第86話 早朝

 朝目が覚める。

 簡素なベッド…ではなく敷き布団を折り畳み部屋の隅へ寄せた。


 時計を確認すると朝5時を短い針が指していた。


 早くに目が覚めたので今日は朝から生徒会室に行こうかな…と考えた。

 もはや行かなければならないとと頭の中で固定化されてしまったようなものだが。


 ああいけない。

 生徒会室に行きたくないと少なからず思っていたせいか、普段作らない弁当を作ってしまった。


 しかしこれで数10分は時間が稼げた。心は正直である。


 後は朝食だ。


 弁当のために炊いたご飯の余りをお椀によそい、おかずをわざわざ作るのも面倒なので茶漬けですませることにした。


 お湯を沸かす間。


 即席の器を作り、そこに氷を削った状態で出し、冷蔵庫からカル○スのシロップを取り出してぶっかける。

 因みにぶどう味の気分だったので紫色になった氷の山。


 かき氷の完成である。

 なおシロップはその日の気分による。


 毎朝オレはコレを食べている。

 所謂国民が朝食に食べるヨーグルトやコンフレーク、牛乳みたいなものだ。そもそも朝食を食べない人も居るようだが、オレはキッチンに食材が有るなら食べる方だ。食べれる内は食べる。それがオレのポリシーである。キリッ(謎のキメ顔)


 お湯が沸き、もう冷めてしまったご飯にお茶漬けの素をかけてからお湯をかける。

 湯気が立ち登り熱そうなのが傍目からでも伺え直ぐには食べられそうにない。…別にわざとじゃないからな?

 これでまた少し時間が稼げる…、とか思ってないから。



 少々墓穴を掘った気がするが、少し冷めるまでの時間を無駄にするのもあれなので、教材を入れる鞄に教科書とノートの入れ替えをする。


 そういえば昨日あった体育祭で汚してしまったハンカチどうしよう…。そのままにして寝ちゃったな…。そんな事を考えながら鞄の中をガサゴソと漁り準備を終えた。


 椅子に着きいただきます、と心の中で囁き手を合わせた。


 里の連中が礼儀作法に五月蠅かったのでこの辺はちゃんとしている。それは葬や姉達も同じ事が言えるが女子校と男子校で別れたこともあり、最近の様子は知らないでいた。

 連絡は取っているがそんな話を聞く空気じゃないのだ。

 なんだかいつもシリアス気味で息が詰まるように感じる。

 まぁ必要なことなのだと思えばなんてことはない、命がかかっていると言っても過言ではないのだから。


 捕まるのは誰だって嫌だ。オレも姉達も。

 それに此処に居続けて大丈夫…などと考えられる程オレのメンタルは図太くない。いつ結界が解けてしまっても可笑しくないのだ。今か今かと虎視眈々と相手は狙っているともしれない。それに…オレが一番嫌なのは関係ない周りの奴を巻き込むことだ。


 相手の一番の狙いは姉の晶。

 ついでに捕れたらいいなという存在がオレだ。


 姉さんはザ・オールラウンダーという人で。多方面に才能があり強い。その中でオレが唯一勝てるのは妖力だけ。…そう、腕力も体力も負けているのである。情けない。本当は兄なのに…。


 そんなわけで里の時期長という事と実力の優秀さから狙われている。…と思われる。


 あくまでも憶測なので絶対ではない。

 敵がご丁寧に教えてくれる訳ではないのだ。当たり前である。


 それでも姉が狙われていると考えているのは、オレが過去に姉の姿になっていることから分かるとおり、見つかるとなりふり構わず捕らえようと襲われるからである。

 姉さんは昔から変なものを引き寄せる気があるのか残念ながらそれ自体はよくあることだった。里に居た頃はまだ良かった。まだ身内だけだったからそんな変な奴も出てこなかった。


 けれど外界へと出てからというもの、老若男女関係無く変なものを引き寄せるように日々囲まれてきた。その様子はさながら吸引力の高い掃除機のようだったことを今でも覚えている。

 それはもう大変で、もうあの人混みは勘弁願いたいと思うほどで…。一昔前のセールの様だったと言えば伝わるだろうか? まぁ生きている限りそれは難しい願いか。


 敵の顔を朧気に思い出す。

 なにぶんもう一年は安全を確保できていたので顔が思い出せない。顔があったかとすら怪しい。服装が真っ黒か真っ白だったのは覚えているのだが…。

 新入生歓迎会のときは顔をよく確認する事はできずに逃がしてしまったし、とんだ失態だ。姉に合わす顔もない。


 お茶漬けを平らげシンクに入れ軽く皿を洗って乾かす。


 窓が開いていないか確認しカーテンを閉める。

 此処は変なところでセキュリティーがザルなので閉めたはずの窓の鍵もいつの間にか開いているときがある。

 オレはコレが一番怖いと思う。そこらのホラーよりもずっと。


 赤史が言うに、盗聴器なるものが存在するらしい事は聞き及んでいた。別に聞かれて困るも何も、殆ど無音な生活をしているオレだ。盗聴もなにも無いと思う。なのでそこはあまり気にしていなかった。


 だが簡単に部屋に入り込まれるということは…簡単に寝首をかかれる可能性もあるということ。


 その事を言うとある友人やとある先輩達から「お前だけ暮らす時代違うな」「殿様かよ」などと言われた。確かに皆は命が狙われるような雰囲気では無いように見えた。

 ここで初めてオレは、皆が皆、命を狙われて入学した訳ではないのだと悟った。


 …まぁ過去の黒歴史思い込みは置いておくとして、早朝の最後の仕上げに瞑想をする。


 コレは妖力を増やすためにするのである。

 一回ではちり程も増えないが、例え塵以下の量でも増えるなら、それこそ塵も積もれば山となる。これを空いた時間にいつもやっているのだ。


 他にも妖力の上げ方はあるが、それらは大体非人道的なやり方がほとんどなので一生する事は無いだろう。


 お前にこれ以上妖力必要ないだろ!だとか思われるだろうが、あるに越したことはないと思う。


 今の時代。強くなっても力を発揮する場面は極少数だ。

 それは平和の証でもあるから決して悪いことでじゃない。

 けれどそれはオレの生き方に反するのだ。


 強くないと守れない。

 今までそう知らしめられながら生きてきた。

 強さを求めるな、という方が難しい話だった。



 因みに。


 この「瞑想をして妖力を増やす」というやり方をする者は世界でも数少ない。瞑想ならば簡単に行えるし他の人間もでき、時間はかかるものの妖力を増やせるのではと思った者も居るだろう。

 だがそれをする者はほとんど居ない。


 それは何故か?

 それはただの瞑想では増えない事と、その大変さに見合った妖力の量ではないからだ。この瞑想はまるで滝行の様だと言ったのは誰か。その言い表しは言い得て妙である。

 まぁこの方法で増やせるのは妖怪と人間の血を継いでいるからこそとも言えるのだが、それは置いておく。


 妖怪とは善か悪かで言えば悪と答える者も多いだろう。

 そこで「妖怪」の力を妖力として、「人間」の力をとする。


 ならその間のオレ達のような半端者の力はなんなのか?


 それは…ありたいに言うと個人差だ。

 妖怪の血には妖力が宿り、人間の血には気が宿る。血の対比なんて当然個人差だ。なのでぶっちゃけるとどっちの血が濃いかで”使える力”は決まったようなもの。

 妖力や気、以外の不思議な力がそう都合よく生まれるわけもなかった。


 そんなわけで持って生まれた力を増やすのは難しい。

 それを増やそうと言うのだからそれなりの苦労は付き物。

 そんな訳でオレは毎朝冷や汗を掻きながらも妖力を増やしていた。


 寒さに耐性があるのに寒いと感じる。

 露出していない背中も足も冷え切ったように冷く感じる。

 けれど妖力を生み出している腹だけは煮えたぎるように熱い。


 座禅をしながら数分経ち、腹に溜まった熱を吐き出すようにゆっくり息を吐く。組んでいた足をほどき立ち上がって体をほぐす。

 本当ならラジオ体操でもしたほうがいいのだろうが、いかんせん気力面が消耗されてやる気が起きない。…いやこれはいつものことか?


 ごちゃごちゃと説明したが、省略兼補足をすると、つまりは腹の中にある(と仮定した)力二つをまぁ…色々なにやらして、妖力を生産しているのだ。


 オレの場合。少ない「人間の血」を「妖力妖怪の血」へと変換し。

 減った「気」は生き物のように生き残ろうと数(?)を増やし、それを食らって妖力は増えている。まるで食物連鎖。


 まぁ最後のはあくまでもオレ個人の見解でしかないのだが。あながち間違ってない気もする。減ったはずの「気」は気が付いたら元の状態に戻ってるし…。


 毎朝こんな事をしているせいで体も丈夫になりめっきり風邪も引かなった。毎朝風邪のような気持ちになる代わりにオレは今日も健康体である。


 この先も例え苦しくとも相手方が全滅するまでオレはコレを続けるのだろう。


 常温とは程遠い冷えた指を擦る。雪女の末裔と言えども寒いと思うことも冷たいと感じることもあるのだ。

 暗いリビングのカーテンの隙間から朝日の光が差し込んだ。


 今日も生徒会の仕事か…と、無意識に遠い目をするオレだった。

 朝昼関係無く冷たい息をため息混じりに吐き出した。

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