第21話 正宗、魔界で初めてのディナー
あっという間に一日が終わりかけてしまった。
フランと一緒に部屋に戻りベッドに倒れこむ。
「一体何なんだよこれ……大体さっきの魔法、何の属性なんだ? 」
じっと両手を見て考える。
「わからぬ。初めて見るものじゃ。お主の魔力量も不明じゃしの。ただ父上の言うことからすると、お主の部屋で妾が水道の蛇口を捻ったときに水を出しすぎた時があったじゃろ。おそらくはあれと同じかもしれぬの」
「魔力を出す蛇口の開け方がそっと
どうやらこれもイメージでコントロールできるようだ。
「ググーッ」
ふと空腹感に襲われ腹の虫が鳴る。
「ねえ、フラン。お腹空いた。フランはお腹空かない?」
「いわれてみれば、お昼ご飯も食べておらぬの」
「ここら辺に、レストランかコンビニないの? あ! でも俺こっちのお金持ってないや。一文無しだわ。クレジットカード使えないよな。六文銭も持ってきてないし」
俺は何を言っているのだろうか。魔界にコンビニなんてあるはずがないわ。
「六文銭って。葬式じゃあるまいし。レストランやコンビニは似たようなものはあるが。ちょっと待っておれ」
え?コンビニあるんかい!
フランは机の上の電話の受話器を取ると、何やら話している。
「正宗や、今出前を取ったのじゃ」
魔界にもウー〇ーイーツがあるのだろうか?
いや、あってもパンデモニウムに入れるかという問題もある。
「ありがとう。何を頼んでくれたの?」
「お楽しみなのじゃ。それよりも風呂に入ってはどうじゃ?侍女に案内をさせる」
そういうとフランは呼び鈴を鳴らし、侍女に俺を風呂へ案内するように指示をした。
「こちらでございます。ごゆっくりとお過ごしくださいませ」
侍女が風呂場の入り口まで連れて行ってくれた。
「あ、どうもご丁寧にありがとうございます」
中に入ると、そこは大浴場であった。
「うわ、すげぇ」
巨大な湯船からは広大な街並みが一望でき、改めて魔界という異世界に来たことを実感する。
しかし、洗い場がなく周りに誰もいないので、どこで体を洗ったらいいのかがまったくわからない。
ふと脇を見ると、風呂桶がおいてあったので、まずはかけ湯をしようと手に取った。
「なんだよ、これ ケロリソって。大八洲の銭湯そのままじゃねえのか? 」
湯船につかりながらこの数日の出来事を振り返る。
あまりにも展開が早すぎてついて行ってないところがある。
押しかけ女房状態で結婚したフランが実は王女様で、最初に部屋に来たルシファーさんは魔界の王様で、義理の父親になって、魔族の眷属になって、ヴァンパイアの妹ができて、俺がヴァンパイアにもなって、ほんでもって魔力のテストでパンデモニウムの一部を吹き飛ばして……
あれ? これっていわゆるチート系のラノベ主人公そのまんまじゃねぇのか?
いや、ヒキの強さでは右に出る者のない俺だ。
そう易々とチート系ラノベの主人公みたいにホイサッサとうまく行くはずなんか絶対にねえ。
うむ! あえて言おう!
「ありえないと!」
俺はギ〇ン総帥か?
ふと気づくと体の周りを何かぬるぬるとした感触がまとわりついている。
よく見ると……数体のスライムだった。
一瞬凍り付いたが、フランからスパスライムの話を聞いていたので興味津々で動きを見ていた。
ゼリー状の柔らかい感触のスライムが体を満遍なく拭いてくれている。
これはこれで結構楽だ。おそらく体の老廃物を栄養にしているのだろう。
『正宗や。出前がきたぞ。そろそろ上がってくるのじゃ』
を? ここまで念話届くんだ。
『わかった。ありがとう。すぐに出るね』
返事は届くのだろうか? 半信半疑で返事をしてみる。
『わかったのじゃ』
おお! 届いた! やった!
風呂の入り口で侍女が待ってくれている。
「あ! すいません! 待っていただいているなんて知らなかったんで」
「お気遣いなく」
侍女はにっこりと微笑み俺を先導してくれる。
「このお風呂って、職員さんが使われるお風呂なんですか? 私一人だったんでよくわからなかったのですけど」
「王族専用でございます」
「そうなんですか……てえええ? そんなところ使わせてもらっていいのですか?」
「王女殿下より承っております。ご心配には及びません」
「職員の方はどうされているのですか?」
「私達職員の風呂は別の場所にございます。主に住込み職員と当直の職員が使っております」
「そうなんですか。お姉さんも住込みなんですか?」
「左様でございます」
侍女は聞かれたことに事務的に答えるのみで、それ以上のことは話そうとしない。
俺の外見が人間であることに警戒心を抱いているのだろうか。
「フラン、お風呂お先にいただいたよ。すごいお風呂だった。ありがとうね」
「スパスライムの感触はどうじゃった?」
「不思議な感触だったよ。でも癖になるかもね」
「そうか、よかった。食事にするのじゃ」
フランに出前の店のことを聞くと、パンデモニウムの料理人に頼んで作ってもらったらしい。
これって所謂宮廷料理ですか?
侍女が配膳をしてくれたスープを口に運ぶ。
透き通ったコンソメスープだ。
「こちら、バジリスクの煮込みスープでございます」
「え?」
バジリスクと聞いて俺は凍る。確か猛毒を持っている魔獣だと聞いたことがある。
「大丈夫じゃ。魔族には無害じゃ。鶏のようなものじゃからの。ただ、人間なら即死じゃがの」
フランが安心するように言ってくれる。
確かにそうだ。すでに人間の俺は既に死んでいるんだ。
「すごく美味しいよ。これ」
「口に合ってよかったのじゃ」
空腹は最大の調味料とはよく言ったものだ。
そのあと、マンドラゴラと世界樹の葉のサラダ、砂クジラのカルパッチョ、マンティコアのソテー等々ファンタジーでしか聞いたことがない料理が出てきた。
「すごくおいしかった。人間界では絶対に食べられないものだよね。フラン。ありがとう」
「正式に結婚した後は妾が作るからの」
「フランが作ってくれた料理は美味しかったよ。楽しみだな」
「わ、妾はまだまだ勉強不足じゃ。この前は正宗が教えてくれたから上手くいったのじゃ」
フラン、やっぱりツンデレですな。
よく考えると、たった今、
もう
「それでは、私達はこれで」
「うむ。大儀じゃったの」
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。ありがとうございました」
「おほめにあずかり光栄です」
侍女達は微笑んで会釈をするとワゴンを押して部屋を後にした。
フランに侍女の人数を聞いてみると、専属で5名の侍女が居て、身の回りの世話をやってくれるらしい。そのうち2名は護衛ということだ。
「フランに護衛が必要なの?」
ワイバーンを輪切りにする力を持つフランを襲おうとする命知らずを見てみたいものだ。
「とりあえず体裁を整えぬとな。護衛なしで王女が歩いているとおかしいじゃろ。それに情報調査も行っておるからの」
「確かに、侍従がいなかったら絵にならないね。で、何よその情報調査って? フランを狙う謀略から守るとか?」
「それもあるが、スイーツの美味しい店や服屋の情報なんぞを見てもらっている。お忍びで行くのに必要じゃからの」
「をい……なんか情報調査の意味が違っていないか?」
「細かいことは気にするな。そうやって街に出て色々な情報をかき集めるのじゃ。女子の集まるところ情報有りじゃ」
「で、服屋に行ってモデルもやっていると。アキバの時みたいにさ」
「こっちではできぬ。顔がばれておるからのぉ。あの時は楽しかったわい。普通の女の子になれたような気がしての」
相当楽しかったのだろう。笑顔でわかる。
「あ……そっか。フラン、またアキバ行こうね」
「おお。ぜひとも頼むのじゃ」
フランは王女様だから、ああいう経験は全くなかったんだな、ある意味不憫だな。
「さて、もうちょっと勉強するよ」
「うむ。頑張れ。何かあったら呼ぶのじゃぞ」
部屋に戻り、アスタロトさんからもらった過去問題を次々と解いていく。
算術と理学は大学の知識で何とかなるが、やはり魔法の詠唱と記述が難しい。
魔法大全で魔法の種類と対応する詠唱と記述を覚えていく。
ただ、さっきの検査で属性が全く分からなかったので、とにかく火水風土光闇のそれぞれ初級魔法を覚えていく。
ずいぶん闇雲と思われるだろうが、これは仕方ない。
明日、屋外演習場で各属性の魔法が使えるかを調べるしかない。
もう屋内練習場は懲り懲りだ。
ついでに言えば、屋外演習場の周りに何もないことを祈りたい。
今日みたいな魔力暴走はごめんだ。
「おい、正宗や。ベッドに入れ」
ネグリジェを纏ったフランにゆり起こされた。お風呂上りなのだろう。顔がほんのりと赤くなっている。
いつしか俺は机の上に突っ伏していたようだ。
「ふぇ……あ、フラン……俺寝てたか」
「今日は魔力を使いすぎたのじゃろう」
「かもしれない。でも勉強しないと試験に落ちたらどうしようもなくなる」
「頭がぼけたまま魔法を撃ったらさらに大変なことになる」
「確かに……歯磨いて寝るわ」
ディメンジョントランクを開き歯ブラシをセットを取り出し……
「あ、歯ブラシがない……」
間抜けなことに歯ブラシセットを入れ忘れていた。
「ほい。これを使うのじゃ」
フランは、ディメンジョントランクからクリーナースライムを出してきた。
使い方はいたってシンプルで口の中に入れれば、スライムが歯に沿って掃除してくれるそうだ。
口の中の汚れがクリーナースライムの餌らしい。
スライムを恐る恐る口の中に入れると、スライムはボクシングで使うマウスピースのように変形し歯と歯茎にぴったりとくっつくのが判る。
超音波歯ブラシのような振動が伝わり、掃除をしているのが分かった。
ひとしきり振動が収まると、口の中で丸まったので、口から出すと、最初は白かったスライムが黄色く変色していた。これが口の中の汚れか。
「よく取れるじゃろ」
フランがニヤリとしているが、何かフランにみられると恥ずかしい。
恥ずかしがっていると、フランは男のくせに恥ずかしがるな、ディメンジョントランクへ入れておけと言う。
「じゃあフランも歯磨きして、スライム見せてよ」
「乙女のそういうところを見るでない」
フランが顔を赤くして抗議する。
「わかってるよ。冗談だよ。ありがとう。寝るね」
「うむ。お休みなのじゃ」
「うん。お休み。愛してる」
「もう……」
ベッドに入るとそのまま意識を手放し……フランが横に入ってきた。
「正宗の横がよいのじゃ」
「フランのそばがいい」
「疲れたか?」
「うん。おいしいご飯を頂いたら安心したのか、今頃ガクッと来た」
「魔力補充をせんとの」
フランはパジャマの襟口をはだけ、首筋を見せる。
彼女の白い首筋が室内を薄暗く照らす青白い魔石照明に照らされると、ヴァンパイアの本能が呼び起こされる。
牙が疼き始め、のどの渇きを覚え始める。
「噛むのじゃ。正宗」
「いいの?」
「アスタがやったようにしてみよ。もう眼が赤くなってきておるぞ。愛い奴じゃの」
俺はフランの白い首筋に牙を穿つ。
ツプッと音がして、フランの血と魔力が牙を通して入ってくる。
「くうぅうん……正宗。いいのじゃ……」
フランの指の爪が伸び始め、角も青白く光り始める。背中に彼女の指の爪がズブズブと深く突き刺さるが全く痛くない。
フランの小さな口から牙が伸び始め背中から黒い翼が現れる。
やはりフランは悪魔なのだ。
悪魔とヴァンパイアの眷属になった俺には、悪魔の姿を曝け出したフランが愛おしい姿に見え、さらにぎゅっと抱きしめる。
ひとしきりフランから吸血し、首筋を舐めて傷口を塞ぐ。
「ありがとう。フラン」
「どういたしましてなのじゃ。吸血にも慣れたようじゃの」
「フランは俺のこと噛まないの? 可愛い牙と綺麗な翼が出てきているし」
俺はパジャマの
「妾が噛んでどうする。お主の魔力を吸ってしまえば意味がないじゃろ。それに牙と翼は見せないようにしていたのに。正宗が悪いのじゃ。アスタの時とは全然違う感触じゃ。それにこの姿を可愛いなんぞ……妾のこの姿、怖くないのか?」
フランがはにかみながら上目遣いで俺を見てくる。
フランの目は白目の部分が黒く、黒目の部分が赤くなっている。
ああ、やっぱりこの娘は悪魔なんだ。だけど吸い込まれそうなぐらい可愛い。
「ううん。だって僕のフランだもん」
フランの目を見て答えると、フランは俺に額をくっつけてきた。
どちらともなくお互いに唇を合わせ始める。
そのまま、フランを抱きしめながら眠りに入った。
〜〜〜あとがき〜〜〜
この度は沢山の作品の中から拙作をお読み下さりありがとうございました。
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