第14話 誰がデザートを作れるって?
変な人間に入ってこられたら危ないものと母は平然と言った。まだ若い娘を修行に出すのですもの、それくらいの用心は当然よね、とも続けた。
「ただの人間でも私は構わないわ。この子がいいと言うならね」
そんなわけでヘロリ王子様は私を口説き放題になった。
「愛するナタリア、どうかイエスと言っておくれ」
ドラゴン城のものすごく広い厨房で、ヘロリ王子様が言った。
「僕を許してほしい。結婚して欲しい。一生、そばにいる許しを」
そんな話は適当に聞き流して、私は聞いた。
「それより、ヘロリ王子様、私は気になることがあるのですけどね」
「うんうん。なんでも聞いてくれ。市場でデビルに会った時の話かい? 確かにうまいこと立ちまわったなって自分でも思ったよ。とりあえず、情報収集って大事だよね」
いや、それはどうでもいいから。
市場でのやり取りなんか、いかにもヘロリ王子様のやりそうなことだ。聞かなくても想像できる。それより……
「ヘロリ王子様……」
「ヘロリと呼んでくれ。もう王子ではないから。ナタリアと呼んでいい?」
王子様は熱心に聞いた。
それは、父が激怒しそうだから止めた方がいいのでは。肋骨四、五本と前歯を折られるくらいで済めば運がいい方よね。デビルと違って計算はできるそうだから、自分の骨の本数と歯の数はわかるよね?
「お嬢様、何をお聞きになりたいのですか?」
ヘロリ王子様は事情が分かると、すぐに言葉を改めた。
顔はいいけど、変わり身が早すぎる。お母さまはああ言ったけど、信用しにくいタイプよね。
「ヘロリは料理できないんじゃなかったっけ。毎食デザート二種類は厳しくない?」
呼び捨てにして欲しいって言うお願いは叶えることにした。
「お嬢様はデザートも燻製つくりも得意でしたよね?」
は?
「ナタリア様がいいと言ってくだされば、僕のこの世での願いは全部叶います」
なんだとう? 最初からそのつもりか! この大ウソつき!
「だって、ああ言わないと頭と胴体が別々になってしまうから……」
「今からでも遅くないわ。別々になってこい」
「ナタリア様、ひどい。お母さまがここから出て行ってしまうよ? そうしたらドラゴン様はどうなるの?」
デザート不足で、お母さまがしばらくスイーツ満喫・世界旅行に出る予定だったと聞かされたドラゴン様は、ヘロリ王子様のことはどうでもよくなったらしくてお母さまの後を追ってウロウロしている。
結果、不正入国を果たしたヘロリ王子様の件は棚上げになったままだ。
「私は全然困らない。私はお母さまと一緒に出て行くから、ヘロリはドラゴン様に料理されてろ!」
「デビルどもにデザートのレシピを教えればいいじゃないか。ドラゴン様は、生まれつき甘いものに関心がないから絶対作らないし、作れとも言わなかった。でもデビルたちはアイスクリームに夢中だ。甘いものが好きなんだから、喜んで作ると思うよ」
王子様は提案してきた。
「一人で一日四種類のデザートを毎日作るのはなかなか大変だよ。デビルには素質があると思う。教えてやってよ。僕は買い出し担当になるから」
それから王子様はささやいた。
「ね? でないとここから出られなくなるよ?」
「え?」
「ドラゴン城は狭い。君は世界に戻りたくない? 僕たちは、知らないことが多すぎる。親元を離れれば、あんなに大勢の人がいるんだ。行ってみたくない?」
王都には商店がひしめき合い、道は馬車や人でいっぱいだった。
私は商品を作り、売り、ほめられて感謝された。
「君と僕なら、どこへ行ってもやっていけるよ」
「謎の自信ね」
私は皮肉ったが、王子様は首を振って大丈夫だと言った。
「僕の母が、僕が討伐隊に選ばれても黙っていたのには理由があった」
「あなたのお母様はなぜ反対しなかったの? あなたのことがかわいくなかったの?」
私は前から疑問だったので尋ねた。もし、本当にかわいがられていないのだったら、聞かれたらショックだろうと思ったので聞かなかったのだ。だけど、この王子様を知るにつけて、そうじゃないんだろうなという気がしてきた。
「母は、言ったんだ。ヘロリなら大丈夫だからって」
「どういう意味?」
「僕なら、討伐隊に入れられてもうまく立ち回って、その後、自由に生きていける。兄たちは不器用だからね。ケガをしたり、戻ってきて、王家の名に傷をつけるかもしれない」
「でも……」
「でも、母は泣いていた。僕なら無事に生き抜くだろうけれど、もう会えないからね。ドラゴンは無敵だ。倒せない。倒せない以上、母は二度と僕に会えないだろう。少なくとも表立っては。まあ、無理かな。わかっている」
私の父が……。
「違うよ。君のお父さんが悪いわけじゃない。悪いのは偏見だよ。みんながドラゴンを敵だと、悪魔みたいに思っている。実は違うよね。討伐の必要なんかない。思い込みのせいで帰れなくなってしまったんだ」
私はヘロリ王子様が気の毒になってきた。討伐隊が小規模だったのもうなずける。絶対勝てないなら、犠牲者は少ない方がいい。とはいえ、他のメンバーはひそかに家に帰れる仕組みだった。だが王子だけは
いつも間にかヘロリ王子様は私を抱きしめていた。
「でも、君に会えたから。いつかは親の保護から離れて一人立ちするんだ。そして愛する人を見つけて、一緒に生きていく。僕は君を見つけた」
彼は耳元で言った。
「うんと言って。そしたら、もう寂しくない。二人でここを出て行こう。世の中を見に行こう」
急にドンと調理台をパン捏ね棒でたたく音がして、コックの一人がドスの利いた声で言った。
「さあ、人間! デザートを作ってもらおうか。奥様がお待ちかねだ」
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