Ⅲ年 「特練Ⅲ」 (4)やってみせ 言って聞かせて させてみせ

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学三年生。

 団長に就任し、新たな方針で始めた特別練習では下級生との歯車が噛み合わず、早くも難局に直面する。

 顧問「辻先生」の促しで始めた黙想を基に、同期とも議論を重ねるが、具体的な打開策が出ないまま判断を下すべき時が迫ってくる。

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「ちは、失礼します。三年、駿河です。」

「やあ、来たかい。」


 辻先生パヤさんは、小講堂の鍵を開けて呉れた。また、いつもの体勢になって、最後の考えをまとめ始めた。

 前日までに論点を出し尽くした御蔭か、其の日は、不思議にスッと考えが整理されて見えてきた。


 『実践の中で思いを共にする』ためには、説き続けることと同時に『行動』を見せることだ。決して『腕力で推して知るべし』ではなく、また『言葉尻だけで誤魔化す』のでもない。問題は、何を説くのか、どう実践するかだ。

 応援団にとって説くべきことは何か。人の心を揺り動かす、其の気にさせる言動、それが応援団の全てだろう。

 様式美は、其の現れの一側面でしかない。根本は、団員と一般生徒の関係だ。応援をする気になる、其の心を持たせる言動を団員が持ち得るかだ。団員に、其の心を持たせるためには、何が必要だ。それには先行者の、経験に基づく、心からの言葉と、行動だ。自分達は、何のために三年間の経験を持っているのか。受け継ぐためだ。

 こちらが働きかけ方を変えたのならば、動かない下級生を嘆く前に、自ら信念に従って働きかける、説きかける、それこそが必要ではないのか。動くべき主体は、新人でも二年生でもなく、幹部だ。

 自分達が信念とする言動が下級生に伝わり、彼らにもそれが見えた時、初めて彼らは道を見つけ、感覚を共に出来る筈だ。

 その感覚こそが、応援団としての『結束』『魅力』の源泉ではなかろうか。。

 鉄拳と竹刀を廃するためには、其の感覚を持てる時を何か催事の「終了時点」に先伸ばしするのではなく、常日頃から持たせることが必要だ。


*    *    *


 此処まで考えが行き着いたとき、不意に急に目の前が拓けた『ような』気がした。まだ曖昧模糊としているが、此の道を進もう。其の道が誤りと転び始めれば、職を辞そうと考えた。


*    *    *


 小講堂を後に、先生パヤさんに礼を言いに行く。


「失礼します。」

「お、今日は少し早めに済んだな。」

「はい、御陰様で考えが纏まりました。」

「そうか、心なしか、顔が晴れ晴れとしている。」

「そうでしょうか。」

「自信に満ちあふれた人間は、他人に自信を与えることが出来る。幸せに満ちあふれた人間は、他人に幸せを分かつことが出来る。今の君の顔は、何かを他人に分かつことが出来る顔だ。」

「有り難う御座居ます。」

「忘れないうちに、早く行きなさい。」

「はいぃ。失礼ーしましたぁーーっ」


 其の場を辞して、先ず職員室の片淵先生ブッサンの席に向かった。


「ちは、失礼します。三年、駿河です。失礼します。団員指導の在り方について、先日の幹部会決定事項から変更しい点があり、ご相談に上がりましたーっ。」

「ん? 僕は良いよ、辻先生から聞いてるから。貴男が三日間掛かって、よくよく考えたんだろう?」

「はいぃ!」

「じゃあ、また幹部会で諮って、皆でそれが納得すれば、それで行きなさい。」

「ありがとーーぅ御座居まーぁす。」

「怪我のないようにな。」

「はいぃ、失礼ーしましたぁーっ」


 練習場所に戻り、リーダー部と女子部の幹部を団室に招集した。そして、先程まで考えていたことを、つぶさに皆に伝えた。


「ふん、言葉だけじゃなく、実行する姿勢でぶつかっていけってことだな?」

 セージュンが確認した。


「そうだ。相手からも徹底的に何度でも言葉と実践で返させる。今までの竹刀は確かに一発で相手に自問自答を促す『威力』を持っていたと思う。それを単に無くしただけだから、下級生の自問自答が無くなって、上級生から降ってくる声だけになって了ったんだ。それじゃ決して下級生自身が判ったことにならない。納得しないから前に進めない。だから、竹刀を知っている俺らは《今、竹刀一発で何を伝えたいか、そしてそれを受けたら自分ならどう思ったか》を下級生に端的に説明してやらねばならない。」

「それは、二年と新人の間でも同じってことか?」

 イチが問うてきた。


「同じだ。」

「じゃあ、手っ取り早く、幹部対二年プラス新人の三人一組でやるのか?」

 タイサンが疑問を投げ掛ける。


いや、夫々の学年の役割は崩し度くない。基本的に、幹部は二年と新人の練習の仕方を見つつ、二年を指導する。幹部が二年を指導している間は、新人は、新人同士で指導しあう。学年を問わず、常に口に出して確認し、応答し、見せて、やって、を繰り返す。それを怠らない。言うは簡単だが、やれば結構キツいと思う。ただ、全員が『応援を良くする』という信念で細かなことから取っ組み合うのだから、実効が上がれば成果は出る筈だ。」

「ふーん、横の関係まで言葉と実践の曝け出しか。まあ、言われてみれば、確かに今までは、練習中は同期同士の向き合いって殆ど皆無だったな。」

 ケーテンが唸った。


「全体での感覚を共にするってことなら、確かに縦だけじゃなくて、横のぶつかり合いも必要よね。」

 デンが補足して呉れた。


「良いかな。俺たちが三年間で培ってきた全てのもので下級生にぶつかる。言葉と行動のぶつかり稽古だ。言葉だけでもなく、目の前で其の実際を見せて嫌と言う程分からせる。それが出来るのは俺達しか居ない。」

「女子部は、同期同士の関係以外は、さして変わらないけれど、同様と考えて良いのか知ら?」

 ベーデが訊ねてきた。


「普段から怒鳴るとか怒鳴らないとか、リーダーと全く同様の《やり方》にはならないと思うけれど、信念は一緒だ。」

「吹奏楽部は?」

 デンが訊ねてくる。


「吹奏楽部は、場の雰囲気に機敏に対応する力に長けている。そして、まだこちらのような変化は生じていないと昨日も言っていただろう。カーサマとヨーサンに任せておけば、三部合同の大通しで無言の儘に意図は通じる。念のため、二人には今日中に簡単に説明しておく。」

「じゃ、努めて積極的に声を掛けて、加えて実際の行動で全力を出し切れってことね。」

 ショコがまとめた。


「そう。これからまだ三週間ある。時間は充分だと思うけれど、燃え尽きるまで、後悔のないように、幹部としての経験を下級生たちに出し切り度い。胸のバッヂはそういうことだろ?」


 特練と定期戦を二回乗り越え、二年最後の補習で成績をクリアしたからこそ、幹部就任時にブッサンから渡された応援団のバッチだ。学校を代表して応援をリードする者として認められた証だ。


「そうね、二度と後戻りできない最後だものね、後悔しないように往き度いわね。」

 デンが噛みしめるように行った。


 其の後、リーダーと女子部に集合をかけ、「今後は、経験に基づいた声と身体のぶつかり合いの中で、上級生は下級生に最大限の指導をする。下級生は、それに応えるべく努力をせよ。そして、同級生同士でも、徹底的に声と身体でぶつかり、絆を深めよ。応援団としての姿勢と結束力は、応援に対する行動の実践からしか生まれない。」という主旨を伝えた。

 下級生は、幹部のただならぬ顔つきと、其の後の練習態度で、其の後の数十分で練習態度が見違えるように変わってきた。


*    *    *


 それから一週間が過ぎ、定期戦まで二週間となった。

 其の日から、吹奏楽部も含めた三部合同での練習が始まる。また、翌日からは全校練習、学年練習も始まる。

 実質、定期戦に向けた最終調整の始まりだ。


「集合ーーーーーーーーーーーーーっ!」


 リーダー部二年責任者のネギのひときわ長い声で、リーダー、女子部、吹奏楽部全員が集合した。

 其の前には、三部の幹部全員が並ぶ。


「団長挨拶!」


 一歩前に出て、今年の下級生の面々を見渡した。

「これから、三部合同の練習が始まる。皆、身体に気をつけて、最後まで乗り切ろう。」

「はいぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 例年にない大声と長さと姿勢とで返事をするリーダー部と女子部に、吹奏楽部が多少ザワついている。それくらい変わったことが分かるようでなければ、これまでの練習の意味はない。心配された二部の下級生に意識が共有できている証拠だった。


「応援団には、三部で表現の仕方の違いはあれ、其処には、人を応援する気にさせるという同じ役割がある。」

「はいぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

「其の力を、これからの練習で、そして当日に、遺憾なく発揮出来るよう練習するぞ。」

「はいぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

「そして、今年こそは、総合優勝を勝ち取れるように、其様な応援にしよう、以上。」

「っしたぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 其の後、リーダー部責任者、女子部責任者、吹奏楽部責任者の挨拶が続いたが、リーダーと女子部の下級生の返事は、最後まで衰えることがなかった。


 いざ、練習に入ろうと、人垣が崩れた時、案の定、吹奏楽部のカーサマとヨーサンがやってきた。


駿河君ゴーチン、聞いてはいたけれど、凄いねえ、今年のリーダー部屋上組女子部体育館組は。」

「ん? 鳥渡ちょっとね。ちょっとした揺り返しってやつかな。」

「本当に鉄拳と竹刀を止められたっていうから、すっかりソフトになったのかと思ってたんだけど。」

三島さんが首を傾げて訊ねてくる。


「殴る蹴る叩く許りが、竹刀の威力じゃなかったってことだよ。応援というものの根底にある道を言葉と実践で、俺ら幹部が見せることが今年の竹刀なんだ。」

「今年らしい選択だな。一中うちの山本五十六にでもなるかい?」

カーサマが笑いながらも、目は冷静にリーダー部と女子部の展開状況を見て分析している。


「ああ、成程。『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ』か。私も吹奏楽部バンドでやろうっと。」

三島さんが、早速駆けだして行き、「おいおい!」と、カーサマが後を追って走っていった。

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