第10話 エピローグ

 さわやかな風が吹きぬけ、潮の香りを運んできた。

「そろそろ、海じゃないか? 今、どの辺だ?」

「もうすぐだよ。とっておきの場所なんだから」

 高台へ続く道を登りながら、旅行の計画を考える。今から行く場所の到着時間は、昼以外に考えられない。移動時間を計算しながら、泊まる村を考えて……。


「小僧。魔獣だぞ」

「ねぇ~、そろそろ、その小僧ってやつ、やめてよ」

 リアンが腰の剣に手を伸ばしながら、唇を尖らせる。

「小僧で間違いないと思うのだがな。仕方がない。我に旨いもんを食わせたら、名前で呼んでやるとしよう」

「じゃあ、近くにいる魔獣をビオラにあげるよ」

「そうじゃのぅ。じゃが、我も行くぞ。ミュズは先に行くがよい」

「えぇ!!」

 止める間もなく、リアンとビオラは木々の間に消えていった。


「そんなぁ~」

 おいていかれたミュズは、倒木を見つけて、そこに腰を下ろした。


「一人じゃ、何にも楽しくないんだから」


 頬を膨らませて、森の奥へ不満を漏らす。

 しばらく険しい目付きで、リアンの姿を探す。

 心配…………は、していなかった。

 リアンがビオラと共に向かったのだ。負けるわけがない。

 リアンは魔法が使えて、剣の腕もいい。おにいと比べてどっちが強いかと言われると、よくわからない。ミュズにもわかることは、リアンの方が明らかに剣裁きが綺麗だということだ。

 貴族には、騎士を務めるものもいると聞く。そういった鍛練もしているのだろう。


 リアンは自分のことを話したがらないし、聞いてもはぐらかされてしまう。ここまでの道中が楽しかったので、ミュズは詮索しないことにしていた。

 

「ミュズは、移動しておらんようだ」

 遠くから、微かな声が聞こえた。

「ミュズ~。オレを待っていたの?」


「違うもん!! ビオラを待っていたの!!」


 言い当てられて、顔が赤くなる。

 自分だけで見る絶景も独り占めしているようで良いものだが、親しい人と見る絶景は格別だと知ってしまった。

 そのへん、ビオラは山育ちの賢獣なので、ミュズと同じように絶景だと感じてくれない。

 今から行く場所には、絶対に、リアンと行きたかったのだ。


 魔獣の足を持ち、ぶら下げた状態で、リアンが現れる。

「えっと、それ、持ったまま??」

「先に、食べる?」

 リアンがビオラに魔獣を差し出す。

「ミュズが待っておったでのぅ。ミュズの用事を済ませてからのほうが、よいであろう」

「じゃあ、先に上まで行くか」

 その魔獣を担いだまま、高台まで上るのか?? と思ったものの、のんびりしている場合でもなかった。ミュズは、旅行の下見中なのだ。


「じゃあ、もうちょっとだから、頑張って上ろう!」

「オレは平気だけどね~。ミュズ、担いでやろうか?」

 ・・・!! もう!! 子供扱い!!

「いりません!!」

 「ふん」と口で言って、ズンズンと上っていく。


「あぁ~。ミュズ待って~」

「子供じゃないんだから!!」

「子供だと思ってないから~」


「ほら、自分で上れたんだからね~」

「ははは。ミュズ、可愛い。ふはは」


 完全にバカにしている!!


「じゃあ、もう、見せてあげないんだから!!」

 リアンを押し戻すように、お腹をギュウギュウと押す。

 ミュズは、ここからの景色を見たことがある。道中、危険がないことが知れれば、下見としては、最低限のことは確認できたことになる。


「あぁ~!! ちょっと、せっかく来たんだから、見せてよ!」

「じゃあ、もう、子供扱いしない??」

「それは、わからないなぁ~」

 なんか悔しくて、涙が溢れてきた。目蓋にたっぷりと涙をためていると、リアンが慌てる。

「嘘! 嘘! 嘘! 子供扱いしない!! いいじゃん。ミュズが可愛いんだから~」

「だから! それが、子供扱いって言ってんの!」


 可愛いなんて幼子に向ける言葉だ。恋人や想い人に向けることもあるだろうが、貴族のリアンにとって庶民のミュズがその対象であるわけがないのだから。


 それか、完全にからかわれているか。

 だとしたら、本気にしてしまったら恥ずかしいだけだ。


「ほら、行こうよ。ミュズ」

 お腹をギュウギュウ押していたのに、リアンが前に進むと、ミュズのほうが負けてしまった。もう一度力をいれて、押し戻す。

「むぅ~。見せないんだから~」


 本当にリアンは、何者なのだろうか。育ててくれたおにいを除けば、唯一ミュズが、子供っぽく騒げる存在に、数日のうちになってしまった。


「もう! ここの景色は、格別なんだろ? 川、見たときにも、海のほうがいいって、言ってたじゃん」

「そうだよ! すごいんだから!」

「じゃあ、機嫌直して。お姫様」


 カァ~!!! っと、顔から火が吹いた。


 お姫様って言えば喜ぶ、子供だと思っているんだ!! って、言おうと思ったのに、口をパクパクするだけで、声が出てこない。

 そんなことをしている間に、リアンがミュズの腕を掴むと、景色が見える場所まで引っ張っていかれた。


「おぉ~!! すげぇ!! さすが! 王都一番のツアーコンダクター」

 そう褒められると嬉しい。途端にミュズの機嫌は直った。

「でしょ~。とっておきなんだから」


 吹き抜ける海風を感じる。目の前には、ピンクや黄色、緑や青。カラフルに塗られた家々が広がっている。可愛らしい町並みが、気持ちを上向きにする。その先には、太陽の光を受けて輝く大海原。時おり岩にぶつかる波が、白くなっていた。


「なんで、あの色に塗ろうと思ったんだろ~?」

 リアンが呟いた。

「ここは漁師町だからね。海に出ても見失わないように、目立つ色にしたんだよ。絶対に帰ってきてくれますようにって、願いを込めてね」


 ミュズは、帰って来ないおにいを探している。

 おにいは、ミュズを見つけて帰ってきてくれるだろうか? ミュズには、そうは思えなかった。


「ミュズ~!! 魚が美味しいんだよな? カルパッチョ食おうよ。ビオラに、肉、食わせたら行くぞ」

「へ? もうちょっと」

 感慨に浸らせてくれたっていいではないか。


「我は、ここで食らうぞ」

「じゃあ、捌いてやるよ」

「リアンよ。皮だけ剥いでくれれば、それでよい」

「おぉ~!! ビオラぁ~!!」

 ビオラが名前で呼んでくれたことに喜び、抱きつくリアン。

「リアン! あまり、くっつくな。鬱陶しいぞ」

 綺麗な景色に浸っているような雰囲気では、なくなってしまった。

「ちょっとぉ~!!」

 二人を振り向き、抗議の声をあげる。

 ミュズの寂しい気持ちなど、どこかへ行ってしまった。


「ミュズは何を食いたい? 俺は、魚とポテトがあれば、だな!」

 どうもリアンは、ポテト以外の野菜が苦手らしい。

「ここは、レモンが有名なんだから~!!」

「レモンか……。レモン味は食えるぞ! 最後にもう一度、海、見てから下りるか?」

「えぇ~!! 騒ぎだしたのは、そっちでしょ~」

「うるさいこと言うなって。ミュズのとっておきなんだろ? 目に焼き付けておかないと」


 おにいと旅するなかで、ミュズの見つけた、とっておきの場所だ。

 リアンと並んで同じ景色を見るのも、いいかもしれない。景色をじっと見つめるリアンの横顔を、そっと見上げた。

 二人の旅路は、まだ、始まったばかり……。




 最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。

 中編部門応募作ですので、謎は残ったままですが、ここまでとなります。

 長編化するときには、第10話を書き換えてそのまま繋げるか、新しく公開するか、どちらかになると思います。

 リアンにおにいのことを相談できる日は、いつ、くるでしょうか。リアンがミュズに自分のことを話す日は、いつでしょうか。

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とっておきの絶景を、見に行きませんか? 翠雨 @suiu11

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