第7話 ジュニアスパイはラクじゃない



 かきかきかきかき……。



「うーん」



 かきかき……。



「むむむ」


「志音、さっきからうるさい。そんなに宿題わかんないのかよ?」


「へ?」



 怜音にのぞきこまれて、ふと我に返った。

 そうだった。宿題してたんだ。


 おれたち双子は学校から家に帰ってきた。

 いつも通り、リビングダイニングルームにある、ダイニングテーブルで宿題をしていた。



「うげっ。お前の算数ドリル、すげーことになってんぞ」


「え? うわわぁ! やっちまった!」



 自分の算数ドリルを見ると、文字を書きまくっていた。

 え、いつの間に!?

 おれ、無意識のうちに書いちゃってるよ!

 国語の宿題かよっ。



「なになに、『見返し大作戦! 運動、長いから×。勉強、もしかしたら早い?』って、なんだコレ?」



 怜音はおれが書いた文字を読み、首をかしげた。



「あ、えっと、おれのクラスの高野がさ」


「高野? メガネをかけた気弱そうなヤツ?」


「優しいヤツって言ってくれ。その高野が『手島を見返したい』って言ってきたんだ」


「見返したい? またなんで?」


「高野、手島より運動とか勉強とかが上手くないから、よくからかわれてるんだ」


「ひでーな」


「おれがいつも止めてたんだけど、高野が今日見返したいって言ってきてんだ。だから、協力するって決めたんだ」


「それで、『見返し大作戦』か」



 つんつん、とドリルの文字を指さされ、おれはこくりとうなずいた。



「『運動、長いから×』ってなんだよ?」


「高野は運動が苦手だから、教えても時間がかかりそうなんだ」


「じゃあ、勉強のコレは?」


「今度、算数の再テストがあってさ。高野はまじめなヤツだし、勉強をがんばれば、点数が上がるんじゃないかと思って」


「へぇ。志音にしては、まともな答えじゃん」



 怜音が目をぱちくりとさせた。



「失礼だな、おれだってちゃんと考えてんの!」


「ごめんごめん」


「それで怜音、お願いがあるんだけど」


「オレに?」


「高野に算数を教えてほしいんだ。怜音、算数が得意だろ? 協力してくんないかな?」



 一卵性双生児のおれたちは、顔も体の大きさもそっくりだ。

 だけど、性格や得意なことが違う。

 おれは運動の方が得意で、怜音は勉強の方が得意。

 だったら、怜音がうってつけだと思うんだ。



「いいよ。教える」


「マジで!? やった! ありがとう!」


「ついでに、志音にも教えられるしな」


「は?」



 にっこりとおれと同じ顔が笑うが、おれはぴしりと固まった。



「算数のテスト、返ってきたんだろ。一体何点だったんだよ?」


「そ、それは……」


「二人ともー、宿題は終わった?」


「おじさん! ちょうどいいところに!」



 話がそれるチャンスにおれは飛びつく。

 そんな救世主の五朗のおじさんは、ぼさぼさ頭でお腹をぽりぽりしながら、スウェット姿でこの部屋に入ってきた。

 うわぁ、イケメンが台無しだなー。



「おじさん、寝てたの?」


「いや、部屋で表の仕事をバリバリしてたよ。表と裏の二つの顔を持つ男は大変だよね~。超一流の俺だからできちゃうんだけど」



 ドヤ顔で言う五朗のおじさんに、おれたち双子は宿題をバリバリとこなしはじめた。



「え、無視? ツッコミ待ちなんだけど!」


「表の仕事はAIエンジニアの仕事だよな。オレ、すげー興味あるな」


「怜音、まじめな返ししないで! おじさん、かなしい!」



 よよよ、とウソ泣きをし始める。

 三十代なのに小学生とテンションが同じで、ノリがいい。

 だけど、おじさんの言う通り、自他ともに認める超一流の仕事人なのだ。



「おじさん、おれたちに何か用があったんじゃないの?」



 もっと脱線しそうな気がしたので、話を向けてみる。



「そうだ。双子のジュニアスパイの仕事をしようと思って、声をかけたんだった」


「昨日の夜のヤツ?」


「そう」


「回収はしたけど、アレの破壊はしていないからね。宿題が終わったら声かけて。俺は夕食の下準備をしておくから」


「はーい」



 手をひらひらさせて、キッチンの方へ歩いて行った。

 五朗のおじさんが作ってくれるご飯って、おいしいんだよな~。

 十数分後、怜音にチェックを入れられつつ、宿題を終わることができた。



「おじさん、終わった!」


「ん。じゃあ、バルコニーに来て。モノがモノだから外でしようか」



 五朗のおじさんが、リビングダイニングルームから続く、ルーフバルコニーへ向かった。

 おれたちも続き、外へ出た。


 ここは高級マンションの最上階にある、五朗のおじさんの家だ。

 おれたちは母さんと離れてから、五朗のおじさんの家に住み始めた。


 ワンフロアが全部が五朗のおじさんの家で、自宅直通のエレベーターがあったり、床が大理石だったり、一つ一つの部屋がめちゃくちゃ広かったりする。

 最初はびっくりして、落ち着かなかったもんなー。



「始めようか。はい、コレ出して」



 五朗のおじさんからぽいっと投げられたものは、黒いカプセル。

 おれはキャッチして、カプセルにあるスイッチを押した。ボン、と音が鳴る。

 もあもあした煙の中から、ドッチボールが次々と飛び出した。




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