第26話秘められた努力
それなりの成果を上げることのできた海辺三連続の第一弾であるウーヌス村でのステージの後、宿で眠りに就いた俺は興奮のせいかまだ空が白み始めたばかりの夜明けの途中に目を覚ましてしまった。くたくたのメンバーたちはまだすっかり夢の中のようだ。アラニーなんかタオルケットを蹴っ飛ばして、鼻ちょうちんふくらましている。
「ははっ、昨日キャーキャー言ってた女の子たちに見せてやりたいよ。でもこんなでもやっぱ顔はきれいなんだよなぁ」
ちょんと爪でつついたら鼻ちょうちんはぱちんと割れたが、「うううーん」と寝返りをうっただけでアラニーは目を覚ましそうにない。レオはきっちりとした姿勢ですやすやと眠り、ウェンは少し浮かんでふわふわ眠り……あれっ、横にいるはずのユーリス兄がいない。トイレにでも起きたんだろうか、しばらくそのまま待ってみたけどユーリス兄は帰ってくる様子がなかったため、俺は音を立てないようにそっと部屋を出て宿のすぐ脇の海岸を散歩がてら探しに行くことにした。
すると、ザッザッザッという砂を蹴り上げるような足音と共に人影が俺の脇を通り過ぎていった。
薄明りの中目をこらすと、あれは運動着姿のユーリス兄だ。こんな早朝にジョギングしているなんて、今晩のステージに備えてゆっくり休んだ方がいいのに。自分も起きていることを棚に上げて、俺はユーリス兄を止めるために追いかけて走り始めたのだがゆっくりのように見えて意外と早くこっちは砂浜に足を取られてしまって思うように動けずなかなか追いつかない。
「おーい、ユーリス兄―待ってよー!」
思わず声を上げると、振り返ったユーリス兄はやっと俺の存在に気付いて足を止めてくれた。
「あれーエルどうしたの? よく眠れなかったの」
「ユーリス兄こそ、こんな時間にジョギングなんかしてどうしたの。今日もとなりのドゥオ村でステージがあるんだよ! こんなことしてたらやる前に疲れちゃうよ」
「ふふっ、大丈夫大丈夫! ジョギングや筋トレは毎朝の習慣だもの。へっちゃらだよ。まぁ砂浜は初めてだけど、足腰が鍛えられそうだよ」
よく見てみれば、止まったように見えていたユーリス兄の足元はその場でずっと軽快な足踏みをしている。
毎朝、そういえばグループ加入当初こそ練習後に息切れしてへたり込んでいたユーリス兄だが、最近は終わった後もドリンクを飲みながらアラニーたちと談笑している。慣れただけではなくて、体力づくりのために人知れずこうして努力していたんだ。俺はキャラ被りや人気のことで後から加入していたユーリス兄に対して何となくモニョっていた自分を恥じた。俺がそんなくだらないことに気を取られている間も、ユーリス兄は努力を重ねていたというのに。リーダーたる俺もしっかりせねば!
「ユーリス兄、俺も一緒に走るよ!」
「はははー、エルがこのボクについて来れるのかなぁ。よーし行くよー、どーん」
「あっ、ずりぃ。俺まだ用意してねぇのに、そんなんフライングだぞ」
「はははー、文句があるなら捕まえてごらーん。ほーらこっちだよー」
それから朝日が天高く上るまで、俺たち兄弟は白い砂を蹴り上げながら追いかけっこを繰り広げたのだった。そして、移動したドゥオ村でのステージはチラシ配りの成果と前日のウーヌス村での評判もあり、倍以上の観客を集めた。その中には前日の握手会に参加してくれた六人の姿もあったんだ。
となり村とはいえ、遠征してまで俺らのパフォーマンスを観に来てくれた。そのことは俺らの胸を一層燃え上がらせ、キレッキレのダンスは歓声と共に激しく燃え上がるようだった。ステージ後の握手会はといえばやっぱり俺は最下位の三人だったんだけど、今回は父上とモーレンのほかに一人来てくれたんだぜ。昨日の眼鏡大学生の内、男子大学生の方がな!
「昨日ウェン殿から聞き及んだのですが、このアイドルグループというのを発案されたのは貴殿とのことで、わたくし実に感銘を受けました! 精霊についての論文を書き終えましたら、ぜひともアイドルの研究に着手したいと存じます!」
スチャっと上げた眼鏡のレンズがライトに照らされてきらりと光る。
うーん、実に賢そう。こんな賢マンに握手を求められるとは、ある意味レアだぜ! まぁ、俺のアイドル性についてもおいおい学んでもらわねぇとな。
「はいっす! ありがとうですっ。アイドルという存在は人を楽しめるためのものですから、あなたに少しでも楽しんでいただけたら光栄至極です!」
ぎゅっと握手した手をブンブン振り、精いっぱいの明るい笑顔で彼を見つめる。ウェンにしたみたいに照れてはくれなかったけど、賢マンは俺につられてかちょっと引きつったようなぎこちない笑顔をうっすらと浮かべてくれた。
あぁ、すげぇ、ちょっと胸がほっこり熱くなったぜ。人の笑顔って、こんなにも力が湧いてくるんだなぁ。
もっともっと、いっぱいいろんな笑顔が見てぇなぁ。
「ではっ、我々二人は早朝に王都に戻らなくてはならぬゆえ明日のステージはお邪魔できませんが、これからのご活躍も期待しておりますぞ」
きっちり90度のカッチリとしたお辞儀をしてくるりと踵を返し立ち去る賢マンと賢ガールを手を振って見送る俺の目の端には、じわじわと熱いものがにじみ出てきた。それをごしごしと拳でこすりながら、俺は己の胸にしかと誓う。この喜びを、もっとたくさんの人たちと分かち合うんだ。コツコツコツコツ一人、また一人と笑顔の明かりを灯し続けて、いずれはこの世界中の人と笑顔を交わし合えるように。
言葉で確認しあわなくても、メンバー、そしてサポートしてくれるみんなも同じ思いを抱いていることは伝わってくる。ステージの一体感がそれを証明してくれるんだ。
「キャー、待ってました。エアミュレン5!」
「アラニー、レオ、ウェン、ユーリスすてきーエルもがんばー!!」
「ゆーめーみーるちっからはー♪」
今回の連続公演皆勤賞の女性三人は歓声ばかりか歌まで覚え、ノリノリで応援してくれる。俺だけすてきじゃなくがんばーだったのは、まぁ気になるっちゃなるが。
もうファンと言ってしまっても箸使えないんじゃないかと思うほどの熱い三人の盛り上げのおかげもあり、三日目のトーレス村でのステージは今までで一番の観客動員で終えることができた。こうしてエアミュレン5の海辺三連続ツアーは、一応大盛況のうちに幕を閉じることになったのだった。
各地方ごとにある若者向けのレビュースクリーンでも俺らエアミュレン5は耳目を集め、(アイドルってなんだそれ)(若いかっこかわいい男の子たちが激しいダンスと歌を見せるの)(えー男かよ、イラネ)(私はめっちゃ見たいー、うちの町にも来ないかな)(うちは海辺の友達にペンカメラで撮った動画見せてもらったーブレッブレだったけど、それでもわかるくらい真ん中の子が天使かわいいの)等々の書き込みがあることを、ウェンが親戚との風通信で教えてくれる。
そんな若者コミュニティの力もあってか、父上の元へはエアミュレン5の祭り参加への依頼が次々と舞い込み、ついには初の領地外の祭りへも初参加することが決定した。
「今回は別の出張と重なっていてな、わしとモーレンは残念ながらついてゆけんのだよ。心配ではあるが仕方ない……代わりの付き添いにはミハイル先生が行ってくれるように頼んでおいたぞ」
異種族特区は一応領地内だったから、俺がこの外へ出るのは初めてだ。というか、レオもミュッチャもここと特区しか知らないし、ウェンもずっと森、ユーリス兄の行っていた僻地も端っことはいえ領地内だから、王都から来たアラニー以外は全員が俺と同じく外へ出るのは初めてのはずだ。ワクワクする小旅行といいたいところだが、ミハイル先生が付き添い……道中もめっちゃ勉強させられそう……
「さぁみなさん! 来週行くウルバーヌス県はかつて妖精騎士エルフィリオが暮らし、初代領主を務めた土地でもあります。出発前に予習、道中で復習、ついたら検証をしましょうねー!」
やっぱり……
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