Ⅲ年 「特練Ⅲ」 (5)妥協はしないの 決して
【ここまでの粗筋】
主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学三年生。
団長就任で、新方針で始めた特別練習が早くも難局に直面。顧問「辻先生」の促しで始めた黙想を基に、同期とも議論を重ね、何とか経験と信念を「形」にすることに成功。年間の最大イベント「定期戦」に向けて練習の後半戦を駆け抜ける。
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其の後の全体練習でも、リーダー部下級生、女子部下級生たちは、それまでの『ぶつかり合い』で得た『感覚』を余す処なく発揮して呉れた。
通し練習は二時間以上に及ぶ。其の途中で立ち崩れる下級生も出る。直ぐさま同級生か上級生が駆け寄り、時として共に這いつくばり、しゃがみ、同じ目線まで下り、水を飲ませ、声を掛け、励まし、一緒に腕を動かし、声を出し、再開させる。其処に竹刀が出る幕はなかった。
途中、吹奏楽部の単独練習となれば、リーダー、女子部が夫々集合し、リーダー部責任者、女子部責任者が檄を飛ばし、互いを励まし合いつつ、
体力的に限界が近いとなれば集合をかけ、、叱咤激励し、暫しの休養を取らせる。吹奏楽部では鬼役である副責任者のヨーサンが、竹刀を捨てた代わりにこれまで以上に声を出し、大声で返事を返させていた。
それは、三部夫々の幹部である僕らが、三年間の中で培ってきた『経験』そのものの叫びだった。「こうだったら良いのに」、「こうすればもっと良いのに」、「なんでこういうふうにならないんだ」、「俺ならこうする」、「来年こそは」。そう幹部の皆が蓄積し続けてきた『経験』を、今、後悔のないよう、下級生と本気で向き合い、全て出し切っている。其処にはこれまでとは違った意味での練習の充実感があった。
* * *
二週間の三部合同練習を終え、一人の脱落者を出すこともなく、三年最後の
「集合ーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
二年責任者のネギが
「団長挨拶!」
大きな音を立てて気をつけの姿勢をとった下級生達全員の顔を見渡した。
皆、真っ黒に日焼けしている。吹奏楽部も例外ではない。そして、取って食うぞという許りの形相で此方を睨みつけ、歯を食いしばっている。それは、そうしていなければ立っているのも矢渡の体力であるということと、全身の精神力でそれを支えているということの現れだということは、僕自身もこれまでの経験で充分分かっていた。
「お疲れ様!」
「っしたーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
吹奏楽部員まで含め、大きな返事が返ってきた。
「今年の練習は、知っての通り、大きく変えてみた。」
「はいぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「変革の成功は賞賛されるが、失敗には犠牲が残される。」
「はいぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「今の努力は賞賛されるものだ。後は結果を出そう。」
「はいぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「求めよ、さらば与えられん。以上。」
「っしたーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
そして、セージュンが続いた。
「地に倒れ、這いつくばった地面の熱さを忘れるな!」
「はいぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「友の励ましの言葉を忘れるな!」
「はいぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「そして、立ち上がった己の力を信じろ!」
「はいぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「当日は、総員全力を出し切れ。以上。」
「っしたーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
次はベーデだ。
「応援の心に男も女もないわ。」
「はいぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「表現の違いこそあれ、最高の気力を見せる気概をもって頂戴。」
「はいぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「間違っても女だからなんていう甘えや、無用の気遣いは許さないわよ。」
「はいぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「後は死なないようにだけ気をつけて頂戴、以上。」
「っしたーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
最後はカーサマ。
「愈々連合最強の結束力を見せるときがきた。」
「はいぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「夫々の技術の総合力を見せつけてやろう。」
「はいぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「自信を持って後悔の無いように。以上。」
「っしたーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
カーサマが戻ったところで全員を見渡して、最後の一言をかけた。
「解散。」
「っしたーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
* * *
「おい、凄いこと言ってたな、ベーデ。」
僕は団室に戻ると言った。
「アハハ。あれは凄いね。」
ヨーサンもガラガラ声で、応援用のサインがビッシリ書き込まれた譜面を鞄に仕舞いながら同調した。
「あら…、死んじゃ駄目でしょ。それくらいの自己管理はしなさいということよ。」
当のベーデがさらりという。
「それにしても、『以上』の前の最後の一言だけに、効いてるぞぉ、奴らには。」
セージュンが、(俺でも其処までは言わない)という調子で言った。
「まあ。良い感じに仕上がって良かったわ。」
デンがほっとした調子で団室に戻ってきた。
「女子の下級生、集まってピリピリしてたぞ。」
「おう、そうそう。今、見たけど二年女子部責任者のソワカを中心に下級生集合も気合い入ってるわ。」
ノスケとケーテンも戻ってきた。
「私は、妥協しないの。決して。」
ベーデが、女子部の日誌をつけながら独り言のように言った。
「みんなそうだわな。あれは言い得た究極の表現だ。」
タイサンが賛辞を送った。
「ありがと…う。」
ベーデは書き終えた日誌の表紙をゆっくりと押さえ、椅子にゆらりと凭れ掛かって目蓋を閉じて、深い嘆息を
「おいおい、お前の方が大丈夫か?」
疲れていることは、はっきりと見てとれた。
「大丈夫よ…。
ベーデは目を閉じた儘、ゆっくりと答えた。
「はーい、釈迦三尊蔵(顧問教官三人)から差し入れぇ。強力栄養ドリンクーゥ!」
定期戦は、もう目の前だった。
* * *
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