第6話 わたしの新しい、お友達!

第6話 1

 フソウ宮に滞在するようになって四日目。


 わたしはまだ案内されていなかった、軍舎へとリーシャと共に向かっていた。


 昨日、一昨日とわたしはリーシャに宮の中を案内してもらったのだけれど、トヨア皇国の魔道技術はすごいとしか言いようがなかった。


 例えば照明ひとつとってもそう。


 アーガス王城では、来客の多い外宮や王族が暮らす宮こそ魔道器の明かり――晶明が設置されていたけれど、多くの場所は夜歩くにはランプを持たなければならなかった。


 でも、フソウ宮は違う。


 まるで日本のビルとか商業施設みたいに、廊下の天井に晶明が埋め込まれていて、暗さを感知して自動的に灯るんだとか。


 わたしの部屋も同じ造りになっていて、眠る時は枕元のパネルを操作して消灯できるようになっていた。


 部屋の隅にある洗面台もそう。


 触れて魔道を流すだけで、自由に温度調節された水を生み出す蛇口が付いていて。


 同じものはアーガス王城の王女宮にもあったけれど、給湯室に設置してあるひとつだけで、各部屋には設置されていなかった。


 リーシャが用意してくれた服もそうだけど、トヨア皇国はアーガス王国に比べてかなり高い文化、文明水準を持っているように思える。


 それが周辺の国に知られていないのは、トヨア皇国が周囲を魔境に囲まれた土地だからだと思う。


 西側のソラス湾に面した地域が、唯一、他国との玄関口になってるみたいなんだけど、そこでさえトヨア皇国が用意した船じゃないと入港が困難なんだよね。


 わたしが天間山脈を越えるという陸路ルートを選んだのは、その船賃がなかったから。


 すごく高くて、貴族とか豪商でもなければ払えないような金額で。


 その日のパンすら買えなかったわたしには、とてもじゃないけど払えなかった。


 なによりトヨア皇国自体が、他国との交流をあまり活発にしようとしてないみたい。


 それは以前、リーシャのお母さんみたいに、他国が魔属の優れた魔道能力や技術を欲して、民が誘拐される事が頻発したからだそうで。


 今ではトヨア皇国を訪れた外国人はかなり行動が制限されていて、基本的には長崎の出島みたいに、港のある街の中でしか活動できないんだって。


 その街では、みんなが化生して暮らしているんだと、リーシャが教えてくれた。


 家の中では化生を解いているそうなんだけど、外ではみんな適性にあった化生をしているみたいで、だから周囲の国はトヨア皇国の民――魔属は怪物のような見た目って思い込んでるみたい。


 わたし自身、フソウ宮でアリアやリーシャと出会うまでは、魔属はみんな怪物だと思ってたもんね……


 実際、天間山脈を下って来てトヨア皇国領に入った時、何度かオークやオーガに襲われたりもした。


 知らずにトヨア皇国の民を傷つけてしまったと、そうリーシャに告げると――


「――いきなり襲われたんスよね?

 たぶんそれは違法化生した山賊かなんかの犯罪者っスね。ミィナ様が気にかける必要のないクズっス!」


 隣を歩くリーシャは、親指を立てて笑顔で応えた。


「あーしらがしっかり装備整えて、化生したとしても天間山脈越えなんてムリっスから、当然ヒト属が越えてくる事なんて滅多にねーんス」


 だから、国境にも関わらず兵も砦も設置されていないのだという。


「おまけに春先なんかは冬眠明けの魔獣が、餌を求めて山から降りて来たりもするんで、村もほとんどないんスけど、だからこそ食い詰めた犯罪者の隠れ家になってたりするんスよ」


 と、リーシャは困ったように苦笑しながら教えてくれた。


「……食い詰めて?」


 一見、快適そうに見えるトヨア皇国でも、食い詰めて犯罪に走る人がいるというのは意外だった。


「ん~、魔属って言っても色々っスからね。

 ヒト属にだって、すっごく良い人やどうしようもないクズ野郎もいるでしょ?」


 アーガス王都の下町のみんなは、すごく温かい人達だったけれど、中には犯罪に手を染めてしまう人も確かにいた。


 騎士も第一と第二では、その気質がまったく違っていた。


 それと一緒で、魔属すべてがヒノエ様やリーシャ達のように、良い人ばかりというわけじゃないんだろう。


「まあ、そういう連中ってヒト化してて、トヨアで暮らし辛いってのもあるんでしょうけどね……」


 リーシャは鼻を鳴らして不満げに呟く。


「ヒト化って?」


「昔からあるらしいんスよ。極端に魔道が弱い子が産まれる事が。そういう子をヒト化したって言うんスけどね……」


 日常生活を多くの魔道器や魔法に支えられている、このトヨア皇国ではそういう人は確かに不便かもしれない。


 でも、犯罪に走るほどだろうか?


 わたしの疑問が顔に出ていたのか、リーシャは苦笑を漏らす。


「いや、魔道が弱いっても魔属基準の話っスよ? ヒトに比べたらそれでも全然魔道がある方なんス。

 でも、大昔なんかには、そういう子が産まれると家族ごと追い出してたみたいで……

 ――要するに差別の対象みたいになってるんスよ……」


「それでひねくれて、犯罪に手を染めちゃうって事?」


「それも一因なんでしょうが……」


 わたしの問いに、リーシャは困ったように首を傾げる。


「陛下だって、ヒト化した人の為が就ける仕事を斡旋したり、少ない魔道でも喚起できる魔道器を造らせたりしてるんスもん。

 結局は本人のやる気の問題なんじゃねーかと、あーしは思ってるんスよ」


 そうしてリーシャはブラウスの袖をまくって見せる。


 細いその手首には、魔道器と思しき黒色の腕輪。


「これ、弱い魔道を増幅してくれる魔道器なんスけどね、これがあればヒト化したやつでも日常生活では困らない程度には魔法や魔道器を使えるんスよ」


「え? ってことは、リーシャも……」


「はい。ヒト化っス。陛下はあーしらみたいな子にこの魔道器を配って、魔道器だらけのこの国でも普通に暮らせるようにしてくれてるんスよ」


 大事そうに腕輪を撫でて、リーシャは微笑み。それから表情を怒りに一変させて。


「だーら、あーしはヒト化が犯罪走るのが赦せねーんスよね。

 知ってます? 連中、捕まると『自分を犯罪に走らせたのは社会の所為だ!』とか喚くんス。

 あーし、頭はあんましよくねースけど、これだけはわかるっスよ。

 社会が悪いからあいつらは犯罪に走ったんじゃなく、、犯罪に走らざるを得なかったんだろうって!」


 唾を吐き捨てて、それを踏みつけ、リーシャは心底不満げに早口でまくし立てた。


「なもんで、ミィナ様が倒した連中は、どのみちいずれは逮捕されて処刑されてた連中なんで、気にする必要ねーっスよ」


 ぐっと親指を立てて笑顔を浮かべるリーシャに、わたしはとりあえずうなずく。


 きっとわたしが気にし過ぎないように、気を遣ってくれているんだろう。


 それをありがたいと思いながら。


 ……でもね、リーシャ。


 そう、思ってしまうわたしがいる。


 ……例え犯罪者でもさ……やっぱり誰かを手にかけるのって、きついんだよ。


 わたし自身が、何度も何度も死を繰り返しているからわかる。


 あのすべてが消えていく感覚。


 即死なら、なにも感じないから良いんだ。


 窒息とか失血での死は、本当に心にクるんだ。


 痛いとか苦しいとしか考えられなくなって、それから逃れようともがくけど、それすらしだいにできなくなって……身体の感覚が失われていく……


 初めて山賊を手に掛けた時、わたしはもう何度か魔獣に殺されて、それを経験していて。


 同じ苦しみを味あわせてしまったのだと思ったら、吐き気が止まらなくなってしまった。


 あれから何度も、任務で『悪人』とされた人を手にかけてきたけど、今でも彼ら彼女らの顔が脳裏から離れないんだ。


 夜眠ろうとすると、その最後の顔が蘇ってきて、ずっとずっとまともに眠れなかったんだよ。


 彼らに苦しめられていた人がいたのもわかってる。


 彼らに殺された人も大勢いたんだろう。


 だからといって、わたしが彼らを殺して良い理由になるんだろうか?


 ずっとずっと、わたしはそう自分に問いかけている。


 ……答えはまだ見つからないけれど……わたしはそれを問い続けなくちゃいけないんだと思う。


 わたしに襲いかかってきたオークやオーガを思い出し、その最後を心に刻み込む。


 化生したままの姿にはなってしまうけど……わたしは彼らを忘れてはいけないんだ。


 ――もう、戦うな。


 ヒノエ様がそう仰ってくださったのは、きっとわたしのそんな弱い心を見透かしたからだろう。


 来るアーガス王国との戦で、わたしという戦力は有用なはずなのに。


 わたしを戦わせるつもりはないと、そう仰ってくださった。


 ――あの方はなぜ、わたしにそこまでしてくれるのだろう。


 アーガス王国は、わたしを利用する事だけを考えていたのに……


 そんな事を考えながら歩いていると、やがて金属が激しくぶつかり合う音や、喧騒が聞こえて来た。


「――あ、ミィナ様、見えて来たっスよ! あれが軍舎っス!」

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