ブラックデザイア(Ⅴ)

 妖精達の危機は去った。


 「怖かったよぉぉ」

 「次があったら今度こそ血祭りに上げてやるんだから!」


 アッシュスティングによって自由を取り戻した妖精達は、安堵する者も後悔する者、逆に燃える者と色々だったが、とにかく元の騒がしさを取り戻していた。しかし、ある言葉を皮切りに、場の空気が一変する。


 「でも助かって良かったぁ……スティングが助けてくれたんだよね?」

 「いや……それは……」


 言葉に詰まるアッシュスティングは逡巡の後、少年を指さす。


 「彼が……我々を助けた。私は何もできなかったよ」

 「え……人間……?」

 「どうして人間が……」

 「き、危険だよ……」


 少年を認識した途端、広がっていく疑念とざわめき。当の少年は自らの新しい力が気になるのか私含め妖精達には一切興味を示さず、雑草を手に取って灰にしたり途中で止めたりと実験をしているようだが、妖精達の中で危険な空気が漂い始めていた。


 「待って!」

 「ブラックデザイア……」

 「彼は……他の人間とは違うの!」


 私は彼がみんなに認めてもらえるように、精一杯庇った。ただでさえ私自身に信用が無いから、ネガティブな話……彼が初対面でいきなり私の首を斬ったことなんかを話さずに、少年が妖精にとっての英雄であると訴えかけた。


 「だから……あの子のことは私に任せて……」

 「ね……ねぇ、デザイア……」

 「な、なに?」

 「その話、もっと詳しく聞かせてよ!」


 必死に口を動かしていて気づかなかったが、妖精達は私の語る物語に夢中になっていた。……この島での物語や本の類いは、一部の知的な妖精が保有してはいるものの彼女たちは大多数の妖精らしい妖精を毛嫌いしているため、普通の妖精にとってはこういった話は新鮮だったのかもしれない。だけど、私としてはとても困る。


 「えっと……ど、どこから話そうかな……」

 「最初からもう一回がいい! くわしく!」

 「あー……もう言ったと思うけど、人間に襲われたところを助けてもらって……」

 「どんな風に?」

 「そうだなぁ……うーん……それはもう格好よくて……正義に燃える妖精の味方ってかんじで……『君のことは俺が守る!』って言われちゃったりして……」

 「じゃ、じゃあ……デザイアは少年くんと……!」

 「あっそうなの! もうずっと二人でいて……」


 私が苦し紛れに言葉を紡いでいく度、沸き上がる妖精達。正確には私に対してじゃないんだけど、こんなにちやほやされるのは初めてでなんだか楽しくなってしまう。それに、自分の口から聞こえる物語はとても魅力的で……というところで、スティングが私の腕を引っ張ってきた。


 「おい……なんだ今の話は……」

 「しょ……しょうがないじゃん! こうでもしないと彼がみんなに受け入れてもらえないし……」

 「……そもそも、私にはアレが我々と共に在ることを望む手合いには見えん」

 「う……」

 「大体、彼とは出会ったばかりだと言っていたじゃないか!」

 「それは……で、でも本当にそうなのかな? やっぱり私彼とずっと一緒にいた気がしてきて……」

 「は、はぁ? お前頭が……」


 スティングとの言い合いは、少年が近づいてきたので中断された。あっという間に人気者になった少年に向けられた歓声を気にも留めず、少年は私を見て口を開く。


 「さっきみたいなの、この島にいればまた戦える?」

 「……っ!」


 あんな……おそらくは外の世界で指折りの実力者であろう化け物が上陸してくるなど、滅多にあったものではない。けれど、ここで私が正直にそれを言えば、彼がここを去ることは容易に想像ができた。


 「く……来る来る! 戦えるよ!」

 「そう……」

 「あ……待ってよ!」


 確認を終えたらもう用はないとばかりに去ろうとする少年を追いかける。妖精達はそんな私を羨みながら見送り、スティングは複雑な表情を浮かべていた。


―――――――――――――


 ……嘘から出た誠と言うべきか。私の言葉の通りに、そして少年の望み通りに、この島にはこれまでとは次元の違う強敵が次々と現れた。魔族だけではない。人間も、これまでの欲に溺れた小物ではなく、使命に燃える強者が妖精を狙ってきたのだ。けれど、あの魔族の力のほぼすべてを我が物とし、敵を倒す度、時間を経る度に強くなっていく少年に敵うわけもなく、どれもが斃れていった。


 「厄災か……」


 四年。出会いから月日が流れた。少年は大きくなった。あの時が十歳ほどで、今が十四といったところだろうか。少年と呼べなくなる日も近いのかもしれない。


 「これがそう……なのか」


 私は今に満足していた。相変わらず少年は無愛想で心が芽生えた感触もないが、そばにいても何も言われないくらいには気を許されている……諦められているだけかもしれないけど。

 本人は全く興味がなさそうだが、妖精にとっての数々の危機を打ち壊した少年は本物の英雄だ。誇らしいし、一番近い場所にいるのがたまらなく嬉しい。


 けれど、少年はそうではない。強敵が来ていたのも最初の三年だけで、この一年は来ていない。そして、屠った敵が揃って口にする“厄災”という言葉に、少年は惹かれている。


 「行かないで……」


 最初は少年も私も妖精達も、“厄災”がなんなのか分からなかったが、最近になって確信せざるを得なかった。


 世界は滅びかけている。


 異常な気象、天災、何よりマナの減少、そして……大陸から感じる根源的な威圧感。上陸してきた敵たちは、これを阻止するため、あるいは元凶を倒すために妖精を利用しようとしていたことが、今になって分かった。


 少年は、責任なんて露程も感じていないだろう。だけど、何かを求めて、“厄災”に立ち向かおうと島を出ようとしていた。


 行って欲しくなかった。今度こそ、少年を失ってしまうんじゃないかと思って。少年が戦う必要がどこにあるのかと叫びたかった。今では少年を世界より大事に思えるから。


 けれど、彼に自分の言葉など響かないと誰より分かっているからこそ……私は共に島を出ることしかできなかった。


 「戻ろうよ……ねぇ……」

 「別に一人で帰っていいけど」

 「……」


 私と少年は、荒れる海を渡り、死地に向かっている。




【★あとがき★】


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