第40話 現実逃避
新入生歓迎会が終わり、元の日常に戻った。
あれからまた襲撃されるということもなく、至って平穏に過ごせている。なんだか嵐の前の静けさのような気がしないでもないが、セクハラだとかはこの学園でしょっちゅうの事なので事件の中には含まれていないというのもある。
フラグ‥というものではないからな。決して。
というか人の…というか生き物の欲ってものは恐ろしいものだ…そのせいで狙われているしな…。
妖怪の末裔は厳密には人ではないし。反対に、妖怪でもない。一種の種族のようなものだ。
だからか人間からも妖怪からも爪弾きにされやすく。一部の人情的な者や、ある意味異端な者ぐらいだ。オレたち妖怪の末裔に普通に接する者など。
人間や妖怪から見れば、オレたちは半端者なのだろう。好きで生まれた訳では無いというのに勝手な事を言うものだと思うが…。しかし彼らの思うことも分かる。
オレは一々敵か味方かを見分けている訳でなく、大体害が有るか無いかである。
まぁなので特に種族とか関係無く敵かそうでないかで分けている。味方となってもいつか裏切られるかもしれない…反対に、自分が裏切るかもしれない…そんなもしもがあるのだと考えているオレには、真に信用する仲間は姉以外に存在しなかった。
因みに付き人達についてはというと、信頼はしていても信用はしていなかった。
心の奥底で疑っているのなら、それは信用しているとは到底言えないだろう。これでも共に生きてきた上で情はわいているが、それでもずっと疑いの言葉がオレの心の底で囁いている。
ならば信頼という言葉は嘘なのか…?
いや、それは本当だ。
彼らのオレたちへの…いや姉、ひいては一族の”氷鎧”への忠誠心は昔からずっと変わらない。
ならば
けれど
オレはどうしても姉以外を信用する事が出来なかった。
…この認識を変えようと思ったことは何回もあった。だが、結局は疑うことを止められず、生きていく上で少しの障害にしかなりえなかった。
結果は御覧のように、少し人目が気になって口下手な高校生だ。
かなり周囲を疑っている割に至って普通の高校生であった。
まぁ妖怪学校の生徒会をしている時点で普通ではないと言われるかもしれないが、それはオレより上の立場の人物が居る、という事実があり、そもそも生きていく上で周囲に溶け込められればいいのである。
結果良ければすべて良しの理論だ。
…そう言えばなぜこんな話をしていたのだったか…?
はた‥と気づいてカタカタとパソコンに入力していた手を止めた。
……あぁそうだ。
現実逃避をしていたんだった。
現在生徒会室に一人、オレは席についてパソコンに向かっているところである。
一人の方が安心できて仕事は進むが、自分の担当ではない仕事が無意味に増えるのは看過できない。優しいと評判のオレも流石に。
いや、オレ自身キレやすいと思っているのだが一々切れ散らかしても疲れるだけなのでしていないだけだ。周囲の目が気になるのもあるが。
この生徒会室は一クラス分の広さがあり、コの字の形で机が並び、何時でも話し合いが出来る形となっている。
オレはコの字の二画目の列に座っている。具体的には角部分だ。別に席順は自由だが、自然とここになった。
そしてオレから見て左に会計の
残りの二人は窓側に面している列にいつも座っており、オレに近い側が副会長。庶務の二人に近い方が会長、というように口にせずとも自然と席は決まり今に至る。
机を見れば副会長の席には一枚も書類は置いていないのが見えるが、会長の所には数枚だが重ねて置いてあり、何も手を加えられていない様子である。それは一年組の3人も同じ…いや、それ以上で、それぞれの席には数センチの厚みがありそうな紙の束が見える。
少ないだろうと思うだろうが、これでも減った成果が出ているのだ。オレ頑張った…。そもそもずっと思っていた事だがこれらの紙はどこから湧いて出て来るのだろうか…まぁ考えても仕方ないのだが。これも現実逃避だ。
これらは意見箱に入れられた意見についてまとめられた紙であったり、この間あった新入生歓迎会の様なイベント事について書かれた紙が殆どである。後は次のイベント事など。
セクハラ紛いの言葉もあるにはあるが、最早日常と化したこの意見には一寸も心は動じなかった。嫌な慣れである。
なんだよ”髪の毛下さい”って…怖いよ…藁人形にでも使うつもりか? 良くも悪くも目立つ生徒会だ。恨まれていても不思議じゃない。無駄に効力発揮しそうではあるが…妖怪の末裔なだけに。
その他にも明らかにヤバい質問もあるのだが、自主規制させてもらおう…面と向かって言われないだけマシだな。うん。
パソコンを閉じて自分の机の上の端に積み重ねられた紙を取ってペンを片手に取る。
答えなくてもいいモノや、物騒な質問やセンシティブな質問にはチェックを入れ、念のため後ほど風紀に回す。何かの事件の前兆になり得るからだ。
マトモな質問には何も印は付けずに後ほどまとめて質問に答えるように別の紙にまとめる予定だ。
というかマトモな質問の方が圧倒的に少ないのだが…?
かなりの量の紙が箱に入っていたにも関わらず、この量…。
…オレは入る学校を間違えたのだろうか?
一人部屋の中、夕暮れ色の空を黄昏るように眺め、しばし現実逃避に再び身を投じる結であった。
カラス一匹飛んでいない空は広く、寂しさと物足りなさを感じさせたが、部屋の外からは何も聞こえず一人の空間は心が落ち着くような安らぎを与えてくれた。
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