第2話 ラストマン:何故

「彼の状態は?」

「鉄板を張っていますよ。意地でも何も言わないつもりでしょう」

「そう…もう少し様子を見てみましょう。いずれ諦めてくれることを願うしかないわ」

「そうですね」

私は少し横に目線を逸らしモニターに映る病原菌を見る。

「彼は何故生き残ったんでしょうか?」

助手の一人が聞いてくる。

「さぁ…彼は奇跡的にも抗体があった。としか現状は言えないわね。血液検査、抗体検査を行えればよいのだけれど…」

1か月前に起きた世界的パンデミック。

どんな年齢層、人種、全ての男性が苦しみその命を失わせた謎の病。

人間どころか、全生物の雄を死滅させてしまったため、今や地球上の全生物が絶滅危惧種…いや、絶滅確定とも言える状況となってしまった。

それに食料危機も起こり始めている。

家畜の増産も今や停止。

蟲の協力をもって獲ていた植物も停止。

それどころか、農家やインフラの維持も限界となる。

死体から発見されたこの病原菌を調査を各国と協力をしているが、男性にこう言った学問に特化した人物が多かった分、かなり遅れてしまっている。

そして唯一生き残った彼の身体を調べたいところではあるけれど…。

「ああも抵抗されてしまうと…」

彼を確保してから2週間。

外界から完全に遮断された部屋にいてもらっている。

私たちの作る料理には意地でも手を付けない。

辛うじてコンビニの食品のみ。

彼と距離を取りながらの会話でも喉が渇くだろうとコップに入れたりペットボトルで渡した飲料は決して口にしない。

部屋に戻ってからおかれている非常用飲料水のみを口にする。

彼から3m以内に踏み入れようとした瞬間、会話時に見せる光のない目や一切変わらない表情から打って変わって殺意の持った、見様には怯えたような目をする。

そんな状態では検査もできない。

夜になると睡眠を取っているので、その間に調査を行おうと接近したが、彼のいる空間入った直後、すぐさま目を覚まし殺意を向けてきた。

まさに本能的な行動。

獣と言い換えても間違っていなかった。

「いったい何があればあそこまでの拒否反応を起こせるんですかね」

「分からない。彼をここに連れてきてからの行動や公的に残っている情報では把握できない闇があることは明らかね」

「今の時代、彼ほどの年代は全員がSNSで自己情報を少なからず開示していると思っていたんですけどね…」

「まさか一切のSNSアプリが入っていないとは思わなかったわ。これで余計に彼の情報を得ることが難しくなっているのが現状ね」

ネット上を伝い彼の情報を探してみるが、それに該当する存在は一切としてない。

彼が何故あそこまで拒否反応を起こしているのかを彼自身が語らないとなれば、彼と接点のあった人物から聞くしかない。

彼の家族、友人が頼りだけれど…まず通っている大学の女子生徒から情報を聞こうとしているのだけれど、「話したことがない」「男子集団にいるのは見たことがある」という、薄いものしかなく恐ろしく情報が得られない。

今や男性は彼以外いない。情報を知るにはそのいなくなった彼の友人から聞くしかないという不可能な状態。

ならば彼の家族から聞くしかない。

なので探してもらっている。

戸籍もないような特殊な状況でないためすぐに報告が来るはず。

「博士、総理からの電話です」

「変わるわ」

駆け込んできた助手から電話機を受け取る。

その電話番号は総理であった。

「はい、総理。こちら森下研究所、所長森下です」

『森下さんね。見つけたわ』

「彼の御家族ですか?」

『えぇ。住所を教えるから接触してもらえる?』

「構いませんが、彼の見守りは…」

『一度、私が行かせてほしい』

「はい?」

『仮にも総理として立たせてもらっている身として、この人類存続の希望という重荷を一人の青年に背負わせてしまっている。総理という身分として彼に依頼と謝罪をしたいのよ』

「そうですか…。分かりました。一部の助手を残します。詳細は彼女たちから聞いてください。私は準備が出来次第、彼の御家族と接触を試みます」

『頼んだわ。よい報告が聞けることを期待している』

そうして総理との電話を切る。

メールを確認すると該当される住所が提示されていた。

「彼の家族の所在が分かったわ。あなたたちは私と来てもらうわ。準備をして」

「分かりました。車を出します」

「残りは次期に総理がここに来るから、そのサポートをして。何かあれば逐一連絡を」

『分かりました』

指示を出して私も準備をする。

研究所から出ると、助手の一人が車を準備してくれたので、それに乗り込む。

後ろに二人の助手も乗せて4人で向かう。

「運転お願いね」

「任せてください」

距離としては高速を使って2時間30分ほど。

その間、得られた数少ない情報を見返している。

「この状況が分からないという訳でもないですもんね。学歴から見ても十分な頭脳は持っていると見えますし」

助手の一人は資料の一つに目を通している。

その資料には彼の経歴が書かれている。

高校は偏差値55のそこそこの進学校。大学では心理学を専攻していることは把握している。

「何度か会話して、分からないふりをしているようにしか思えないのよね。ただ何故そこまでのことをするのか…」

「大学の方でも女性との関わりが極端に薄いようですし、物理的な距離が無ければコミュニケーションをすることすら困難なことを考えると、彼から関わることを避けているようにしか見えないんですよね」

「そんなことをする理由が分からないのが現状ってとこね…」

それもこれもこれから向かう彼の家族から分かるだろうか。


彼の御家族が住む家に着いた。

至って普通の一軒家…いや、少し昔ながらの雰囲気を感じる木造の家。

インターホンを鳴らす。

「どなたかいませんか?」

少しすると返答が返ってきた。

『はい、なんでしょう』

「私は森下研究所の所長をやっている者です。少々世垓功次君のことについてお話を伺いたいのですが…お母様でございましょうか?」

私がそう言うと、相手からの返事が返ってこない。

何かあったのだろうか。

「あのー…」

『言う事はありません。お帰りください』

「…え?」

その言葉に私は言葉を失った。

まさか最初から拒否が入るとは思っていなかったのだ。

『功次のことについて話すことはありません。お帰りください』

「…そ、そういう訳にもいきません。私たちは人類の存続のためにも彼の情報が必要なんです」

『功次のことなら本人から聞いてください。私から伝えられることはないです』

徹底的な拒否。この雰囲気は彼に通ずる部分を感じた。

しかしここで引き返してしまえば、数少ない道が閉ざされてしまう。

退くわけには行かない。

「しかし…」

『あなたの話からして、功次の身柄はあなた方のもとにあるんでしょう。そして功次が話したがらないという事を私の方から言う事はありません』

「そんな…でも、彼の協力無くては…」

『大事な息子を利用しなければ生き残れない人類なんて滅んでしまえばいいんですよ』


「総理、お気を付けてください。彼の精神状態は決して良いとは言えません。下手な接触をすると、自決する覚悟です」

「分かっています。森下さんの資料を見てある程度は把握しています」

私は今から、この人類という種族を存続させるという宿命を背負わされた哀れな青年と接触する。

殆どの男性であればこのような状況、ある程度楽しむでしょう。

しかし残ったのは彼のように極度に接触を避ける存在。

仮にもこの日本の代表として立ったのだから、どんなことをしてでも彼が請け負うのを願うしかない

「ふぅ…失礼します」

一呼吸おいて、彼の入る部屋へと足を入れる。

「これは…」

そこに広がるひとつの空間。

何不自由ないよう一通りの娯楽設備や、テレビ、運動設備を用意されている。

しかしその部屋と私の立つこの空間には、犯罪者との対話に用いる応接室のように透明なアクリル板が張られていた。

そして彼との距離は非常に遠い。

会話をするには全く適していないが、これ以上近寄らないよう言われている。

部屋に置かれたソファで何やらスマホを見ているが、何をしているのだろうか。

「ん?なんすか?次の応接は明日っすよね」

その声を聞いた。

感情の乏しい起伏のない声。

まるで何もこちらには悟らせないようにしているようだった。

「いきなり来て申し訳ない。私は現総理をしている加藤という者です。世垓功次さんでお間違いないですか?」

「加藤…顔も記憶と同じ。年齢は65。責任を取りたがらないゴミみたいな政治家の中でも自ら立ち上がる。マシな方か」

なにやらスマホの画面を見ながら小さな声で呟いているが、聞こえはしない。

「そういえば、ちょいと前にニュースで見たっすね。元々男性が総理やってたけど、いなくなったもんで党内でも比較的人気のあるあなたがなったって知ったっす。んで、そんなお偉いさんがわざわざこんなところまでなんすか?」

ファーストコンタクトを間違えるわけには行かない。

慎重に話を聞き出して、頼みを受け入れてもらうのよ。

「まず、このような状況にしてしまってごめんなさい」

「あぁ、そっすね。あなたが自分の人権を投げ飛ばすような緊急事態宣言なんか出したもんでこんな状況なんすよね」

「っ…それにはこの世界が立たされている危機的な状況が関係しています」

「総理までそんなこと言うんすね。正直こんな下らんことに付き合ってるほど自分は暇じゃないんで、開放してもらいたいところなんすけど」

常に突き放すような言葉を連ねていく。

その内容はまさにこの状況を理解していないように。

しかし森下さんがまとめた資料では、そう振舞っているだけで実際はこの状況を理解しているよう。

「冗談を言っているわけではありません。これはあなたを守るための処置でもあるんです」

「それがあんたらの言う下らん人権を侵害してまで行うことっすか?」

「下らんって…」

「そりゃ下らんっすよ。健常者が、被害者が不服に思うような結果が今のこの国が与えてきた人権保護という名の自然淘汰されるべき存在を保護する法令っすよ」

「…」

「あぁ下らんっすね。なんだ生活保護だの加害者の肖像権だの。ふざけてるんすか?正直あれらにも人権が適応されるんなら、自分らは犯罪者や怠惰な者と同等な扱いと捉えるんで」

そこで私は気づいた。

今の彼は自身の持つ政治的不満を総理という立場の私に対して直接ぶつけているのだ。

ある種の反抗ととれる。

政治に対して不満を持つというのに、その政治が決めたことに自身の自由を制限されて従う気がないのは理解が出来る。

今の私が何を言うとも彼は聞く耳を持たないのだろう。

なら私は一人の人間として、頼もう。

「あなたの不満は分かりました。それについては謝罪します。しかし、今は状況が状況なのです。ぜひともあなたの協力を願いたい」

私は深々と頭を下げる。

「これは総理としての意思ではなく個人の意思としての頼みです。この人類の存続のためにも、協力してください」

総理としての立場で頼んでも意味はない。

ならば一人の人間としての依頼。

あと生きても20年。

しかし人類が滅ぶのはまだ見たくない。

これは私の人間という種としての意見だ。

「そっすか。んじゃ、頭を上げてもらってもいいっすか」

「…っということは…」

「勘違いするんじゃねぇっすよ」

一瞬の希望が止められる。

しかし彼の言葉を聞き逃すわけにはいかなかった。

「自分も個人としての意見を言わせてもらうっすよ」

「…はい」

「世界中の女を殲滅するっす」

「…え?」


「お帰りなさい。博士」

「…お疲れ。総理は?」

「奥でお待ちです」

少し暗い気持ちで総理の待つ部屋に入る。

「お疲れのようね」

「…総理こそ」

お互いの顔を見ると結果は芳しくないことが見て取れた。

「…これは一筋縄ではいかなそうね」

「はい…彼はどんな様子でしたか」

「…協力する条件を提示してきたわ」

「よくそこまで聞き出せましたね」

「…そうね…しかし、そううまくいかないわ」

「どんな条件ですか?」


「世界中の女を殲滅するっす」

「…え?」

その衝撃的な言葉に私は言葉を失った。

「言葉が足らんかったすね。馬鹿な女を殲滅するっす」

「あ、え…え?」

「自分は、女が嫌いっす。語弊を生まずに言うならば、自分が見てきた世界の女は皆快楽と怠惰に埋もれ、意味のない自尊心やプライドのみを肥大化させて生きる化物。そんなやつらに自分の大事な身と心をやるくらいなら、死んだ方がマシだと思っているだけっす。勿論マトモな女性がいることも重々承知っすよ。真面目だなと思う女性とは距離を取った上なら普通に接すること出来るんで。ただそれもほんの一握り。大半は下賎な生物であって関わることも近づくことも無理っす。なので、あなたが総理として、個人として自分に頼むのなら、ふざけた人間を全て殲滅するっす。話はそれからっすね」

「そんなこと…出来るわけ…」

「出来ないならそれまでっす。正直ここにいることによる精神的な限界が来るのも時間の問題なんで。勘違いしないことっすよ。どうせ女はすぐ裏切るってこと知ってるんで、そこまでしても信用するわけではないっすから」


総理から聞いた彼の言葉に唖然としていた。

いままで一切話されなかった彼の心情。

そこに至る経緯は分からずとも、人伝で分かる女性への嫌悪。

何故総理に話したのかは分からないが、これは大きな進展であると同時に、彼の要求のいかに絶望的なのかを叩きつけられた。

「…これから…どうするつもりですか?」

「どうもなにも…彼の協力を得るには、彼の要求を受け入れるしかない。しかし…それは、彼がどう言った女性を指すか詳細に分からない上に、分かったとしてもその女性を殺すなんて…とても認められたものじゃない…」

重苦しい空気が研究所を覆う。

全職員が彼の言葉に、何も言えなくなっていた。

しかし、そこで一人の助手が口を開く。

「…別に彼自身から動いてもらう必要はないのでは?」

「「…え?」」

その言葉に私と総理は言葉を失った。

「こんな状況です。彼が協力を快く承諾しないのなら、やむを得ないと思います。彼を拘束し、強制的に精を収集するしか…」

「それも…手ではあるのよ」

その手段を考えなかった訳ではない。

しかし…それは人として行いたくない。

ただでさえ彼がこの世を恨み拒絶しているというのに。

「今や世界は大きな混乱に包まれて、多くのインフラや食糧生産に危機が迫っています。いまだに現実を知ることをしない一部若者の変わらない生活にも限界が次期に来ます。彼女らがその不自由を目の当たりにする頃には全てが手遅れになります」

それは最も現実を見ている意見。

人類の存続には非情な決断も必要になる。

「彼の感情に流されていては…」

「なりません」

助手の言葉を総理は止める。

「森下さんの話に出てきた彼の母が言う『大事な息子を利用しなければ生き残れない人類なんて滅んでしまえばいいんですよ』。その言葉の通りとなってしまう。仮にも総理として、日本という国が希望の彼を道具のように扱うことは…したくない」

「1を棄て9を救う選択をしなければ全てを失うことになります。感情に流されてよい状況ではないのです」

「…全てを失う前に選択をします。国会にて決定します」


「はぁ~~~…」

今までの人生で1,2を争う長く重いため息が出る。

流石に気が滅入る。

こんな綺麗だが、綺麗過ぎて目に悪い無機質な空間で2週間という時間を一人。

…まぁ、外にいて大量の女を視界に入れるという苦痛よりかはよっぽどマシかと、今は思う。

ただ、俺は人間として、俺らしく生き抜いて死んでいきたい。

こんなところで隔離されて生きることは…俺が望む俺という存在ではないはずだ。

俺は外で人として生き続ける。

たとえ一人になったとしても。

………考え方や思考がまとまらないのは精神的な負担が短期間で襲ってきたからなんだろう。


数日後、外では…。

功次の通う大学内。

「ふむ…」

一人の女性が顎に手を置き資料を見る。

しばらく連絡が取れない功次の様子から一つのことを考える。

「世垓君からの連絡がしばらくない。いつもなら課題の進捗で躓くたびにメールが来ていたというのに。…ということは、どこかしらに身柄を確保されたとみるのが正しそうね」

パソコンを操作し情報を確認するが、生存している男を発見したという発表がなされていない。

それは2つの状況が考えられることを示していた。

一つ、公的な研究機関に保護され混乱を招かないように発表を控えている。

二つ、個人もしくは外国の機関に確保され状況不明。

「前者であることを願うしかないわね。にしても…」

女性は深々と椅子に座りコーヒーを飲む。

その時窓から見える楽しそうに友人と雑談を交わす女学生を見ながら呟く。

「女を恨み憎み、嫌悪する人がこの人類という種を残すために動かなければならない。…運命は残酷ね」

女性は思う。

本当は少数であった声の大きなモノが目立ち、それが全体のステレオタイプとなってしまう。

しかしそれに踊らされるのではなく、世垓君は自身の経験がその間違いの信憑性を深めてしまった。

世垓君にとってあの負はまごう事無き事実であり、真実。

それは私も同じだからこそ理解できてしまう。

世垓君が興味があるからとこの心理学科に来たからこそ、世垓君と話す機会が得られて彼を知ることが出来た。

それでも私が知っていることが世垓君の全てかどうかは分からない。

「さて…世垓君の状況が前者だとしたら、この連絡通りそろそろ私のもとに情報提供を求めて来るでしょうね」

女性がドアのところを見ると人影が映る。

「失礼します」

「どうぞ」

ドアが開かれる。そこで姿を見せたのは…

「ようこそ。森下所長」

「ありがとうございます。森下教授」


総理と会話して以来、彼は誰とも会話をしようとしなくなった。

それはこれ以上の情報は必要がないだろうと言う意味合いに取れた。

そのため彼の情報を新たに得る方法がなくなった。

すると以前の助手からあがった『強制的』な手段がより強く推進する意見が多くなった。

私もそれは理解できるけれども、人として良いことなのかと思うため反対派。

だからこそ自らの意思で受け入れてもらうようにするには、彼の抱える闇を晴らす必要がある。

彼から情報を得ることが出来なくなったのなら彼と接点のあるだろう人を探すしかない。

そのため彼の通う大学でもう一度調査を始めた。

しかし女学生から良い情報は得られたなかったことは、調査初期に把握できていた。

なら次に行うのは彼が所属する学部・学科の教授から情報を得ることを行うことにした。

そこで会ったのが…

「建前の喋りはここまで。久しぶり、冬子ふゆこ

「お互い下を持つ立場になるとこういうきっちりした機会も増えるのね。夏穂かほ姉」

なんの偶然か彼が所属する学部の学部長は実姉である夏穂だった。

「立ち話もなんだし、どうぞ」

「ありがとう」

夏穂姉が対面するように椅子とコーヒーを用意してくれる。

「冬子が来たという事は…世垓君のことね?」

「話が早くて助かるわ。ということは、彼が男として生き残っていることを知っていたという事かしら。なら、どうして私や類する研究機関に連絡しなかったの?」

「…本来であれば、世垓君のことを連絡しなければならなかったことは分かっている。だけど私に…それはできなかった…」

「…夏穂姉…彼は私たちのもとにいる。だけど、彼は何も話したがらない。分かることは女性に対してとてつもない嫌悪感を持っているという事だけ。私はそれでも人類を存続させるには彼自身の意思で協力してもらうべきだと思っているの。だから…彼について知っていることを話して」

私は夏穂姉に説得するように話すが、とても渋い顔をして口をつぐんだ。

「ど、どうして?嘉穂姉はこのまま人類が滅んでも良いと言うの?」

「…私は心理学部の教授の他に、カウンセラーという立場でもある。そして私は個人として世垓君の相談を受けていた」

「な、なら…彼について知っていることも多いはず。だから…」

「無理なの。これはカウンセラーとしてのルール、守秘義務によって言うことは出来ない」

一向に口を割らない夏穂姉に私は戸惑いを隠せない。

「今はそんな状況じゃないって夏穂姉も理解してるはず。どうして、言わないの?彼について知れば、彼が強制される以外の手段も…」

「それが無理だから言わないの」

「…え?」

夏穂姉は力強く私を遮る。

「きっと世垓君についての情報を伝えたところで世垓君が梃子でも動くことはないわ。そしてここで伝えてあなたたちが、世垓君への対応を変えれば私が情報を漏らしたことにすぐ気付く。するとどうなる?私は世垓君の憎む女性という存在と同じになる。そうなれば世垓君はさらに女性への敵意を強めて冬子の言う『自らの意思で協力する』ということがより困難になる…」

私は夏穂姉の話を聞いて、総理が彼から言われた言葉の一フレーズを思い出した。

『どうせ女はすぐ裏切るってこと知ってるんで』

夏穂姉の言う彼が憎む女性という存在。

それがここにその意味が含まれていると考えることが出来る。

続けて夏穂姉は言う。

「もしあなたが気付かれないようにするから教えてほしいと言っても、世垓君は必ず気付く。今の世垓君は常に気を張り詰めて極限状態になっていると思う。そんな世垓君は全ての一挙手一投足に警戒して、些細な変化も見逃すはずがない。だから私から世垓君の情報について教えることはないと思ってちょうだい」

「夏穂姉…」

「これは世垓君を守ると同時に冬子の意思を守ることに繋がる。理解してほしい」

夏穂姉の意思は固い。

今まで一緒に育ち生活してきたときは私の頼みを断ることなんてほとんどなかった。

こんな危機的状況で、個人の感情を優先している状況でないことはお互い分かっている。

それでもここまで意見を変えないのなら夏穂姉は意地でも彼について教えないだろう。

その様子は、彼が一切自分のことを話したがらないことに通ずる部分があった。

「…一応聞いておくけど、冬子たちが知っている彼の情報は?」

私が夏穂姉という情報が断たれたことから、これからどのようにして彼に理解してもらえるか考え始めると夏穂姉がそう聞いてきた。

なので公的機関にある情報や総理に話した内容、彼の母親が何も言わなかったことなどを伝えると、夏穂姉は顎に手を当て少し考えてから口を開いた。

「…本当に何も自己開示していないようね。まぁ、それもそうね」

「総理が彼から言われた協力するこの条件。これには彼の言う馬鹿な女というものが定義されていない。受け入れるにしても明確に対象が分からない以上、むやみやたらに手をかけるわけにもいかない。それに人類存亡の危機とはいえ国として人を殺すことが許されるはずもない。これが今の総理を悩ましていること。彼の言うこの馬鹿な女というの、夏穂姉は分かる?」

「正直それを言うのも世垓君の秘密を破ることにつながるから何も言えない」

「これもなの…?なら何が言えるというの?」

「守秘義務として言えない以上に…私は世垓君に同情してしまっている。個人の感情がこれを言えないようにしているというのもあるわね」

「それは…カウンセラーとしてどうなの?」

「あまり個人の感情を介入するのは喜ばれることではないけれど、どうしても世垓君のことは他人事には感じれなくて、どうしても感情移入してしまったの」

「………」

やはり彼の情報を夏穂姉から仕入れるのは難しい。

ここは一度諦めて、次の手を探さないと。

いつ彼が望まないことになるか分かったものではない。

「はぁ…邪魔したわね。かなり彼の情報を得るには手詰まりになっていたから、夏穂姉が頼りだった。だけど、ここまで何も得られないとは思わなかったわね」

「…ごめんなさい。期待に応えられなくて」

「大丈夫。ことがうまく進まないことなんてよくあることだから。それに…夏穂姉には夏穂姉の事情があるのもわかってる」

私はコーヒーを飲みほしてから椅子を立ち上がり、部屋を出ようと振り返る。

そしてドアに手をかけたところで、夏穂姉が声をかけてきた。

「あまり言えないけど、ヒントを一つなら言うわ」

「…なに?そのヒントというのは」

夏穂姉が一呼吸おいて、話す。

「冬子は知っている通り、私は男性嫌悪。そしてその要因は世垓君と似通っている、とだけ言っておく」

「………っ、なるほどね。ヒントありがとう」

私はそこから少し解を見出せる気がしたので、夏穂姉の顔を見て感謝をしてから部屋を出た。


冬子が去ってから、残ったコーヒーを飲みほして一息つく。

ふと…心の中で少し思う。

これが私のできる最大限世垓君と人類存亡のバランスをとった答え。

若くして地獄を背負ってしまった存在を深く知ってしまっているからこそ、一人の人間としてそれを裏切れない。

これは…あまりに非合理的。

人間という不完全に合理的で感情的な生命体。

そして理想に期待して、現実に裏切られて心を閉ざして諦めか敵視という判断をとる。

私も既に諦めに至ってただ生きているだけ。

だけど…世垓君は現実を敵視しつつも、理想を棄てきれず自分の理想を信じて生きている。

まだ若いからともいえるけど、純粋に理想を願って生きる姿を、諦めた私は応援する。

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女嫌いのラストマン クロノパーカー @kuronoparkar

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