章が表示されている。イコール、朝は動かなかったはずの腕時計が動いてる。


 腕時計が動いていることに驚いているんじゃない。


『どうされましたか? 蛍さま』


 わたしの名前を知っていることに――いや。

 それよりも、かのように話すこの腕時計に驚いている。


 もうこれは腕時計ではない!

 オモチャだっオモチャっ!


 よし、これからこの機械のことはオモチャと呼ばさせてもらおう。


『蛍さま。私のことはハクと呼んでください。オモチャなどではありません』


 ひっ……。

 怖い怖い……。

 これ、ホントに何なの?

 わたしの心の中読んだようにしゃべってるし、こんなオモチャいらないんだけどっ。まあ、落とし物だしもらうつもりはなかったけどさっ。

 もしかしてこの画面自体がカメラになってて、こっちの様子が全部バレバレ、とか⁉


 え、じゃあ今日やったミニ漢字テストの点数バレてる⁉

 すっかり油断してたところに漢字のミニテストやるって言われて、ひどい点数取ってきたんだよね……ハハハ。


 じゃなくって!


 そんな最新型のオモチャなんて知らないよーっ!


 と、とにかく! これはあくまで落とし物!

 落とし物なんだから、明日には職員室行きだよ!

 

 怖くなって、制服のポケットに突っ込んでから、わたしは宿題に取り掛かった。


 ―――――


「は、はああーっ⁉」


 いけないっ。職員室にもかかわらず大きな声を上げてしまった。

 いやいやいや、叫ぶのも仕方ないよ。


 だって、この腕時計オモチャを見せても「腕時計? そんなのないじゃないか」って言われちゃうんだもん!


 ないってどういうこと?

 ここに確かにあるのに!


 あきらめて他の先生を探して腕時計のことを話すけど、みんな同じ反応。


 もう聞く気力もなくなって、わたしは手のひらの上にある腕時計をマジマジと見つめた。


『おはようございます、蛍さま』


「うわっ!」


 び、びっくりしたっ……。

 周りにいる人が何事かとわたしのほうに視線を向ける。

 ああ、またやっちゃった……。


 視線を避けるようにして足早に教室に戻る。

 その途中。


「し、静かにしてよっ」


 通じないことを承知しながらも、かすかな希望を賭けて腕時計に言う。


『承知いたしました、蛍さま』


 わっ。びっくりしたなあ……。

 やっぱりこの腕時計、わたしのほうが見えてるんじゃない? もしくはわたしの声が届いているとか。


 しかも、意外にもすんなり言うこと聞いてくれるみたい。

 この腕時計について謎はたくさんあるけど、今はそんなこと言っている場合じゃない。ここは学校なのだ、いったん静かにしてもらわなければ。


『……』


 うん。すっかり静かになったね……。

 教室について後ろのドアから入ると、凛ちゃんがわたしのそばに寄ってきた。


「どこ行ってたのー? 朝からずいぶん忙しそうだったね」

「ちょっと職員室に用事があって」

「ふーん?」


 わたしは1限目の学活の準備を始める。

 今日は忘れ物しなかった。よかった……。


「はあ……」

「そんな暗ーいため息ついてどーしたの。悩み事?」


 凛ちゃんだ。


 悩み事と言えば、悩み事だ。

 でもそれを凛ちゃんに相談したところで解決することではない。

 しかも相談したら気味悪がられるかもしれない。

 それだけは嫌だ。


「ううん。大丈夫! テスト不安だなあーって」


 にこっと不自然にならないように気をつけながら笑みを浮かべた。

 一瞬凛ちゃんの目が、わたしの制服のポケットに入っている腕時計に向けられた気がした。


「……そう。ならよかった! 確かにテスト不安だよね。でも蛍のほうが頭いいから自信持ちなって!」


 同じく笑みを返してくれる凛ちゃんに、わたしはほっと安堵する。


 わたしは凛ちゃんが自分の机に戻っていったのを確認してから、そっと腕時計をなでる。

 行き場を失ってしまったこの腕時計。

 わたしが自ら持ち主を探し出すことにする。

 もう腕時計とは言えないけど。このオモチャは、必ずわたしが持ち主に返すから!


 ―――――


 お昼休み、わたしは凛ちゃんと中庭に来ていた。


「う~ん。おいしい! やっぱりお母さんの手作り卵焼きはおいしい!」

「今日もトマト入ってる。昨日も入ってたよね?」


 わたしはもぐもぐと口を動かし、凛ちゃんはちょっとあきれたようにトマトを口に放り込む。


 色づき始めた桜の木の下のベンチはわたしたちのお気に入りの場所。

 お昼の時間帯はここにいる人は少ないけれど、ひそかな人気スポットとなっている。


「この焼き加減が最高ー! やっぱりわたしの好みわかってる!」

「トマト多すぎないっ? 弁当箱の半分ぐらいがトマトで埋まってるんだけどー?」

「あははっ。それは確かに多いね」


 見せてくれた弁当箱は、確かに半分が真っ赤。

 くし切りのトマトで埋め尽くされている。


「あれ? でも凛ちゃんってトマト嫌いだっけ?」

「まあ、嫌いじゃないけどさすがにこんなにいらない」


 トマトの量を見て顔をしかめる凛ちゃん。わたしはそれを見て苦笑いを浮かべるのだった。


「ごちそうさまー!」


 弁当箱のふたをして、箸をしまう。

 片付けた弁当箱を隣に置いて、わたしは凛ちゃんとおしゃべりを再開。


「テスト心配だなあ……。今回難しそうだもん」

「蛍が難しいって言うの、相当だよ⁉ 蛍が難しいって言ってるのにあたしにできるはずがないっ!」

「いや、あくまで予想! 予想だから!」

「嫌だああーっ!」


 ああ、凛ちゃんが壊れちゃったよ。

 これは修理に時間がかかりそうだ……。


『蛍さま、この方は誰で――』


 バシンッ


「?」


 凛ちゃんの前でしゃべるなーっ!

 首をかしげてわたしをじっと見てくる凛ちゃん。


「ど、どどどうした、凛ちゃん」


 ハハ……わたし焦りすぎ。


「いや、なんか機械音声聞こえなかった?」

「そっそうかなっ? 空耳じゃないかな~? ほら、凛ちゃん最近疲れてるんじゃない?」


 そうかなーと言って半分納得してくれた様子の凛ちゃんにわたしは言う。


 ちょっと待って。

 他の人には見えなくて、でも凛ちゃんは『機械音声聞こえなかった?』って言った。ってことは、腕時計は見えないけど、音声だけ聞こえている状態ってこと?


「ちょっとごめん! トイレ行ってくる!」


 凛ちゃんの返事も聞かずにわたしは近くのトイレに駆け込んだ。

 誰もいないのを確認して、わたしは腕時計の画面を見る。


「もうっ! 凛ちゃんの前で急にしゃべり始めないでよ……! 危うくバレるところだったじゃん!」

『蛍さま、誠に申し訳ございません。私は目の前に知らないものがあるとどうしても知りたくなってしまう性格でして』


 わたしの声に反応してくれているところを見ると、やっぱりわたしの声が向こう側に届いているのだと判明。

 しかも、知らないものがあると知りたくなる性格ってどんな性格よ?

 少なくとも、この12年間でわたしは聞いたことがない。

 

 ……本当に反省しているのだろうか。

 

 顔が見えない相手だということもあるけど、機械が相手だからか感情がうまく読み取れない。

 けど、この機械は少し違う。心なしか、しょんぼりとしているように聞こえる。


「と、とにかく人前ではしゃべらないで!」

『承知いたしました、蛍さま』


 ほっ。

 これで平穏は保たれる……。


 でも、まだ聞きたいことがある。

 せっかくだからこの際に聞いておこう。


「ねえ、わたしに何かした覚えはないんだけど……」

『……つまり、どういうことですか?』


 そう。わたしはこの腕時計を拾った、というだけでなぜか機械相手に懐かれている(?) のだ。

 この腕時計、ホントに何なんだろう……。


 突然動き出した、この時計。——ううん。動いたんじゃなくて、しゃべりだした。それに加えて、本当に会話しているようにしゃべる。しかもこっちのことが見えているみたいに話しだすの。


 腕時計も他の人に見えていないようだし、どうしてわたしだけなんだろう。

 なぜかこの時計はわたしの名前を知っているし、『さま』をつけて呼んでくる。


 まるで――


「わたしが主みたいじゃない」


 口からこぼれた小さな言葉。


 もう、わかっていた。

 わたしは普通じゃない。この時計を拾った時から、普通じゃない物語ストーリーが始まっていたのだと。


『その通りでございます。——イロ使いの、蛍さま』


 これは、ある日、腕時計を拾ったことによって変わったわたしの物語。


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七色パレット! つきレモン @tsuki_lemon

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