第29話 絶望の声

 「ごめんなさい、翔梨。……話をしましょう」


 「……冬奈?」


 日を改めて話をしようとは思っていたがまさか今日来るとは。


 「いきなり押しかけてごめんなさい」


 「い、いや、それは全然良いんだが……」


 何故この家を知っている? 教えたっけ、俺? 誰かから聞いたのか?

 

 「少し調べてたから」


 ああ、そう言えば前に調べたって言ってたわ。もう心を読まれても何も思わなくなってしまった。……あれ?


 「まあ、入れよ。今日は誰も居ないから」


 「え……居ないの?」


 「姉さんは大学に行ってる。父さんと母さんは今出張で何処にいるかわからん」


 「そ、そうなの……2人きり……」


 「……? まあ、どうぞ」


 「お、お邪魔します……」


 何故か冬奈が赤くなっているが……まあ良いか。


 冬奈をリビングへ案内し、キッチンへ向かう。ちなみにこの家は玄関を少し前に進んで右に行くとリビングとダイニング(ここに食卓)、キッチン。左に行くと和室がある。そのまま前進すると階段などがある。


 「そこのソファに座っててくれ。麦茶で良いか? それともコーラ?」


 「じゃあ……麦茶でお願いするわ」


 「おっけ、ジンジャーエールな」


 「どこからジンジャーエール出てきたの?」


 「はは、冗談だよ」


 グラスを2つ用意し、氷を入れ、1つは麦茶、もう1つにジンジャーエールを注ぐ。1つを冬奈の前にある机に置き、冬奈から左に少し離れてソファに座る。


 「ありがとう」


 「客人だからな。もてなさなきゃ」


 その後、少し言葉が消える。俺が切り出そうかと悩んでいると、冬奈が最初に口を開いた。


 「……なんで私があそこに居るってわかったの?」


 「冬奈の家にいたメイドさん、はなさんに聞いたんだ。どこかに出かけたって」

 

 「それだけでわかるの?」


 「……保健室で、冬奈は言った。私は天才じゃ無かったって。そして、俺の過去も少し話した。だから、行くとしたらあそこかなって」


 憶測だったが合っていて良かった。あのままだったらゼロに何をされていたか。


 そして、これからが本題だ。


 「そして、まだ花さんから聞いた事がある」


 「……」

 

 冬奈は不安そうな顔になる。多分、心のどこかではなんて言われるのかわかっているのだろう。


 「冬奈のお母さん、自殺したって」


 「ッ!!」


 冬奈は絶望を滲ませて顔を背けてしまう。そんな顔はさせたくない……けど、大切な事なんだ。お前が母親の事を割り切らないと、大変な事になる。


 「泰晴の家で体育祭の話をした日、帰る時にお前は「お母様に怒られたくないから」と言った。おかしいよな」


 俺は右に居る辛そうな冬奈へ視線を向ける。


 「だって、お母さんは自殺して亡くなっている。それも、最近じゃない。もう何年も経っている」


 「……」


 「じゃあ何故、冬奈はそう言ったのか。これは俺の予想だが——お前、生きてるって思い込んで居たんじゃ無いか?」


 「ッ!」


 冬奈が泣きそうな顔で目を見開く。やっぱり、そうか。


 「これも花さんから聞いた事だ。冬奈のお母さん、玖凰春奈はある日、狂ってしまったらしいな。冬奈、お前に怯えながら」


 「……違う……」


 「何がだ?」


 俯きながら言葉を発した冬奈へ言葉を返す。


 「……お母様は、無能な私に呆れて、絶望したの……」


 「それは違うな。……じゃあ1つ聞こう。玖凰春奈は本当に厳しかったのか?」


 「……」


 「お前はもう知っていると思うがお前は能力者、NO.3の娘なんだろ? ならお前が出来が悪いなんて事はあり得ない。あの施設は遺伝子や遺伝を使って能力者を作っているからな。才能はお前にも遺伝しているはず。本当は優しかったんだよな? お前を愛して、可愛がっていた優しい母親だったんだよな?」


 「……」


 「じゃあ何故そんな母親がお前に怯え、狂ってしまったのか。それは——」


 「……やめて」


 「——その能力だろ?」


 冬奈の顔から涙が溢れる。目を背けてきた現実を突きつけられて。


 「俺の憶測はこうだ。幼少期の冬奈は能力を発現させた。だが、それを玖凰春奈が知ると怯え、狂ってしまった。多分父親、玖凰政人は言ってなかったんだろうな。そしてある日、玖凰春奈は自殺した。その少し後に玖凰政人が失踪。まだ幼かった冬奈は全てを理解してしまった。だから、こう考えた」


 「…………あああ」


 「母親は厳しい人だった。才能の無い冬奈へ失望したが、死んではいない。父親は冬奈に失望し、失踪。だから、冬奈は努力した。なんでそう思い込んだのか。それは、その方がまだ可能性があるから」


 「——能力なんて自分ではどうにもできない事じゃなく、努力が足りないって事にすればまだやり直せる。母親は生きていて、努力し、結果を出せば母は狂う事は無く、父親も戻って来る」


 「——そう考えたんだろ、冬奈?」


 「…………」


 返答は無い。まあ、当たり前だろう。俺は冬奈の反応を待つ。そして数分後、冬奈は口を開いた。


 「お母様……」


 冬奈が母を呼ぶ。もうこの世に居ない、亡き母を。


 「——私は、どうすれば良かったの……?」

 

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