ep7 後悔
中二の四月の終わり。連休を前にしたある日。
『今度の連休、志月が帰ってくるんだね!』
ひさびさに幼なじみに会えることにはしゃいで、笑顔で架月に言った。
『架月?』
架月も同じくらい楽しみにしてるって思ってたから、彼が黙りこんだのが不思議だった。
『誰に聞いた?』
架月があんなに不機嫌な表情になるなんて思いもしなかったから本当にびっくりして、一瞬見せた冷たい目が……怖いと思った。
『志月からメッセージもらったの』
『なんで志月のID知ってんの?』
架月が不思議に思ったのは、私がスマホを買ってもらったのが志月が引っ越した後だったから。
『
『ふーん……』
架月は表情こそくもらせたけど、それ以上は何も言ってこなかった。
だけど、その時に気づくべきだったんだ。
〝どうして私は架月から志月のIDを教えてもらってなかったのか〟ってことに。
そして五月の連休になると、志月が帰ってきた。
『新しい学校はもう慣れた?』
『クラスの人数が前より少ないからアットホームな雰囲気だよ』
連休の間はこっちで過ごすっていう志月と、最初はマンションで三人で過ごした。
『架月もこっちで話そうよ』
私と志月がカーペットに座って話してるのに、架月はソファに座ってスマホをいじってた。
『べつにいい。俺はもう知ってるし』
少しつまらないなって思ったけど、もともと男の子同士でそんなにベタベタするわけじゃないから、それが普通だって思ってた。
『あれ? そういえば架月、連休って部活じゃないのか?』
『いや、休み』
架月が部活をサボってるって知ってた私は、架月が志月に嘘をついたことに驚いた。
『架月と陽波はあいかわらず仲良くやってるの?』
志月に質問されて『えへへ』って照れくささの交じった笑顔を見せたけど、はっきり『うん』とは答えなかった。
照れくさい気持ちもあったけど……その頃にはもう、架月の重さがつらいって気持ちがあったから。
架月はそんな私の様子を敏感に感じ取っていたんだと思う。
志月がこっちで過ごす最後の夜は、仲の良い友だちと夕方から集まって、夏にはまだちょっと早いけど公園で花火をしようって約束した。
その前の日の夜、私は架月と電話で話してた。
『宇野くんのお父さんが来てくれるって。やっぱり中学生だけで夜に花火なんて無理なんだね』
『ねえヒナ』
『ん?』
『明日の夜、二人だけで会えない?』
『え……?』
『流れ星が見えるんだって』
『え、それならみんなで——』
言いかけた言葉に、架月がかぶせる。
『ヒナと俺の二人だけで』
『だって明日は約束があるでしょ?』
架月の提案にすごく困惑した。
『夜、河川敷行こ?』
架月はすごく真剣な声色。
どうしてみんなで見に行くって言わないんだろうって、不思議で仕方なかった。
『だ、ダメだよ』
『待ってるから』
『行けないよ……架月も花火に行くって言ってたじゃない』
『ヒナと二人で過ごしたい』
『どうしてそんなこと言うの? 志月は明後日のお昼には帰っちゃうんだよ?』
『ヒナ、俺を選んでくれるって約束したよね?』
架月の声は、なんだかすごく必死に聞こえた。
『明日、志月じゃなくて俺を選んで』
『……』
『俺、ヒナのこと誰よりも大好きだから。ヒナがいてくれたらそれでいいから。おやすみ』
そう言って架月は電話を切った。
その時だって、架月のことは大好きだった。
だけど、どうしてそんな意地悪なことを言うんだろうって、ウンザリもしてたし……怖いとも思った。
〝ヒナと過ごしたい〟って、あんなに大好きだったバスケをやめて、このままだと習い事もやめてしまうんじゃないか、架月の全部が私中心になってしまうんじゃないかって。
翌日の十八時。
『行けない』って言うために、架月に電話した。
『どうして今夜なの? 明日だって見れるでしょ?』
『……』
『と、とにかく行けないから』
『待ってるから、いつまででも。ヒナのこと、待ってるから』
どうして? 聞いても答えてくれない疑問がずっと頭から消えなかった。
私は志月と先に約束したんだから、堂々とそっちに行けばいいって思った。
だけどモヤモヤした気持ちが消えないまま、二十時になって、二十二時になって……
また電話をかけた。
『まだ帰ってないって、志月に聞いた。もう二十三時だよ!?』
『志月に……』
電話口で、架月が小さくつぶやいた。
『明日一緒に見よ?』
『まだ待つよ。来てよ、ヒナ』
聞いてくれない架月にイラ立ちをおぼえる。
『行かないって言ってるでしょ! 架月なんて、もう知らない』
電話を切って、ベッドに入って頭から布団をかぶった。
だけどずっとモヤモヤして眠れなかった。
あの夜のことは、ずっとずっと後悔してる。
眠れないくらいなら河川敷に行けば良かった。
流れ星なんて見なくたって『一緒に帰ろ』って、迎えに行けば良かった。
翌日のお昼近く、志月を見送るためにマンションに行った。
『架月のやつ、明け方まで帰ってこなかったんだよね。だからまだ寝てるみたい。どこで何してたんだか』
志月の言葉に、心臓がドクンって脈打つ。
『じゃあね、陽波。また帰ってくるから』
そう言って志月は今の家に帰っていった。
心臓が落ち着かないリズムをきざんでいるのを感じながら、架月の部屋のドアをノックする。
『架月……寝てるの?』
返事が無いから、そっとドアを開けた。今までずっとそうしてたから。
『入ってくんなよ』
ベッドの上に寝そべって背を向けた架月の声は、昨日までとは別人みたいに冷たかった。
『昨日、行けなくてごめんね』
『……』
『あ、あの、今夜——』
『結局ヒナも志月を選んだんだな』
『え? 架月、それってどういう——』
『出てけよ』
『ねえ——』
『出てけって言ってんだろ!』
起き上がってこっちを見た架月の目も、声と同じくらい冷たくて怖かった。裏切り者を見るような、そんな目だった。
その日を境に架月は今みたいな荒んだ態度になって、私とは全然口をきいてくれなくなった。
スマホの電話やメッセージもブロックされてしまった。
あの日の夜、架月のところに行かなかったから嫌われたのは仕方ないって思ってたけど……
——『結局ヒナも志月を選んだんだな』
あの言葉の意味だけがよくわからなくて、ずっと胸につかえたままだった。
だから、二週間くらい経った頃に志月に会いに行った。
『ごめんね、せっかくのお休みに』
『ううん、陽波に会えて嬉しいよ』
志月の家の近くの公園で会った彼が変わらずに優しくて安心するのと同時に、明るくて優しかった頃の架月のことも思い出して、胸が少しだけ苦しくなった。
『そんなこと言ったんだ』
志月に、架月が言っていたことを相談する。
『どうして、私〝も〟なのかな……』
他の誰かが志月を選んだみたいな言い方。
『それはきっと……』
志月が、架月の言葉の理由を教えてくれた。
◇
中一の夏休み。
もうあの頃には、俺も架月も両親が離婚するってことはなんとなくわかってた。
本宅があるのに、母さんは俺たちと一緒にわざわざマンションに住んで父さんと長いこと別居してたからね。
だから、離婚自体はもうどうでも良かった。
俺たちが気にしてたのは〝二人が別れたら、自分たちはどうなるのか〟とくに架月は〝陽波と離れ離れになるのか〟ってことをすごく気にしていたと思う。
二人とも、父さんじゃなくて今一緒に過ごしている母さんに引き取られると思ってた。将来的に一之瀬の家を継ぐことになるとしても、少なくとも今は。
だけど、母さんが父さんと今後のことを話し合うために俺たちも連れて本宅に行った日。俺たちは夜中に二人とも目が覚めて、キッチンに行って飲み物でももらおうかってリビングを通りかかった。
ドアの隙間から見えた母さんが——
『……じゃあ、志月は私が引き取らせてもらいます』
そう言っているのを二人で聞いてしまったんだ。
架月はその時は〝何でもない〟って顔で飲み物を取りに行ったけど、きっとすごく絶望してたと思う。
俺と二人の時だって厳しかった父さんの教育の
◇
——『俺にはヒナがいればいいんだ』
前に公園でそう言ってくれた架月が、さみしそうに笑った顔を思い出した。
『私、架月は自分の意思で今の家に残ったんだって思ってた』
『子どもにそんな権限無いよ。とくに一之瀬の家では』
『じゃあ架月は、お母さんが志月を選んだって思ってるの?』
あの家にひとりぼっちで。お父さんの重圧も感じながら……。
『どうしよう、私……』
『陽波のせいじゃないよ』
『だけど……あんなに近くにいたのに、私、架月のこと全然わかってなかった』
重いなんて、怖いなんて、思ったらいけなかった。
あの夜は、架月のところに行かなきゃいけなかったんだ。
目から涙が溢れてくる。
『どうしよう……』
止まらなくて、外だっていうのに声を上げて泣いてしまった。
志月は多分、あの時の私の様子を見てたから高校から戻って来てくれたんだと思う。私と架月が少しでも話せるようになるようにって。
だけどその頃にはもう手遅れで、架月は習い事なんて全部辞めて、学校もサボるようになってたし、隣にはいつも違う女の子がいた。
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