第30話ユーメリアからの手紙

 ミハイル先生が留学生のみんなを最近ハマっているほろほろきのこ鍋の店へ外食しに連れて行った晩、出張から帰ってきた父上と家族水入らずの食卓を久しぶりに囲んでいるとデザートが終わった後、執事のピップルが二通の手紙を運んできた。


「えー、こちらは旦那様宛、もう一方はエル坊ちゃま宛ですね」


 父上には蝋で封印されきっちりと刻印まで押された封書、俺宛はしわしわのハガキだった。しかし、ちらりと横目で見ると消印は同じウルバーヌスだけど差出人は違う。


「ほほう、シエラ・ド・ランジェ嬢からか。はてさて、このわしに何用かな?」


 父上の封書に記された署名はシエラ・ド・ランジェ、俺の方にはユーメリアと雑に記されている。ユーメリアなんて知り合いに心当たりはないが、先日の祭り関係の人かもしれない。でも、こんなくしゃくしゃのハガキで寄こすようじゃ、おそらく大した用事でもないだろう。小城に帰ってから読めばいいと思い、俺はそれをキュロットのポケットにくしゃっと突っ込んだ。

 一方封書の方はどことなく重要そうな雰囲気を醸し出していたため、父上はその場で手紙と共に差し出されたペーパーナイフで封蝋を外しバラ模様の数枚の便せんをふむふむと読んだ後、少し困ったように眉間にしわを寄せた。


「うーむ、シエラ嬢がどうやらエルやユーリスと同じようなことを始めたようでな。是非とも今度の収穫祭のステージに出たいとのことなのだ」

「えっ、そんな簡単にほいほい出れないよね? ボクらだっていろんな地区のお祭りに行って修行してたのに!」


 ユーリス兄はバンっとテーブルを叩き、立ち上がった。


「まぁまぁ、ユーリスちょっと落ち着きなさい。席についてお茶でも飲んでな……うーむ、確かにわしとしてもそう簡単に許可するわけにもいかんのだが、このシエラ嬢は先日お前たちが呼ばれたウルバーヌス県の隣サルトゥスの領主であるサルトゥス伯ランジェ卿のご息女でなぁ。あそこは来週うちのルクスアゲルと友好都市の調印を交わすことになっておるのだよ」

「えー、そんなコネ参加許されるの!」


 今度は、俺が黙ってはいない! 息子である俺らだって、実際にパフォーマンスを観てもらってやっと許可してもらったってのに! 昨日や今日アイドル活動を始めたばかりの女の子がひょいひょい出れるなんてチート過ぎるじゃないか!


「まぁまぁ、エルもそう興奮するな。シエラ嬢も来週の調印式でこの屋敷にみえるからその時に詳しくお話したいと書いてあるわ」


 ふんっ、どうせこっちからは拒否できない予定調和的な儀礼的話し合いでさ、もう出ることは決まりきったようなものだろうに!

 俺とユーリス兄はテーブルに残された少し冷めたオレンジピールティーをふんふん鼻息荒くぐいっと飲み干し、文句を言い合いながら浴場へと向かった。


「全くシエラって子は、こんな勝手を通そうとするなんて一体どんな子だろうね!」

「うん、きっとわがままで非常識なお嬢ちゃんだよ。甘やかされていて何だって自分の思い通りになると思ってるんじゃね」

「エルもそう思うかい。あーあ、ボクらも来週会わなくてはいけないのかなぁ、ちょっと憂うつになってきたよ」


 ため息をつきながら先に湯船に向かったユーリス兄の後を追い、キュロットを畳んで棚に置こうとすると何やらカサっとした感触に気付く。そうだった、シエラとかいう失礼な子のことですっかり忘れ切っていたけど俺にもハガキが来てたんだった。何の気もなしにそのハガキの文面を確認し、俺の顔は凍り付いた。そこにある数行の走り書きには、『私のこと思い出した? ヲタ芸パップニストさん! 無断使用の上締め出すとはずいぶん偉くなったものね』と怒りに満ちた言葉が並んでいた。

 やっぱり、パップンのメンバーだ。そして、俺がトップヲタグループの一員だったことも知っている……


「おーい、エルー、裸のままでぼんやり突っ立って何やってるのぉ。風邪ひいちゃうから早くおいでー」

「あっ、今行くよ。ユーリス兄」


 ハガキをまたポケットに戻して慌てて湯船に直行し、ユーリス兄と並んで浸かっていてもさっきのハガキの文面が何度も頭でリピートされる。

 パップン、メンバー、ユーメリア、ユーメリアってまさか、あのゆめめ!? それなら、テント前でのあの剣幕も納得できる。【走れ走れ星の向こうへ】【ユニバースラブ、ウチらの愛が宇宙を救う!】で俺がソロパートを任されている部分は、両方ともゆめめパートだ。その部分を歌い終わった後、ゆめめはいつも人差し指をくるくるしファンの何人かを指さす。せららん推しの俺らには無関係だが、会場はさされたいファンの懇願の嬌声でいつも沸き立っていたものだ。

 何しろゆめめこと夢原琴芽は、パップン結成当時からの不動のエースと謳われ、俺の知る限りセンターは誰にも一度も譲らず一番人気をずっとキープしていた。おっとりホンワカ系のせららんと違い、いつも大きな声で元気はつらつキャラだったけど、声を荒らげる姿なんて見たことなかったから全く印象が重ならなかった。

 けど、俺がやったことを考えれば怒られるのも仕方がない話だ。

 あの日に思った通り、俺らの転生時期はかなり近いと思われる。俺がこっちに転生した後、あの会場でまた何か事故があったんだろうか? それとも、その後にゆめめの身に何かが? うー、気になる。ゆめめ自身のことも、あの後のパップンのことも。

 謝罪の言葉と共にあれこれ質問を書いた手紙をしたためたいところだが、このハガキには先方の連絡先が何も記されていない。ということは、こちらから連絡を取るのは不可能。あー、やっぱりあの時追いかけていくべきだったんだ。後悔したところでもうどうしようもないが、悔しそうに瞳をうるませて去っていったあの姿が脳裏に何度も浮かんでしまう。

 でも、ゆめめがフェスティバルの俺らのステージを観に来たのは偶然としても、あっちは何で俺がここに住んでいることわかったんだろう。住所を知らなくてもエアミュレン5のメンバー宛の郵便はルクスアゲル郵便局の本局にくれば不審物が入っていないかチェックされた後で、こっちに転送されるようになっているけど、このハガキにはしっかりこの屋敷の住所が書いてある。延々と考え、ぐるぐるとした思考の迷路に迷い込んでしまった俺は、ユーリス兄が「のぼせるからもうあがろう」と何度もかけてくれていた声にも全く気づかず、長風呂したあげくに湯あたりしてのぼせてしまった。

 脱衣場でのびた俺はユーリス兄に助けを求められたあのハガキを運んできた執事のピップルに抱えられ、子供部屋のベッドに寝かされた。そして、心配して付き添ってくれたユーリス兄と共にその晩は小城には戻らずそのまま屋敷で夜を明かしたのだった。


 その夜、思い出せないくらい久しぶりにパップンのライブの夢を見た。その中でせららんを含めた他のメンバーは全員シルエットで顔が見えないのにゆめめだけにははっきりとスポットライトが当たり、琥珀色の大きなどんぐり眼で俺のことをギロリと睨みつけてくる。そして、その顔はどんどんぐにゃぐにゃと歪んでゆき最後には満月のように煌々と光り輝く髪と瞳を持つ今の彼女、ユーメリアの顔へと変わっていった。そして、その瞳もまた射るような視線の矢で俺をざくりと突き刺す……

 翌朝、びっしょりと寝汗をかいて目を覚ました。ふと、壁の時計を見るともう午後に近いような時間だ。

 かなりの長時間眠っていたようなのに、ちっとも寝た気がしない。


「あぁ、エルもう起きていいの? すごくうなされていたんだよ。学校のことなら今日は日曜だから、気にしなくていいからね」


 フレッシュグレープジュースとココナッツパンのブランチの載ったトレイを運んで来てくれたユーリス兄が心配そうに顔を覗き込んできたが、俺を見守っていてあまり眠れなかったのか目の下にくっきりとクマができている。


「うん、大丈夫。ユーリス兄こそあまり寝てないんじゃない?」

「あぁ、ボクはいいのさ! それより可愛い弟がシエラ嬢のことでこんなに悩んでいるのが心配でならないよ……大丈夫だよエル、どんな意地悪な子が来てもお兄ちゃんが守ってあげるからね。」


 ユーリス兄はにこっと微笑み、ジュースのストローを俺の口まで運んでくれた。あぁそういえば、そっちの問題もあったんだ。うーん、貴族のわがまま娘のことなんかゆめめ問題に比べれば大したことないような気がしてきた。あーあ、この頼りになるすてきな兄ちゃんが、ゆめめ問題もサクッと解決してくれればいいのになぁ……いくら何でもそりゃ無理か。はぁ。

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