Ⅲ年 「特練Ⅲ」 (3)魅力

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学三年生。

 新たな方針で始まった特別練習では下級生との歯車が噛み合わず、早くも駿河と同期は難局に直面する。

そんな中、卒業生からのアドバイスで訪れた顧問「辻先生」の促しで、駿河は黙想を始めた。

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 幹部全員が、同様に士気の低下を感じていた所為か、其の日の全体練習は、誰が見ても活気のないものになった。解散後のリーダー部・女子部の幹部会でも、リーダー新人の休みが多いこと、女子部がそれによって心理的に影響を受けていることが報告された。


「新人の家に電話してみたんだけどさ、『魅力がない』っていう答えがあったんだわ。」

 イチが、ボソリと口を開いた。


 続けてショコ。

「なんて言うのかな、入団を決意した時の応援団の覇気が先輩方から感じられない、って。」

「私たちが未熟だってこと?」

 コーコが訊ねる。


「んー、未熟ってことじゃないと思うんだ、客観的に見たテクの出来具合から考えるとな。」

「私も、決してこれまでの先輩方と比べて、テクが悪いとは思わない。」

 ショコがイチと同意見で推す。


「じゃあ、応援団の『魅力』って何なんだ。」

 タイサンが自問するように呟いた。


「俺らは、選手を応援するのが役目だろう。演舞会は別としてだ。」

 タイサンは自答した。


「でも、其の主体を成してるのは一般生徒みんなの声でしょう?」

 デンが疑問を投げ掛ける。


「生徒に声を出させるように、盛り上げるのが役目だろう。」

 ヤーサンが答える。


「今の俺らでは、一般生徒みんなを引っ張れないってことか?」

 ケーテンが呟く。


「難しいんだよな。どんな道を辿っても結局、終わってみないと成功か否か分からないんだよ、応援は。」

 タイサンが考え込む。


「新人が出てこない理由は、其の『魅力がない』っていうのが大勢なの?」

 ベーデが口を開いた。


「一応、昨晩全員話してみたんだけど、殆どがそういうニュアンスだったな。」

 イチが答えた。


「彼らにとっての『魅力』って何だって言ってた?」

 ベーデは問いかけた。


「上級生と下級生の一体感ていうか、そういうのだな。それがなんて言うか、今はバラバラに見えるという感じらしい。」

 イチは、歯切れ悪そうに答えた。


「練習方法も一つの考えどころじゃないのかな?」

 カーチャンが領収書を確認しながら口を開いた。


「何か悪いところがあるってか?」

 セージュンが訊ねる。


「悪いとか、良いとか、そういう切り分けじゃなくてさ。毎年違う人間が幹部をやって、下級生をやっている訳だから、旧態依然と同じ練習でずっと続けていて良いのかな、っていう素朴な疑問。」

 カーチャンは相変わらず領収書とにらめっこしながら言った。


「これまでは鉄拳制裁と竹刀でずーーーっと、やってきた訳でしょう。リーダーは。」

 ショコが確認する。


「そうだな、知る限り。」

 父、兄、兄、自分と応援団経験者の生き字引・セージュンが答える。


「もうそういう時代でも、方法でもないから、今年変えた訳でしょう。」

 ショコが再確認する。


「そうだ。」

「それなのに、それ以外の方法は其の儘なんじゃ、ズレが生じるのも当たり前なんじゃないの。」

「其のズレ、ってなんだ。」

「だから悩んでるんじゃないの。」

 ショコが考え込んだ。


 もう時間も遅くなっていた。其の日も解決が出ない儘に、明日は新人に練習に出るよう、積極的に声かけをしていこうということで終わった。


*    *    *


 翌日、リーダー新人の出席率は半分になった。根本的な見直しが必要なことは明らかだった。

 僕は、再び練習をヤーサンにお願いして、辻先生パヤさんの部屋を訪れた。


「ちは、失礼します。三年、駿河です。」

「おお、来たか。昨日は結論が出なかったんだろう?」

「はい。見えませんでした。」

「今日も、考えてみるか。」

「お邪魔でなければ、お願いします。」


 再び小講堂に籠り、アヴェ・マリアを聴きつつ自問自答した。

 応援団の意義ってなんだろう。腕の力で抑えつけて生まれた行動は、人間の自主性に基づいたものではないだろう。結果が良ければそれでも良いのか?

 腕力で生まれた結束力が応援団の『魅力』か? 否、経験からしても違う。ならば結束力の源は何処にあった? 人は何をもって結束力を得るか。どこに道を見出し、それに従うのか。

 理解できる感覚を共にできた時に、つながり合うものじゃないのか。

 そうだ、自らを動かすに足る『言動』を目の当たりにしたときだ。感じていることが同じであり、目の前の人が其の実践者であることが理解されたとき、人は信じ、結束力は生まれる。定期戦の終了後、頭の中には鉄拳も竹刀も残らなかった。それは数ある「道具」のただの一つに過ぎなかったからだ。

 宗教者は、人々に生きる道を説き、自らがそれを実践することに人々が共感し、教えは更に拡がっていった。『実践』だ。それが本物であれば拡がる。説く力と行動が、向かい合う心が本物ならば必ず分かる。

 応援団にとっての『実践』とは何だ。団員にとっての『実践』とは何だ。互いに向かい合うべきものは何だ。

 其処まできた時、もう全体練習の時間が迫っていた。僕は、小講堂を後にして先生パヤさんに礼をしに言った。


「どうだい、何か見えたかい?」

「もう少し、という処まで進んだ気がします。」

「そうか、じゃあ、また来ると良い。」


*    *    *


実施、何の変化もさせなかった其の日の全体練習も、ぎこちない儘に終了した。幹部会では、僕に答を求める意見が集中した。


「そろそろ、抜本的な考え方を示すきじゃないかな。」

ヤーサンが切り出した。


「そうね、毎日此の儘ってのが一番不可ないと思う。」

コーコも呼応する。


「吹奏楽部との練習が始まるまでに整えないと、其処でも迷惑が掛かるよ。」

デンも気を遣っている。


「団長はお前だ。お前が、以前のように戻す、というのなら、それでも俺は構わないと思うぞ。」

タイサンが、鉄拳・竹刀復活も止む無しという意見を出した。


「駿河。皆はこういう感じよ。次は、どういう内容であろうと、貴男の判断を待っているわ。」

ベーデがゆっくりと促した。


「もう一日だけ待って呉れないかな。明日の全体練習前に、一旦リーダー部と女子部の幹部会を開いて、それからリーダー部と女子部全員に直接俺から考えを伝える。だから、明日は、これまで休んでいる新人にも出来るだけ全員出て来るように連絡して呉れ。」


明日の小講堂での思索に望みをかけた。

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