Ⅲ年 「特練Ⅲ」 (1)発憤

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は「応援団」に所属する中学三年生。

 同期に援けられ、また背中を押される形で団長に就任。

 「運動会」の慰労会と新年度の発足を兼ねた席で、彼等の本音が出る中、駿河も徐々に自分の身の置き方を考えるようになる。

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 夏休みが開け、特連おいこみが始まった。

 例年通り、午後三時の授業終了から午後八時までの五時間の練習が週五日。土曜は午後七時間、日曜は午前三時間、午後七時間。それが定期戦までの約一か月続く。

 特練おいこみに突入したのは幹部十二名、二年生三十一名、新人二十五名の計六十八名。

 今年の目標は、事前に幹部会で決定した通り、鉄拳行使の完全廃止、一人の脱落者も出さないこと、其の二点に絞った。

 鉄拳行使の廃止は、前々から学校からも意見のあったところで、生徒同士が殴り合うことや竹刀で叩くことを公然と認める訳にはいかないのは当然だった。しかし、指導が熱気を帯びていけば、どうしても上級生の手が出そうになる。

 なにせ、これまで、殴り、殴られるのは当然の中で過ごしてきた者同士の中で。殴らない幹部を甘く見る下級生が出始めたのも問題だった。


*    *    *


 それは個人練習が終盤に近づいた頃、ヤーサンからテクの指導を受けていたリーダー部二年のダコを見て発したセージュンの一言が口火になった。


「何だ、まだ其の程度か、努力してんのか、お前は。」


 ただでさえ血の気の多いダコは、此の一言に激昂し、セージュンに殴り掛かろうとした。それを横で見ていた同じく二年のネギが止めに入った。


めろ、上級生うえに対して何だ!」

「止めるな、今の一言は努力している人間に対する侮辱だ!」


 リーダー部責任者が下級生に殴られて了ったら、応援団のつながりは崩壊する。


「まだ途中の段階で結果を出せない者を叱咤して何が悪い。出来ないなら出来ないなりに、必死になれ!」


 セージュンは、殴られても構わないと言わん許りに一歩も引かずに言い続ける。


「クソッ、これでも止めろというか!」


 ダコは、止めているネギを代わりに殴らん勢いで暴れている。


「俺たちのすべき事はなんだ、努力だろ。其の努力をしろと言われて腹を立ててどうする!」


 ネギはダコを必死に止めながら叫んでいる。

 いつの間にかデンが横に来て、僕に囁いた。


「良いの? あれ。」

「まだ、リーダー内部の問題だ。それに、これくらいなら、毎年ある。」

「そう、それなら良いんだけど…。女子に聞こえれば、それなりに影響あるわよ。」


 ネギの説得で何とか振り上げた拳は下ろしたダコだったが、まだ納得がいかないようだった。


「なんだ、まだ文句があるのか?」

 セージュンがダコの目の前で訊ねる。


「イエーッ!」

 ダコはセージュンの胸下から顔を見上げつつ、大声で返事をしている。


「ならば、練習に励め。それが俺たちの努めだろ。」

「ハイィーッ!」

 再び同じ態勢で返事をし、ダコは練習に戻った。


*    *    *


 其の日の解散後、リーダー部と女子部の幹部で、此の話は問題となった。


「幹部が甘く見られてるんじゃないの?」

 デンが口火を切った。


「女子はどうなの? 何か変化を感じることはある?」

 僕は、先ず大勢をみてみることにした。


「女子は、元々普段は鉄拳や竹刀がなかったから、直接的な影響はないんだけど、リーダーの統率がはっきり揺らいでいることを皆薄々感じてる。」

 コーコが心配そうに告げる。


「なんて言うのかな、リーダーがしっかりして呉れないと、屋台骨が揺らぐっていうか。」

 デンが付け加えた。


「しっかりして呉れ、ってどうしっかりしろというんだ? 練習は普段通りだ。」

 セージュンが反論する。


「うーん、今年のリーダー新人って、何か甘えている感じがするんだよね。此の儘育つと、二年生、幹部になった時に、夫々の立場で苦労するんじゃないかな。」

 ショコも珍しくリーダー部に対する意見を口にした。


「何が甘えている?」

 セージュンが血色ばんだ。


「鉄拳や竹刀は確かに止めた方が良いと思うんだけど、単純にそれが『無くなって了った』というだけに終わってないかな。」

 デンが冷静になした。


「今までは鉄拳や竹刀があることで、『重し石』とそれに対する半ば『ナニクソ』という意識があったのも本当のところなんじゃない? 其の連鎖関係が良いとは言わないけどさ。」

 ベーデも口を開いた。


「俺も、一年を見ていて、《熱いもの》っていうのを感じ辛くなった気はするんだよな。」

 イチが言う。


「確かにナニクソという《負けじ魂》は大切だよな。それが無くなったら、俺たちの存在意義が無くなる。」

 ヤーサンも殴られて育った世代ゆえに、《負けじ魂》には拘りがある。


「リーダーとしての一体感ていうか、其の《負けじ魂》に引っ張られている弱みもある訳よ、女子部としてはね。」

 ベーデが正直なところを突いた。


「じゃあ。今日のような言葉での叱咤激励と、それに対する応答で《負けじ魂》を継ぐしかないんじゃないか?」

 セージュンは、鉄拳の廃止以来、確かに下級生に声を掛けて回ることが多くなっていた。今日のことも、其の一環で起きたことだった。


「そうなんだとは思うんだけどね…。これまで竹刀一発で済んでいたことを何かご丁寧に口で説明されちゃうと、ムカッってくるんじゃないの? それに殴られないと分かっていると、今日のダコみたいに勘違いする馬鹿も出て来る訳でさ。」

 デンがフォローする。


「分かった。暫くリーダーは、幹部全員で、積極的に下級生に声を掛けていくことにしよう。今まで以上に。ただ、言葉は選んでいこう。成る可く怒りを起こさせる方向ではなく、発憤出来る内容に。

 あと、セージュンは、此のことを二年責任者にも伝えて、一年を発憤させるように工夫してみて。それから、幹部は、下級生以上に練習することにしよう。俺たちの背中も見せなければ、下級生も従いては来られない。」

 とりあえず纏めたところで、其の日は終わった。


*    *    *


「矢っ張り人間だからさ、小馬鹿にされたような言い方だと、誰だって怒るわな。」

 ノスケが帰りの電車で呟いた。


「どだい紙一重なんだよ、怒らせるのと発憤させるっつうのはさ。」

 イチも難しさを噛みしめている。


「…鉄拳も竹刀も、止めないほうが良かったのかな。」

 僕がぽつりと呟くと、イチが横から頭を叩いて来た。


「おいおい、お前が揺らいでどうすんだよ。お前を選んだ皆の意思はどうなる。間違っても、お前、他の団員の前で、其様な反省めいた言葉なんか独り言で言うなよ。」

「そうだぁ、お前の立場は俺たちとは違うんだ。リーダー、女子部合わせて六十七人、吹奏楽部合わせて百人越える団体の長が、軽弾みな言動すんなよ。ベーデが釘刺してただろうが?」

 ノスケが心配そうに付け加えた。


「分かった。ごめん。」


 其の通りだとは思いつつも、言い知れない不安感と、始まった許りの特練で起きた出来事に出口の見えない焦燥感を感じていた。

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