Ⅲ年 「特練Ⅲ」 (6)コンプレックス

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学三年生。

 団長就任で、新方針で始めたものの早くも難局に直面。黙想と同期との議論を重ね、それまでの経験と信念を「形」にすることに成功。年間の最大イベント「定期戦」に向けた特別練習も無事に終了した。

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「駿河、鳥渡ちょっと…。」

「幹部会の後じゃ駄目か?」

「概要だけ先に…。」


 ベーデの話はこうだった。

 二年女子部技術指導補佐のロコ(大神力子おおがろくこ)が、今日の練習を休み、ソワカを通じて退団届けを出した。

 ロコは、小柄ながら常時明るく、新人、二年目の特練おいこみ補佐職サブも本当に問題なく乗り越えてきた、謂わば応援団に入るくして入ったような人材だった。幹部になれば、団を支える力となることは間違いないだけの素養なかみを持っていた。


「お前に心当たりは?」

「特に無い。ショコにも無い。他の女子幹部にも無い。」

「同期には?」

「『休んでいる原因を知っている人?』と聞いてみたけど、今日の今日まで元気だったって。それが、練習前になって急にソワカに退団届けを持って来たって。」

「親御さんの印は?」

「まだない。本人の署名だけ。」

「うーん。これを知ってるのは、ソワカだけだな?」

「そう。ソワカは他には話してないって。彼女のことだから、何かしらの決着がつくまでこれからも話さないと思う。」

「分かった。幹部会は早めに切り上げよう。」


 最終確認を仕上げた後、ベーデと僕は、ロコの自宅に向かった。


「お忙しい時間に失礼します。第一中学校で力子さんとご一緒しております駿河と三条と申します。」

「あぁ、常時いつも力子がお世話になっております。今、呼んで参りますから。」


お母さんらしい声が聞こえ、暫し時間が経った。


「あの、大変申し訳御座居ませんが、駿河さんとだけお話ししいと、申しておりまして…。」


ベーデは、鳥渡ちょっと首を傾げたが、直ぐに頷いた。


「はい、分かりました。では、私、駿河だけでもお話しできれば。」

「申し訳ありません、少しお待ち下さい。」

「ベーデ、悪い、何か事情があるらしいから、先に帰ってて呉れるかな?」

「うん、分かった。後で連絡して。」

「おう。」


 ベーデは、迷い無く駅に向かって歩いて行った。

 程無く扉が開き、ロコのお母さんが出て見えた。


「わざわざ、遠いところをすみません。」

「いえ、此方こそ、お忙しい時間に申し訳ありません。」

「今日は、学校から帰るなり、部屋に閉じこもった儘で、応援団の練習じゃないの? と聞いても、何にも言わないんですよ。」

「そうですか…。」

「此方です。力子、駿河さん、お見えになったわよ。」


 扉が開いて、力子が俯いて顔を見せた。

「…ちはっ、どうもすみません。」

「おう、良いかい?」

「はい、どうぞ。」

「じゃ、すみません、失礼します。」


 お母さんに断って、ドアを開けたまま部屋に入った。

「どうぞ、…。」


 ロコが勉強机の椅子を勧めて呉れて、彼女自身はベッドに腰をかけた。

 勉強机の上には、去年の定期戦、今年の運動会でのチア姿のスナップ、仲間との記念写真が挟んであった。壁にも日常の仲間とのスナップ写真が貼られ、大きく引き伸ばされた定期戦での全員集合写真が額に入れられて飾られていた。

机の上、本棚にはよれよれになった参考書、問題集が山と積まれ、日常生活でも努力している姿が痛いほど分かる。


「ロコ、応援団好きなんだな?」

 部屋を見て、素直に感じた儘を言葉にした。


「…はい。大好きです。」

「俺も、皆もお前のことが大好きだ。」

「失礼します。痛いほど、感じております。」

「どうしたの? 具合でも悪くなったかい?」

「いえっ。身体は何処も悪くは御座居ません。健康で御座居ます。」

「勉強に不安を感じたかい?」

「いえっ。常時いつも掲示される上位四十傑に十人以上は勿論、十傑に数人は入っておられる幹部の先輩方を見習い、自分にも出来ない筈はないと、何とか頑張っております。」

「団の誰かと喧嘩でもした?」

「いえっ。皆、良い仲間です。」

「そうか…。鳥渡ちょっとごめんな…。」


 何かの抑圧感プレッシャーを与えていたら不可いけないと思い、学生服の上着を脱いだ。


「俺に何か力になれることがあるかな?」

「失礼します。大変失礼極まりないことをお話しするかも知れませんが、退団を覚悟の上と思い、お許し戴けるでしょうか?」

「今はお前と俺だけの話だから。別に、退団なんか覚悟しなくたって良いさ。」

「有り難う御座居ます。あの…駿河先輩は、其の…背の高さでコンプレックスを感じられたことはないでしょうか?」


 力子は、普段と違い、ちらちらと視線を外しながら、おずおずとした調子で話し始めた。


「背ぇかい? …ない、と言えば嘘になるなぁ。幹部選任の時にも話題になったくらいだし。」

「では、先輩は、それをどのように克服されたのでしょうか?」

「克服かぁ? んー、結局『気にしなかった』」

其様そんなに簡単に気にしないようになれるものでしょうか?」


 それまで訥々とつとつとしていた語気が、俄かに強まった。


「そうだなぁ…。最初に理屈で自分自身を説き伏せたのは事実だな。応援団に必要なのは背の高さではない、と。だから、逆に、背の高さ以外で応援団に必要なものは全て備えるように努力した。」

「理屈だけで乗り越えられるものでしょうか?」

「他は、実例を見た。先輩方に連絡をとって、大学野球を神宮球場に見に行ったり。リーダー部でも、背の高さなど何の関係もないことが、目の前で分かった。」

「…本当でしょうか?」

「ああ、本当だ。背の高さで俺とそう大差のない大学生の先輩でもリーダー部員、幹部として立派に務めておられる。嘘だと思うなら、今度、俺と一緒に見に行こう。」

「有り難う御座居ます。それはチアでも同じでしょうか。」

「全然違わないと思うぞ。」

「有り難う御座居ます。…。」

「気にしていたらごめんな、背の高さ、が原因なのか?」

「…。」

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