幼馴染Vtuberの学校生活と謝罪会見

 私立羽瀬山高校。

 関西圏のとある町、ちょっとした地獄坂の上にそびえ立つここは俺と美納葉が通っている高校だ。

 かなり自由度の高い校則とマイペースな教師陣が人気なのだが・・・・。

 

「ねぇねぇ千隼!『紐なしバンジー』って楽しいのかな!?やってみて感想をおしえてよ!200字以内で!」

「俺に投身自殺をしろと?」

 教室に着くなり、机に手を叩きつけ迫ってくる美納葉にドン引きする。瞳を爛々と光らせている。あぁ恐ろしい。

「ちゃんとマットを引くよ?」

 なんて事もないように首を傾げる美納葉を見て、俺はこの学校に進学したことを早くも後悔している。

 理由は言わずもがな、あまりにも校風が自由過ぎてこの幼馴染バカを制御出来ていないからだ。かといって厳しい校風の学校なら美納葉は反発を起こしていただろう。中学の頃みたいに職員室をハイジャックするような騒ぎを起こしてもらっては困る。

 因みにウチの学校のマットは跳び箱の時とかに敷く小さくて薄い(そして何より硬い)やつしかない。先生。生徒が死の間際にいますよ。助けて。

「お前みたいな超人なら兎も角、一般人は数十メートルの高さの衝撃をマットで受け止められないと思うんだ」

「やればできる!諦めんなよ!」

「あの太陽神松岡でも『諦めろ』って真顔で言うと思う」

「・・・・諦めんなよ!!!!!」

「押し切りやがった」

 しかし俺としては、こんな奴が居るからもう少し校則を厳しくしてもいいと思う。さっきと言っていることが矛盾しているが、自由かつ厳しい、そんなメリハリがこいつには必要だ。

 その後、無理矢理屋上に連行され落とされかけたけど俺は元気です。


        ◆◇◆◇◆


 昼休み。図書室。

「今日はバンジージャンプ?災難だったねー」

「訂正すると投身自殺ね」

「あー紐なしかー」

 俺は委員会の仕事で図書室のカウンターに立っていた。

 隣で一緒に話をしているのは同じく図書委員会所属、そして中学の頃からの友達である下凪 夕しもなぎ ゆうだ。

 こいつは一日に数回は奇行を起こす美納葉の愚痴を言うことのできる数少ないの相手である。

「それにしても・・・・図書室は静かでいいなぁ」

「そうだね」

「美納葉が出禁だからな」

「あはは・・・・」

 苦笑を漏らす夕。けど、美納葉がいない静かな場所は本当に助かるんだ。出禁にした司書さんありがとう!

 俺が心の中で学校司書さんに感謝を伝えていると、夕が明るい声音で話しかけてきた。

「そういえばさ!最近ね、いいことがあったんだ!」

「いいこと?夕から言い出すなんて珍しいな?」

 この少女はとある状況に陥らない限り、基本的に聞き手に回っているのだが、今日は何故か目をキラキラさせながら声を上げている。

「最近と言っても昨日なんだけどさ?・・・・えーっと!私の趣味が新人Vtuberの配信を見に行くことなのは知ってるよね?」

「あー・・・・中学の頃にそんなこと言ってたような?」

 そういえば『配信を始めたばかりの初々しい人に悪戯を仕掛けて、動揺する姿が大好き』とか悪役じみた台詞を吐いていた気がする。

「そそ。まぁ千隼はVtuberなんてよく知らないだろうけど」

「あ、うん。ソウダネ」

 嘘である。

 よく知らないどころか、現在進行形でVtuberだ。まぁ、Vtuberそれについて詳しいわけではないけれど。

 俺はドキリとしつつも夕に話題の先を促した。

「ま、まぁいいや。そのVtuberってのどんなやつなんだ?」

「そうそう!そのVtuberはコンビでデビューしててね!なかなか珍しいんだよね!」

「へぇ・・・・コンビ・・・・そんなに珍しいものなのか?」

 そういえば俺達もコンビのデビューに分類されるな。

 などとのんびりと考える。

「うん!今の業界では珍しいね。何ならその子達男女コラボだし、余計にね、」

「へぇ・・・・何で男女が駄目なんだ?」

 そう問いかけると夕は「うーん」と首を捻る。

「男女というより?男性だけが駄目?な感じかな。それにそこに至るまでの過程を説明すると長くなるからなぁ・・・・あと単純にめんどい」

「めんどい」

 説明が面倒臭くなる程長いって・・・・と唖然とする。

 どれだけ男性嫌われてんだよ。というか、何やらかしたんだよ。

「まぁこの業界では『男』が嫌われてるってことだけ覚えていればいいよ。で、話を戻すね?そのVtuberが気に入っちゃってさ!」

「気に入った?」

「そう!男性が忌避されてる状況を打開する策になるかもだし、それに何より彼らの掛け合いが面白いの!」

 そう言うと、さっき以上に瞳を輝かせた。

 若干気圧されながら頷くと、夕は続けた。

「女の子の方がグイグイ来てて、男の子の方がドン引きしながらそれを制止してる感じ?ボケとツッコミがちゃんとしてるのかな?」

「ボケとツッコミ?」

 問いかけると。

「そう!なんというか・・・・千隼と美納葉との関係性に近いかも?」

 俺と美納葉との関係性。

 その一言で俺の心臓が跳ねた。

 な、なんか雲行きが怪しくなってきた気がする・・・・。

 杞憂だといいけれど・・・・。

 懇願気味にそう思った時、夕は決定的な発言をする。

「でね!その子の名前が延暦寺と本能寺っていうんだ!」

 杞憂ではなかった。

 完全に自分達のことだ。

 そう気付いた俺の背筋に冷たい汗が流れる。

「アー・・・・ソ、ソーナノカー」

 こいつにバレたくない一心で、なんとか発した言葉は矢鱈に片言になってしまった。

 そのせいで・・・・いやまぁ当たり前ではあるが、夕は訝しげな様子だ。

「うーん?反応薄くない?千隼ならもっとこう・・・・『どんな名前だよ』とか『何その信長とか光秀に襲撃されそうな名前』ぐらいのツッコミ入れると思うんだけど」

 夕が首を捻り、そうぼそっと呟く。

 俺は心の中で『その流れはもうとっくにやったんよ。・・・・お前が相手ではないけど』と突っ込んだ。

「反応薄い?ソンナワケナイジャナイカー」

 まずい!バレたら終わる!しかも人が沢山・・・・そこそこ居る図書室!少しでも気付かれたら今後安定した生活を・・・・生活・・・・を?

 そう思った時、頭に巡るは散々な記憶。

 美納葉に壊された家を修理したり、美納葉にグラウンドを耕されてそれを元に戻したり、夕が美納葉をそそのかして小学校を占拠した時に一人で立ち向かったり・・・・あれ?

 

 安 定 し て な く ね ?

 

 ・・・・いやいやそんな事はどうでもいい(感覚麻痺)。今はこの状況をなんとかするのが先決だ!

「そ、そう言えば!」

「どした?」

 俺は話を無理矢理逸らす。

「じ、実はそいつの配信俺観てたわ!美納葉に見せられた!確か神凪 ハマって奴が観てたよな!?すっごい良い人っぽくて気になったから教えてくれないか!?」

 あああ!我ながらひっどい言い訳!さっき夕が言ったじゃないか!『千隼はVtuberなんてよく知らないだろうけど』って!

 テンパったせいで無駄に早口だし、絶対怪しまれた。そう思ったのだが、意外なことに夕は何ともないように反応を返してきた。

「・・・・ぅ、わ、わかった!教えてやろう!神凪 ハマについて!・・・・というか観てたの?」

 この『観てたの?』は恐らく神凪 ハマの配信のことだろうか?ええい分からん。口調で判別できる範疇を超えている。兎に角、俺はそう解釈して返事をする。

「お、おー!神凪 ハマがVtuber何だろうなとは思ったけど、配信は見ていないぞ!」

「・・・・あ、観てないのね?」

 夕はどこかホッとしたように言った。

「あたぼうよ!Vtuberになんか全然詳しくないし!それにさっきも言ったろ?美納葉に見せられたって!」

 ギリギリではあったが、なんとか夕を誤魔化すことができた様だ。

 そしてその努力の結晶・・・・かは分からないが、俺は神凪 ハマについて話を聞くことになった。

 

        ◆◇◆◇◆

 

 数分が過ぎた。

 設定や、キャラ、見た目、その他諸々が夕の口によって語られ俺の頭はパンク寸前です。

 ・・・・というかコイツ矢鱈に詳しいな!?好きこそ物の上手なれ・・・・は違うな。流石Vtuberファンと言った所、の方が表現が合っている。

 

 その後も色々と世間話、もとい神凪 ハマについての情報(別に知りたいわけではない)を聞き続けていると、 ドガン!と大きな音がし、扉が蹴破られた。

 

「たのもー!」

「来やがったな美納葉ァ!?」


 そう。この幼馴染美納葉は司書さんが休みの日を見計らってたびたび図書室に突撃してくるのだ。

 美納葉に蹴り飛ばされたスライド扉は綺麗に入り口から吹っ飛んでいて、その様相は大きくへっこんだり、ローラーがひしゃげたりしている。

 ああなんて惨状。そんな嘆く気持ちすら湧いて来ず、代替品として感じたのは果てしない面倒臭さと怒り。俺はそれを美納葉にぶつけた。

「くそっ!出禁の癖に性懲りも無く現れやがって!お前は一体何なんだ!」

「私は私だよ?我が道を行く!それこそ私!それがなくなったら私じゃない!」

「名言風に言ってるがやってる事はただのヤバい奴だからな!?」

「それも私」

「うるせぇ!誰がお前が蹴破る扉を直してると思ってる!俺が扉を直せる技術を持ってなかったら終わってたぞ貴様ァ!?」

「貴様なんてそんなご丁寧にしなくても・・・・!」

 美納葉は的外れにもてれてれと頬に手を当てる。

「今は平成の世、2018年だぜ?お分かり?だから『貴様』が尊敬語で使われてた時代じゃねぇよ!?」

「知ってる!」

「ああもう!人の心ってものがこれっぽっちも分からん化け物はこれだから!」

 イライラを抑えるべく、内心で唱える。『他所は他所うちはうち』、他人と自分は全く関係ない。自分だけを信じるんだ。よーし落ち着いてきた。俺が集中すべきなのは目の前の壊れた扉のみ・・・・!

 俺は鞄から工具箱を取り出して扉を修理し始める。この光景は何度も繰り返されているので図書室内で驚く生徒はほぼいない。

「全く、普通の男子高校生がする業務量を超えてるぞ・・・・」

「普通の男子高校生は扉の凹みを新品同様に直して取り付け直す事は出来ないんだよなぁ・・・・」

 夕が遠い目を向ける。

 俺だってなりたくて出来る様になったんじゃない。こいつが毎回毎回扉を破壊して登場するから死ぬ気で覚えたんだ。

 ひしゃげたローラーを真っ直ぐにし、油を通して滑りを良くして、凹みをトンカチで元に戻す。最後にはめ込めば完了。

「相変わらず凄い出来と速さだなぁ・・・・業者かな?」

「まぁ慣れてるし・・・・でもこんな作業面倒いし正直やりたくない・・・・あと業者じゃない」

「もう一回蹴っちゃお!」

「やめろ!?」

「有名な登山家も言ってるだろ?『そこに扉があるからだ』って!」

「その登山家の脳内、遭難してない?」

「山の休憩場所に扉あるじゃん!」

「それ蹴破ってたらとんだ犯罪者だよ」

 

        ◆◇◆◇◆

 

 あのやり取りの後、業務(図書委員+扉修理)を済ませると、俺達は自転車で学校を出て帰り道を進む。

 坂道の下りを終え、駅前の月極駐輪場に三人揃って自転車を停める。

 その時、美納葉が口を開いた。

「そういえば今日の配信なん・・・・もが!」

「馬鹿やめろ!?」

『だけど、どうする?』と続けようとした美納葉の口を咄嗟に塞ぐ。

 しかし少し遅く、夕は首を傾げながら問いかけてくる。

「配信?」

 ああもう!美納葉のやつ、最後の最後で一番面倒なことをしやがった!

 それから、俺は自分の持ちうる全ての語彙をフル活用、そして口車をフル回転し夕を誤魔化すのだった。

 

        ◆◇◆◇◆

 

   <配信が始まりました>

 

「ご機嫌いかが皆々様!延暦寺 小町です!」

「どうも、屋上から落とされかけた本能寺 我炎です」


『いきなりやばいこと言い出したぞこの男』

『投身自殺かな?』

『こんにちはそして我炎氏ね』

『↑わぁ辛辣』

『屋 上 か ら 落 と さ れ か け る』

『?????』


「いや〜ですね。この相方アホが『紐なしバンジーでも面白そう!やって!』って宣いやがりまして、そんな地獄のようなノリでやらされかけたんですよ」

「ちぇ〜!やれば良かったのに!」

「お前訴えるぞ?投身他殺だよ?」

 

『いちゃつくなや』

『投身他殺は草』

『苦労してんなぁ』

『燃える身で投身自殺とか何処の大空襲だよ』

『↑少なくとも炎上はこいつのせいじゃねーだろが』

『牛撫でなきゃ』

『↑故人じゃ撫牛を触ることすらままならないんですがそれは・・・・?』

神凪 ハマ『その話、どっかで聞いたことあったような・・・・?』

『ハマちゃんまさか知り合い!?』

『ファッ!?』

『let's fire time』

『本当なら(本能寺だけ)消し去る』

神凪 ハマ『いや、多分違うと思う!』

『なーんだ』

『良かった・・・・』

『今度は嫉妬だけで燃やされてるのほんと草』


「コメ欄でなんかボヤが起きてるけど大丈夫かこれ?引退する?」

「今更だよ!名前でさえ火炎に身を包んでるのにさ!」

「誰のせいだと思ってやがる。それに『我炎』って名前をつけたのはお前だろうが」


『成程・・・・我が身を火炎で包むから"我炎"か』

『↑草』

『↑それが由来ならほんとに酷いネーミングじゃねーか!?』

『草越えて草津』

『↑お湯かけなきゃ』

神凪 ハマ『将来有望だね!』

『↑どの点を見てその台詞が出るの?』

『wwwwwwwwww』

『お墨付きやで良かったやん』


「お前、延暦寺まさか!?名前の由来・・・・そこまで考えて・・・・」

「ふふふ・・・・その通り・・・・私h」

 何やら意味深長風に笑う美納葉、その台詞を遮る。

「そんな訳ねぇな。こいつにそこまで考える知能はない」

 そう言いつつ、内心で『実際はそうでもないけど』と呟く。

 そう。知能はないとは言ったものの、美納葉は頭がいい。天才と呼んでいいほどに。・・・・馬鹿ではあるが。

 矛盾してるもしれないが、この馬鹿の意味合いは「かしこさ」に向けるそれとは少し異なり、美納葉の幼稚な行動原理に向けて宛てたものになる。

 馬鹿と天才は紙一重と言うが、馬鹿と天才が同居しているのが天野宮 美納葉という生物だ。

 その間に、美納葉がツッコミを入れる。・・・・いや、ツッコミと言えるのかは分からないものだが。

「あるもん!」

「ト○ロ見たメ○か」

「トト○いたもん!○イ怖くないもん!」

「おうおう、ネタに乗るな。そして似せるな」

「目玉をほじくるぞ!」

「ぐっろ」

 美納葉をあしらい、俺は本題へと話を移す。

「さて、茶番はここまでにしよう。延暦寺。頭を下げろ」

「?」

 美納葉はきょとんと小首を傾げた。

「そういえば、今日の配信って何のためだっけ?」

 疑問符を浮かべた後に美納葉が放った一言に、俺は目を剥く。

「うっそだろお前!?配信の名前を見てみろよ!?」

 

「何々・・・・?『本当に昨日は申し訳ありませんでした。謝罪とファンネームとファンアート決めます』?」

「はいと言うことで謝罪会見を行います」


『謝罪会見とファンネームとファンアートが同居する狂気』

『知ってるか?これデビュー二日目なんだぜ?』

『信じられるか?これ、新人だぜ?』

『上の二つのコメほぼ同じこと言っとるw』

『こっちはただの登竜門のつもりだったのに大事おおごとに・・・・』

『初めて見たわそんな奴』

神凪 ハマ『( ゜д゜)』

『ハマちゃんw』


 コメントを尻目に俺は頭を下げる。

「男がやるって需要ないですよね。俺もそう思います。でも俺はこれを辞めるつもりはありません。本当に申し訳ありません」

 するとVtuberとしての俺、本能寺 我炎も頭を下げた。

 まぁ頭を下げたといってもアバターが多少俯くぐらいなのだが、こういうのは誠意だ。

「よく言った相棒!そこまでしてVtuberをしたかったんだな!」

 背中をバシバシ叩いてくる美納葉が鬱陶しい。

 俺は邪魔な手を押しのけて視聴者へ向き直り、意思を告げる。

「ウルセェ黙ってろ。・・・・正直Vtuberはやりたくありません!」

「あれ?どっち?矛盾?」

「だけどっ!コイツを!この馬鹿を止めるには!」

 ドンっ、勢い余り机を叩く。

「やるしかないんだぁ!」


『な ん や こ れ』

『いや本人が本気というのは分かるんだけど、だからこそ草を禁じ得ない』

『あ、分かったこいつ馬鹿だ』

『これは信じていいでしょもう。第二段階とかいらんわ』

『↑完璧に同意。あの叩きに対してクソ真面目にレスするやつは信じていい。』

『ドンっ←これ草』

『何だこの茶番』

『台パン』

神凪 ハマ『((((;゜Д゜)))))))』


「はい。ということでね、これにて謝罪会見を終了します。そしてファンネームとファンアートの名前を決めます!アイデア下さい」

「コメントポイして〜!」

「その擬音だと屑籠に捨ててる気がするぞ?」

 

 ファンネームとファンアート。

 それはVtuberが用いるもので、所謂識別タグのことを指す。

 前者は自分達のファンになった人達を呼ぶ名前で、神凪 ハマなら『式神』といった風に多種多様な種類が存在する(らしい)。

 後者はファンが自分達に向けて描いてくれるイラストの事で、神凪 ハマなら『神世絵』のようにこれまた多くの種類がある。

 因みに神凪 ハマを例に挙げたのは、昼間に夕から受けた講義のお陰である。

 

 丁寧に言っては見たものの、俺は正直どちらも必要ないと思う。

 デビュー当日にあんなに叩かれたんだ。流石に『俺たちのファンになる』ような酔狂な人間はいないだろう。

 しかしそんな俺の思考を他所に、美納葉は視聴者に向けて問いかける。

 

「まずはファンネームお願い!」


 俺はファンネーム識別のためにとあるコメントを打ち込む。

 

本能寺 我炎『ファンネームは『" "ダブルクォーテーション』で囲って下さい』


 コメント欄は思っていた以上に盛況だった。『あれ?もしかしてだけど、俺達って視聴者にちゃんと受け入れられてる?』そう思ってしまうぐらいには。

 

『"焼き討ちーズ"』

『"本能寺の変"』

『"人間五十年"』

『"焼き討ち組"』

『"信長の願望"』

『"僧兵"』

『"♰業火の炎♰"』

『"隠れキリシタン"』

『"燃えよお寺は美しい"』

『まともなファンネームがない』

『どれも炎系統で草』

『お客様、どうです?そんじょそこらのVtuberとは火力が違いますよ』

『↑コンロかよ』

『あの火だるま、よう踊りよるぞ』

『↑拷問かな?』


 続々とアイデアが上がっている。

 全部見事に焼き討ちとか寺とか、歴史とかに関連している。

 美納葉はちゃっと困惑した様子だ。想像していたファンネームとは違ったのだろうか。


「なんか、炎上とは違う意味で燃えてる・・・・焼き討ち的な意味合いで」

「これはひどい」

「とりあえず"焼き討ち組"で」

「まだ比較的マシなのを選んでくれてありがとう延暦寺。けどさ"僧兵"の方が良くないか?縁起もそうだけど俺たちの名前の由来的に」

 わざわざ考えてくれた視聴者には悪いとは思うが、『焼き討ち組』というネーミングはどうにも、俺たちに敵対する勢力のようにしか思えない。

「じゃあファンアートいくよー!」

 美納葉はそんな俺の気持ちを完全にスルーした。なるほどなるほど、俺に意見をする権利はないというわけですかい。

「理不尽・・・・あ、今度も『" "』で囲って下さい」


 再び視聴者からアイデアが投下された。

 

『"鳥獣戯画"』

『"寺アート"』

『"おてらパレット"』

『"浮世絵"』

『"寺子屋"』

『"炎の絵"』

『"雪舟のおてら"』


「何故こうも歴史に強い人がリスナーに多いのだろうか?困惑しかないぞ?」

「普通じゃない?」

「くそ、こいつ馬鹿なのにテストの点だけはいいんだ」

「本能寺は何点だったっけ〜?」

 ちょっと煽るような口調で言う美納葉。

「・・・・これでも成績は中の上でキープしてるし。ってそうじゃない!今することはファンアートの名前を決めることだろ?」

 話題が盗んだバイクで走り出し、迷走をし始めているので、それを無理矢理引きずって元に戻すと美納葉に言った。

「さっきお前がファンネームを決めたから、ファンアート名は俺が決めるぞ」

 俺はコメント欄に視線を這わせ、良さげな名称を探す。

「えーと・・・・なるべくまともなやつ・・・・お、これがいいな。"おてらパレット"で」

「無難でつまんない〜!」

 美納葉は『ぶー』といった様子だ

「無難上等だ。お前はもっと普通になりやがれ」

「ふっ・・・・諦めな?誰にも私は止められねぇ!!!!!」

「知ってる」

 

『馬鹿なのにテストの点が良いとは(哲学)』

『知ってて草』

『理解速度超速かよ』

『冷静www』


「はい、ということでね。話もまとまったのでこの辺でさよならしたいと思います。また来週〜!」

 俺は配信を終えるため、手をパソコンに伸ばす

「ヤダ!まだ終わらなねぇ!俺たちの戦いはまだまだこれからだ!」

「打ち切り漫画かな?ということはこのVtuber生も打ち切り・・・・!?やったぜ。俺たち引退しまーす!」

「させるかよ!」

 その時、美納葉は一旦は動きを止めていた俺の手をむんずと掴んで妨害をしてきた。

「おい待てやめろ往生際が悪いぞ!?」

「へっへっへっ!配信を終わらせたければ『Vtuberを引退する』って発言を撤回するんだな!」

「あ、おい人質作戦は卑怯だぞ!」

 掴まれた腕を振り解こうとするが、それは微々として動かない。

 何とかして、それから逃れようとして身をよじる。けれども美納葉は動きません。

 しかしめげずに暴れること数十秒。

 不意にスポン、と俺の手が抜ける。どうやら美納葉が俺の腕を握る手の力を緩めたらしかった。

 その影響で俺はバランスを崩す。


 さて、ここで一つ質問をしよう。

 ピンで止められたゴムを引っ張っている時、そのゴムを地に繋ぎ止めているピンを引き抜いたらどうなるか。

 答えは簡単。

 、である。


 俺はもがいていた時の勢いをそのままに壁に激突する。

 そして俺はドカンと盛大な音を立てて壁を突き破った。

「ああ!?壁がァァァァ!?なんてことを!?」

 俺は崩れゆく壁の残骸を一心に浴びながら美納葉を非難する。

 しかし美納葉は飄々とした様子だ。

「私に逆らった祟りだよ」

「崇徳天皇もびっくりな理由だよ!?・・・・ってそんなツッコミ入れてる場合じゃねえわ!枠終わりますね!」

 俺は『この惨状をこれ以上視聴者に見せてなるものか』という思いから、やっと自由になった腕をマウスに乗せた。

 そして「それではまt」と締めの一言を言ったタイミングで美納葉がそれを遮った。

「明日はゲーム配信するよ!」

 その言葉にふと冷静になる。

「・・・・あれゲーム買ったっけ?」

 と。

 その問いかけに美納葉はこう答えた。

「明日君が買うんだよ?」

 

「いやァァァァァァァ!!!!!」


 俺の悲痛な叫びが響く。そんな中美納葉が俺を押し除けて配信を終わらせた。

 

   <配信は終了しました>


 もうメチャクチャである。

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