第25話アイドルってなんだべ、デビューステージは涙色
ひゅーぱぁぁぁん!
まだ青みがかった夜空に舞い踊った花火を合図に、祭りのメインステージである広場では次々と出し物が繰り広げられた。まずは地元のちびっ子による鼓笛隊の演奏と行進、わーっと親御さんたちの暖かい歓声が響く、お次は地元婦人会の伝統の踊りの披露、両手に持った布がたどたどしく動くたびに「がんばれー」と応援の声と拍手のシャワーが降り注ぐ。その後はいよいよ俺ら、エアミュレン5の出番だ。
思っていたより小規模だし、何も恐れることはなかった。父上や母上のような大人にはウケないかもだけど、まずは若者の心から掴んでいこう! それにこんな牧歌的な観客たちだもの、ピンとこなくてもあたたかく見守ってくれるに違いない。
「エアミュレン5行くぞー!」
「おー!」
リーダーである俺の掛け声を皮切りに、全員重ねた手をパッと夜空に掲げた俺らはタタっとステージの中央まで走り出した。
この日の観客たちの眼差しは、きっとずっと忘れられないものになるに違いない。そんな俺の予想は当たった。悪い意味で。
俺らはがんばった。かなりがんばったんだよ……正直、今までのどのリハーサルよりもいい出来だったし、誰一人音程も外さず、ステップの小さなミスすら一つもなかった。アラニーの声は伸びやかでリューリーの演奏と見事なハーモニーをかもし出してたし、レオのダンスもいつになくキレッキレでなめらかにステップを踏んでいた。ウェンもユーリス兄も、みんなみんな目を輝かせて今の自分にできる最高のパフォーマンスを繰り広げてたんだ。十代の、半分以上がローティーンのアイドルグループのデビューステージとしては、かなりハイレベルだったと思う。もし自分が客席にいたのなら、きっと心を一瞬で掴まれただろう。なのに、それなのに、さっきまであんなにあたたかい拍手や声援を送っていた町の観客たちは、一人、また一人と広場から立ち去って行く。その目は未知のもの、理解の範疇を越えたものを見る戸惑いにあふれていて、喜びの光はどこを探してもどんな小さなきらめきすらも見つからなかった。
「ありがとうございました」
最後の決めポーズを終え、深々と頭を下げた俺らエアミュレン5の前にいたのは後ろで演奏していたリューリーとステージ裏で見守ってくれていたジリオン、ミュッチャを除いたたった五人の観客だった。そのうちの二人は父上と侍従のモーレンという身内、他三人は「えぇっ、えあっ、何ぞ」ととなりのお爺さんに何度も聞き返すお婆さんとこっくりこっり舟をこぎ半分眠っているお爺さんの老夫婦と孫らしき小さな男の子。
腕を組んだ父上はしかめっ面で、モーレンはいつもと同じ無表情。パチパチパチと拍手をしてくれたのは、唯一の純粋な観客といえる小さな男の子だけだった。
「あははーみょうちきりんでびゅんびゅんしててじっちゃんのくれた空想生物絵巻物で見た忍者精霊みたいな動きとお歌でなんか面白かったよー! お兄ちゃんたち不思議だねー。またお祭りに来てねー」
何度も何度も妄想で浮かべていた憧れの眼差しや称賛の声ではない。けれど、唯一この少年の心には何か引っかかりが出来たんだ。みょうちきりんだろうが、面白いとは思ってもらえたんだ。あぁ、汗が目に入ってきた。夏の終わり、顔をなでる夜風はもう冷たいのに、激しく踊ったからまだ汗が出てくるよ。うるんで滲む目で見つめたその光景を、俺は決して忘れることはできないだろう。
小城に戻ってから、次の祭りに向けてのリハーサル後に俺らは何度もミーティングを重ねた。
アイドルの沸き立つステージを知らない他のメンバーたちも、さすがにあの寂しい光景は胸にこたえたらしい。
「若いヤツらは屋台とかで働いてて、観客が年寄りとチビばっかだったからなー。ちんぷんかんぷんだったのかもな」
「うん、ぼくら若者がいいって思った歌やダンスなんだから、他にもこういうのが好きな同世代はいっぱいいるはずだよー! あー、王都ならきっといるけど、次も田舎だよねー」
「そうだね、やはりステージにまずは観に来てもらわないといけないね」
いろいろと意見を交わすうちに、俺は自分がかつてドルヲタになるきっかけとなったあの出来事を思い出した。そうだ、チラシ配り、そして観客、未来のファンとのふれあいだ。
「よし! 宣伝活動だよ。まずはチラシだ」
ガッツポーズで宣言すると、ミュッチャが右手を振り上げ応援してくれる。
「ふんすっ、ミュッチャ可愛いの作る! みんな練習」
こうして鼻息が荒いときのミュッチャは、本当に頼りになるんだ。
「ありがとう、俺らは前以上のすげぇパフォーマンス出来るようにがんばるよ!」
「おうっ、海辺のヤツらをノックアウトしてやろうぜ!」
熱の入った練習は、俺ら五人の結束を高めリハーサルとは思えないほどの完成度の高いパフォーマンスはステージ演出担当のジリオンも「完璧だ! このままやれれば、海辺での成功は約束されているぜ」と納得のうなずきを見せてくれるまでになった。
前回と同じ轍は踏まないぞ! 俺らはこの世界初のアイドルなんだから!
「こんにちはー、アイドルグループのエアミュレン5でーす。今晩砂浜のステージで歌とダンスのパフォーマンスします! ぜひ見てくださいねー」
無言でチラシを手で払われても、俺は笑顔を崩さない。だって俺、アイドルだもの!
「へー、暇だったら行くねー」
「ありがとうございまっす! ぜひぜひー来てくださーい」
受け取ってくれた人には、渾身のエンジェリックスマイル! アイドルなんだもの、そうだもの!
こうして迎えた二度目のステージは、前回とは違い数十人の若い女性たちが駆けつけてくれた。地道なチラシ配り、侮るなかれだ。
「きゃーレオーカッコいいー! ふふっ」
「アラニーかわいいー」
「良かったらステージの合間に応援したいなと思った人に声をかけてください」と少しでも興味のありそうな人には片っ端に言っておいた効果もあって、黄色い歓声まで飛んできた。まだ少数ではあるし照れくさそうに笑い交じりの小さな声ではあるけれど、アイドルのステージっぽさが出て来たぞ。これは実に喜ばしいことだ。たとえ俺に対するものがなくても……ひとつもなくても……
そして、そこそこの歓声と拍手ときらきらのお目目と共に二度目のステージを終えた後、俺らには初のファンサービスイベントが待っていた。それは、この世界初のアイドルとの握手会だ!
えーと、来そうなのは歓声を上げていたあの子とあの子と後はー……観客全部とは言わないまでも、十数人は来るはずだよな。そんな皮算用をしていた俺らの目論見は甘かったようで、実際に列と言えないくらいの列に並んでくれたのはたった八人だった。そこから自分の握手したい二人を選び、俺とユーリス兄と握手したのはおなじみの二人……そう、父上と従者のモーレン、しかしユーリス兄のところはそれだけでなくもう一人、お母さんに連れられた幼稚園児の女の子も並んだ。
「お兄ちゃんかわいかったー」
「わぁ、ありがとうっ」
ユーリス兄のウィンク&おでこにピースポーズに照れた女の子はもじもじとお母さんの影に隠れた。ユーリス兄、ちゃんとアイドルしてんじゃんか。俺はサービスしようにも父上とモーレンだけだし……
ウェンの列には王都の大学で精霊の研究をしているという瓶底眼鏡をかけたいかにも優等生然とした女子学生と男子学生。
「我々の研究テーマに、精霊とアイドルという新しいテーマが出来ました」
「それはありがとう! いい論文書いてねっ。楽しみにしてるチュッ」
「はわわ、はひぃ」
うっとりするような良い香り付きの流し目と投げキッスに、女子ばかりか男子学生もずきゅんとやられちまったようで、眼鏡の分厚いレンズがぴきぴきひび割れそうだ。
アラニーとレオの元には最多の六人、それに次いでレオには三人。キャーキャー女子三人は人気トップの二人を選び、大学生ズと幼児が二人目にアラニーを選んだからだ。
ふーむ、どうやら俺のセンターを選ぶ目は正しかったらしい。身内以外に誰からも握手を求められなかった俺だけどな! 悔しくなんかないさ! だって俺はリーダーだもの! グループ全体を盛り立てるのがリーダーの役目さ! そうさのさ。決して、悔しさのあまりギリギリと歯ぎしりなんかしてないんだからねっ!
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