第7話 家族



 リンは、僕が入院している間、毎日僕の病室に来てくれた。


 彼女が僕のところへ来るのは、概ね一五時以降。

 アームズの隊員という仕事があるのだから学校へは行ってないのかな……と思って尋ねたら、どうやら学校へは通っているらしい。他の隊員は日中も隊員としての仕事をするらしいのだけど、リンはまだ学生なので、学校へ通わせてもらっているようだ。

 

 そもそもアンドロイドなんだから、学校なんて通わなくてもいいはずなのに……と、学校なんてウザったい僕は思ってしまうけど、これが「人間らしさ」に重要だというのだから仕方がない。


 アンドロイドたちは、一応は全員がメティスとかいう基幹システムと繋がっているらしいが、アンドロイドは各個体ごとに完全独立していて、基本的には同期などもしていない。だから、個人の記憶や経験が中央へ吸い上げられることはないし、他のアンドロイドと共有されることもない。


 大原則として、各個体が自らの意思で外部と通信することは許可されていないので、アンドロイドが情報を取得するには、各個体に備えられた感覚器──つまり目や耳で行う必要がある。


 外部機器を使わずに通信するケースもあるにはあるが、著しく制限されている。

 一般に知られているものでは、遺伝情報として取り扱われるもの、各個体のセキュリティ強化や制御プログラム修正など一部のアップデート。

 

「人間らしさ」で思い出したが、リンから聞くところによると、特別制圧隊に選ばれた隊員は、任務遂行のためにやむを得ず・・・・・人間離れした特殊機能をいくつか備えることになっているらしい。

 僕を助けた時に使った「スキャン」は眼球の取り替えによるもので、併せて暗視機能なども付いている。

 

 仕事で出動するときは、リンが戦った時に聞こえた声の主・統括指令室のネリムさんというアンドロイドの女の子が指令を流してくるみたい。

 どこから声が出ているのか不思議だったが、聞くと、リンがつけている十字架のピアスが通信機器になっているらしい。


 いきなり喋ってくるからびっくりするし、いちいち雑談するからうるさいんだ、とリンは文句を言っていた。あんまりうるさいと今度またお仕置き・・・・をしてやらないといけない、と意味不明なことを呟く。


 僕はネリムさんが少し可哀想になって、「あんまり厳しくしないであげたら」と言ったんだけど、リンは「大丈夫大丈夫、ネリムは夕真と同じなんだよ」と朗らかに……。

 はあっ? ぼっ、僕がなんだって!?


 ……とりあえず、出動がない限りリンは普通の高校二年生。


 入院している間、当然だが僕はバイトには行けなかったけど、アンナさんとリュークさんは、片方が家で子供たちを世話しながら、交互に病院へお見舞いに来てくれた。


 リナを護ってくれてありがとう、と深々と頭を下げてお礼を言われる。

 リナは、僕を前にするとポロポロと涙を落とし、何度も「ありがとう」と言っていた。


 僕は特に何もしてないんだけどな……と思いながらもリナの頭を撫でてやる。こんなこと今までしたこともなかったが、安心させてあげたくて、僕はリナを抱きしめてあげた。


 リナは頬が赤く腫れていて、それを見ると僕の胸の奥に何かが湧き起こる。

 やっぱり許せない。もう少しで、リナはあんなクズどもに乱暴されるところだったのだ。


 リナをリンに任せて病室から離しておき、現場で何が起こったのかをリナの両親へそれぞれ話して、心のケアが必要だと伝えた。

 リュークさんも、アンナさんも、病室に帰ってきたリナに対するアクションは同じ。二人とも、すぐにリナを抱きしめていた。


 リンに尋ねると、アンドロイドの場合、斬り落とされた手首や足首は基本的に手術で元に戻るらしい。生きている金属なだけにうまく適合しないケースもあるらしいが、確率的には悪くないようだ。

 なら、あんなもので済ませるのは納得がいかないところだ。リン自身もそう言っていたが、公務としてはあのあたりが限界なんだ……と。


 アンドロイドが確実に死ぬためには、人間でいう「脳」にあたる部分、または脊柱部分に格納されている重要機器が破損、もしくは完全破壊される必要があるようだ。


 そうなると、外部との通信を厳に禁じられているアンドロイドたちは記憶のバックアップなど持っていないから、仮に何らかの手段で新たな体を手に入れたとしても、以前の自我を復元することはできない。


 ちなみに、人間でいうDNAにあたる設計図に従い「生ける金属」が変形してオートで製作される集積回路や各種アクチュエーターなどの機器も軒並み百年前後で寿命を迎えるので、仮に外傷を負って壊れたりしなくても寿命はやがて訪れる。


 これらのことがアンドロイドにとっての「死」であり、人間らしさをモットーとする人型アンドロイドはまるで人間のように人生を終える。


「うっかりを装って体に穴くらい開けときゃよかった」とリンはブツブツ言っていた。脊柱にある重要機器の位置は多少の個人差があるので、急所に当たるかどうかは運次第らしい。


 うふふ、とくらく笑うリンに僕はゾゾっとした。「そもそも最初は完全に殺そうとしてたでしょ」と言ってやると「冗談だよ、あれは冗談」と返される。

 こわい。目が笑ってない。やっぱこわいヒトだった。極力逆らわないようにしよう。


 うちの親も病院へ来ていたようだが、父さんはさっさと帰るし、母さんもリンに任せてすぐに帰ってしまった。その上、二日目以降は来ない。いったいどうなってるんだウチの家族は?

 僕が家族から愛されていないことだけははっきりした。こういう時に本性が出るんだ人間は。


 このことをリンに話すと、「二人ともちゃんと病院まで来てくれてるじゃない」と言う。いつもの様子を見てないからそんなことが言えるんだ、と僕は余計にイライラしてしまった。


 僕が退院する日、リンは僕に「明日、ビックリすることがあるよ! サプライズお楽しみにー」と言った。

 何? と尋ねても、うふふふ、と不気味に微笑むだけで、ついぞ僕にその内容を教えてくれることはなかった。



「いつつ……」



 思えば、久しぶりに家で目が覚めた。

 学校があるのでそろそろ起きないといけないが、ベッドから起き上がる動作ですら折れた肋骨が軋んでまだ少し痛む。退院はしたが、医者の話ではしばらく安静にしないといけないらしい。

 

 リビングダイニングへ入ると、いつものように父さんと晴翔がテーブルに座っていて、母さんはカウンターの向こうにある台所。


 僕は、肋骨を労わりながらゆっくりと定位置に座った。


「おはよ」

「おう、どうだ具合は」

「痛いよ。まだ治ってないから」

「それはそうと夕真よ、お前の見舞いに来る女の子、すげぇ可愛かったな! あれはスーパーアイドルだって言われても信じるぜ。あの子を悪漢から助けたって本当か? 晴翔ならわかるけどよ、根暗でヒョロヒョロのお前がなぁ。そんで、どうなった? 連絡先くらいは交換したんだろうな?」

「まあ……したけど」

「ほんとかよ? 嘘じゃねえよなぁ? なら、お前にしてはやるじゃねえか。そんで? 連絡先の後はどうなった? 付き合ったのか?」

 

 逐一晴翔と比べ、僕を根暗でヒョロヒョロだと吐き捨て、僕の話は「嘘じゃないか」と勘ぐり、「お前にしては」と遠慮なく口にする。

 どうしてこの人たちは、いちいちこういう言葉を混ぜるのだろう?

 

 わかってる。全てを優秀にこなす晴翔と違って、お金をかけてやらせた大量の習い事は全て途中で放棄し、そのくせ自分たちの言うことには素直に従わない僕のことを、この人たちはだんだん気に入らなくなっていったのだ。


 いいよ……別に僕だって今さら誰に認めてもらおうとも思ってない。

 昔と違って、僕だってもう自分の価値観がある。あんたらの価値基準で僕のことを判断してもらう必要もないし。


「付き合ってないよ」

「だろうな。お前程度じゃ到底無理だ。しかしよ、退院の日まで一日たりとも欠かさず見舞いに来てたんだぞ? 義理だけってわけでもないだろ、どう考えても」

「だけど違うよ」


 ……そうだよ。僕程度・・じゃ無理だ、普通なら。

 あの子は……リンは、単にアンドロイドを馬鹿にされたから、ムキになって頑張っちゃってるだけなんだ。だから、宣言通り僕を落としたらさっさと去っていくさ。

 そもそも僕だってアンドロイドと付き合おうなんて思ってないし。だから、いなくなったとしても、別に。


「あなた、あんまり夕真に期待しちゃダメよ。どうせうまくいきっこないんだから」


 知ってるよ。あんたらがそう思ってることはわかってる。わざわざ言うな。

 僕はあんたらを喜ばせるために生きてるんじゃない。こっちだって、喜ばせようとも思ってない!


「わかってるよ。だけど不思議だろ、なんで夕真なんかに、ってよ。だから俺も聞いたんだよ、『彼女ですか』って。そしたら、ちょっとのあいだ無言だからさ。それから『違います』って言われたんだけどよ、あれ、これはなんか訳ありなんじゃないかって──」


 そうだよ、僕なんかのことを好きになってくれる人なんていない。

 ゲームなんだ、これはゲーム。だから、リンが去っていってもそれは普通のことだし、ガックリする必要も悲しむ必要もない。


 でも、そんな事情をこいつらに知られたりしたら、そりゃあ笑われるだろう。そんなの、耐えられそうにない。

 落とされないようにしなければダメだ。万が一リンとのことがこいつらにバレた時に、せめて僕は耐えたと言えるように。


 依然としてリンのことを興味本位にあれこれ話す父さんの声と、ところどころで僕を蔑む言葉が飛び交う食卓で、僕はただうつむき、いつもの如く何かが削られていく感覚に耐え続ける。


 黙れよ。お前ら、もう黙れ……


「勝手に詮索しないでよ」


 僕は、こう言って話を切ったつもりでいた。

 すると、鬱陶しいことに晴翔が話を続けようとする。


「……意外だね。兄ちゃんにそんな可愛い子がいたなんてさ」

「意外で悪かったな」

「本当に人間?」

「うるさいな。アンドロイドだ、それがどうした」

「なるほどね、それで納得がいったよ。人間の彼女ができないからそっち・・・に行ったんだ」


 他の人間たちと同じように、僕自身だってアンドロイドに対する偏見に毒されていないわけじゃない。アンドロイドであるリンに、「アンドロイドは人間らしさが無い」と真正面から言い放ったのだから。


 なのに、自分でもよくわからないが、僕はこの時「リンのことを馬鹿にされた」という気持ちになった。


 自分のことを馬鹿にされるのは、今までずっと耐えてきた。正面から喧嘩をせず、なんとかして受け流してきた。

 だけど、自分以外の人のことをこいつらから馬鹿にされたのは、これが初めてだった。


 熱くなった顔の温度で、スイッチが入ったことを知る。


 闘技場コロシアムの舞台に上がったのだ。いったん上がってしまえば、殺し合いの勝敗が決するまで引き下がることはできない。

 僕は、殺すべき敵の目を、逸らすことなく凝視した。は、そんな僕の決意を嘲笑うかのようにニヤニヤしながら目線を合わさない。


「アンドロイドだから何だってんだ? 今時アイドルでもアンドロイドのほうが可愛いだろ」

「人形と付き合って虚しくないんかな。ほんと、マジでそういう人の気持ちはわかんないや」


 人形……だと?


「彼女たちは人形じゃない。話せばわかる」

「話くらいは当然するよ、クラスにだって何人もいるからさ。人付き合いができない兄ちゃんは今まで知らなかっただけでしょ? だからって普通は付き合ったりはしないけどね」

「……付き合ってないよ」

「付き合ったら紹介してよね。お人形・・・の彼女をさ」

「何度言ったらわかるんだ……『人形』ってのを訂正しろ」

「ああそうだ。悪かったね兄ちゃん、のこと」


 僕は、勢いよくその場で立ち上がった。テーブルの上に置かれたカップや皿が、ガチャンと音を立てる。


 ようやく晴翔と視線が合う。

 無表情の中に薄ら笑いが含まれた上目遣いの晴翔に、僕はありったけの憎悪を込めて睨んでやった。


 ……死ね。二度と顔も見たくない。


「晴翔。やめなさい」

「……はぁい」


 父さんが、珍しく晴翔をたしなめた。

 真剣な顔をしている。まあ、この人は真剣な顔で冗談を言う人だし、自分の興味のあることにしか執着しないから思い起こせば僕のことをかばってくれた記憶もない。だから、この時もそんなに真剣だったのかはわからない。


 そもそも家族になんて興味もない。こんな苦痛ばかりの空間、早く自分で稼げるようになって出て行きたかった。

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