第九章 潜行 (1)

≪これまでのあらすじ≫

銀河鉄道に乗って旅に出たルルトアは憧れの魔法師たちと知り合う。

初日の観光で事故が起こったことを気にしているルルトアを案じて、二日目の観光に同行することにした魔法師のクリスとリュカ。しかし、その途中で遺体らしきものを発見してしまう。彼らは情報収集のため警備担当に協力を申し出た。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 惑星ラスタバン国立公園内の水路に浮かぶ遺物発見から、待つことおよそ十五分。クリスとリュカは無事に観光船へと戻ってきた。

(よかった)

 だが、ほっと安堵したのも束の間。ルルトアが駆け寄る前に、興味津々で待ち構えていた他のツアー客らが二人を取り囲んでしまった。

「何か分かりましたか」

「やっぱりあれ……人なんだよね」

「いったい何があったの?」

 矢継ぎ早に質問攻めにする大人たちで人の輪ができてしまい、近寄ることができないルルトアは仕方なく輪から少し外れたところで聞き耳を立てた。

「浮かんでいたのは間違いなくご遺体でした。僕らの知る人物ではありませんでしたが、エリスレアの住人で、ガルディアの乗客のお一人です。他殺と判断されましたので、地元警察はこれから銀河鉄道運行管理センターの協力を得て捜査を行う予定です」

 途端に眉をひそめ、顔を見合わせる大人たち。

「そのため、残念ながら遺跡の神殿内部や散策路は一時的に閉鎖されます」

 甲板にいた人々のざわめきが一層大きくなった。

「閉鎖ってことは俺たち中に入れないのか?」

「えっ、なんで? せっかく来たのに」

「我々には関係ないだろう」

 不満の声が高まっていく。

「まだ犯人の足取りはつかめていませんので、皆さんに危険が及ばないよう施設内は立ち入り禁止にするとのことです」

「近くに犯人が潜んでいる可能性もあるってことか」

「それなら、まぁ……」

 クリスの説明に頷く者もいたが、無理難題を口にする者もいた。

「あんたらの魔法でどうにかならないのか?」

「さっさと犯人を見つけ出して捕まえてくれ!」

「それは……できません」

「なんでだよ! 庶民の言うことは聞けませんってか?」

「いえ、そうではなく……」

(勝手なことばっかり言って! 魔法師を何だと思ってるのよ)

 ルルトアは憤慨したが口には出さず、ぐっと堪えた。困惑を滲ませつつも丁寧な態度を崩さずに耐えているクリスたちの邪魔をしたくなかったからだ。

「残念ながら魔法は万能ではありませんし、我々に事件捜査の権限はありません。勝手なことをすれば皆さんにも迷惑がかかってしまいますから、おとなしく管理センターと地元警察の指示に従いましょう」

「アカデミーには俺たちの税金がたっぷり使われているんだろ? だったらこんな時ぐらい役に立ってくれよ!」

「もちろんできることがあれば協力は惜しみません。ですが捜査機関の指示に逆らうわけにはいきませんから」

 理不尽な言い様にも穏やかに対応しているクリスを見ているとキリキリと胸が痛む。

(魔法を使わない人って、どうして……)

 最初はすごい、カッコイイ、羨ましいなんて言っていても、そのうちなぜかあの子はずるい、卑怯だと言い出す。なんだか気持ち悪いと言う人もいた。能力があるんだから人の役に立て、それができないなら無意味だ、無能だと貶す。

(魔法が充分世の中の役に立っているから、今こうして楽に他の銀河系まで旅行ができているのに)

 胸の内にモヤモヤを抱えて歯噛みしていると、不意にポンと軽く肩を叩かれた。

(えっ……誰?)

 驚いて振り向くと、いつの間にかそこにジャンカルロが立っていた。隣にメディーレもいる。もっと後ろで静観していると思ってたのに。

 ジャンはそこからさらに一歩前に進み出ると、彼らに背を向けている人々の輪に向かって声をかけた。

「まぁまぁ皆さん、少し落ち着きましょう」

 よく通る声と愛想の良い笑みが人々の注意を惹き、耳目を集める。ちょうどそこに流れてきたアナウンスが施設の一時閉鎖と、船がこのまま入り口まで引き返すことを伝えてきた。

「お聞きの通りです。残念ですが、クレームをつけて無理やり中に入っても、万が一犯人と出くわして傷を負ってしまったら損ですしね。捜査員の指示に従わなければ捜査妨害、悪くすると共犯を疑われて身柄を拘束されてしまう可能性だってあります。そうなると当然列車の出発時刻には間に合いません。我々としては余計なリスクは避けるべきじゃないでしょうか」

 ジャンカルロの言葉に大人たちが再び顔を見合わせる。互いの意思を探るように。

「……まぁ、それもそうか」

「確かに旅先での面倒事は避けた方が賢明でしょう」

「こうして間近で遺跡を目にすることはできましたしね」

 興奮に満ちていた周囲の空気が瞬く間に薄まり、波が引くように人の輪が解けて散らばっていく。

「えぇ……なんで?」

 ルルトアは呆気に取られてポカンと口を開けた。

 そんな姪っ子を見てメディーレが苦笑している。

「ま、よくあることだ」

「でもあの説明でいいなら、クリスにあんな言い方しなくたって! ジャンだって当たり前のことしか言ってないのに」

「発言の内容じゃないんだよ。それなりに社会的地位のありそうな――――大人の、男性の言葉しか耳に入らない人間が一定数いるんだ、この世には」

「は!? 何それ、有り得ない。失礼すぎる」

 宥められても到底納得できる言葉ではなかったが、

「そうだな。まったく失礼な話だが、まだ若いクリスがどれだけ正論を述べたところで軽視されることは少なくないだろう」

 ふと見ると、クリスがジャンに礼を言って握手をしていた。

「そしてジャンもな。昔はよく上に噛みついて、愚痴ってたよ」

「……あのジャンが?」

 趣味のことになると饒舌でちょっと鬱陶しいけれど、いつも陽気で温厚な、やさしいおじさん。ルルトアにはそんな側面しか見せたことがないのに。

「ああ。あと、打ち合わせとかスポンサーとの顔合わせで無視されがちなわたしの代わりに、あいつがいつも怒ってくれた」

「…………そうなんだ」

 こういう何気ない会話で昔の話を漏れ聞くたびにルルトアは思う。この人は、わたしの伯母はいったいどれだけの苦難を乗り越えてきたのだろう。そして、きっと父も。

(わたしと同じくらい……ううん、わたし以上に魔法が大好きだったのに魔法師になれなかったパパも、きっといろいろ乗り越えてきたんだろうな)

「もちろんさっきの人たちに悪気はない。差別とも思ってないよ。ただ、気づいていないだけなんだ」

「気づいてって、何に?」

「彼らが無意識のうちに抱いて己の支えにしている社会での優位性など偶然がもたらした結果で、ある日突然失う可能性があるってことさ」

 彼女はどこか遠い目をして、悲しげな笑みを浮かべている。

「わたしも気づいていなかったからな。故郷の星から逃げ出すまで」

「…………」

 ルルトアが言葉を失い、黙って伯母の傍らに立ち尽くしていると、女性にしては大きな手がそっと肩を抱き寄せてくれた。その手は温かかった。五年前のあの日――――両親の葬儀のときと同じように。



 こうして早朝のツアーは中止を余儀なくされた。

「楽しみにしてたのに、残念だったね」

 その代わりと言ってはなんだが、ガルディアに戻ってくる途中、クリスが慰めの言葉と共にきれいな髪留めをプレゼントしてくれた。

「これ、昨日うちの先輩が怖がらせちゃったお詫びに。一緒に観光したあとで渡そうと思ってたんだけど」

「えっ、いいよそんなの! 悪いよ」

「安物だから気にしないで」

 手渡された小さな箱の中には銀色にきらめく小さなヘアピンが収まっていた。ピンには直径1.5センチほどの丸い飾りが二つ並んで付いていて、その表面にはピンク色の模造石が嵌め込まれている。

「可愛い」

「その……気に入ってもらえたかな? 付けてくれると嬉しいんだけど」

「……もちろん!」

 嬉しくないわけがない。

「ありがとう、クリス」

 ルルトアはさっそくヘアピンを髪に留めた。この場では鏡で確かめることはできないけれど、あまり好きではない赤髪が少しだけきれいになった気がする。

「よかった。よく似合ってるよ」

「そう?」

「それで、一つだけ聞いておきたいんだけど、例の重力制御装置が壊れた事故のとき、その場所にどのくらい人数がいたか覚えてる?」

「人数? どうして?」

「もしかすると近くに犯人がいたんじゃないかと思って。その人物と今回の犯人が同じとは限らないけど、仲間かもしれないと思ったんだ」

「じゃあやっぱり乗客を狙ったテロってこと?」

「まだ分からない。でもいろんなケースを想定しておこうと思うんだ。覚えていることだけでいいから、もう一度詳しく教えてくれる?」

「うん、だいたい分かるよ」

 ルルトアは昨日の出来事を反芻しながら、手首に付けているデバイスを立ち上げ、メモを開いた。

「あの事故……というか事件が起こったあと、帰りのバスの中でツアー参加者のことは注意深く観察してメモを残しておいたの。この中にわたしたちを外に放り出そうとした犯人がいるかもって思ったから」

 このメモが果たして役に立つかどうか定かではなかったのだが、やっぱり残しておいてよかったと内心思った。

「あのときのツアー参加者はわたしたちを除いて十五人。そのうち四人は近くのコロニーから遊びに来た家族連れだったみたいで、軌道エレベーターには来ないで地下都市の繁華街の方に行っちゃったけど」

 頭の中で整理しながらメモを読み上げていく。

「一緒に戻ってきたのは十歳ぐらいの女の子がいる家族と、四十代ぐらいの夫婦一組。それから三十代ぐらいの女性グループ四人。あとは個人で参加していた男女一人ずつだったよ」

「他にお客さんは?」

「それが周辺の定期船や観光船があまり来ていない時間帯だったみたいで、人は少なかったの。配置されているスタッフもロボットだけだったし。ざっと見て二、三十人ぐらいだったかなぁ。そのうちの何人かとすれ違ったけど、他のツアー客はわたしたちと入れ替わりに帰っていく人が多くて、事故が起こったとき近くにいたのは同じツアーの人だけだったの。だから最初は見学フロアの真ん中あたりにいたんだけど、男の人に端まで行って覗いてごらんって言われて」

 話しているうちにだんだんと当時の状況を思い出してきて、そのときと恐怖と緊張が甦ってくる。

「火口を覗き込んでたら急に身体がふわっと軽くなって……バランスを崩しそうになったとき、足元に魔法陣が出てポンッと飛ばされたの」

 話しながら、思わずぶるりと四肢が震えた。

「そうか……」

 この話題が本当に参考になるのかルルトアには判別がつかなかったが、クリスは何やら真剣な面持ちで考え込んでいる。

「警備ロボットは故障だって言ってた?」

「故障? うーん…………故障とは言ってなかった気がする。あんまりはっきりとは覚えてないけど」

「周囲の人もパニックになってたんじゃない?」

「そうでもないと思う。飛ばされそうになったのはわたしたちだけだもん。他の人たちもびっくりはしてたけど……あ、そうそう。同じツアーにいた人たちのうち一組はクリスも会ったことあるよ。ほら、ユリアンさんたちとゲートで初めて会ったときにメディーレ伯母さんと話してた人」

「ああ、作品のファンだって興奮してしゃべってた……」

「そうそう。ちょうど同じツアーの人たちと戻ってきたところだったから」

「他に誰か気になった人はいる?」

「えーとね、一人で来ていた男の人と女の人はどっちもちょっと気になったし、今でも怪しいかなって思ってる。エリアの一番端まで行ったのはその男の人に勧められたからだし、女の人は装置が復旧してから声をかけてきただけなんだけど……なんというか、印象が薄すぎるのが逆に気になって。全員の服装とか髪型をちゃんとメモに残してるのに、今読み返してみてもその女の人のことだけふんわりしたことしか書いてないの。普通の服とか、どこにでもいそうとか……なんでだろう?」

 自分で書いたはずのメモに違和感を覚えて首を傾げる。

 例えば伯母のファンだと言っていた女性のことは髪型や少し目立つ口元のほくろのことも書いてあるし、旦那さんに愛称で呼ばれていて夫婦仲がよさそうだったということを覚えている。メモにもちゃんとそう書き足してある。なのに声をかけてきた女性に関してだけは「すぐに忘れてしまいそうな感じ」といったあやふやなイメージだけで、具体的な特徴などがまったく書かれていないのだ。

「その人は帰ってくるときずっと近くにいたはずなのに、ゲートの手前で突然いなくなったの。気づいたら姿が見えなくなってた。でも、わたしがクリスたちと話している間に伯母さんたちがその人とぶつかったって聞いて、先回りされたみたいでなんだか気味が悪くなっちゃって。ただの偶然かもしれないんだけどね。」

「……………………」

 考え込んでいるクリスの姿に不安が募り、急に申し訳ない気分になってくる。

「ごめんね、あんまり役に立たなくて」

「いや、充分だよ。ありがとう、助かった。参考にするね」

 慌てて謝るとクリスは思考を中断して答えてくれたが、さすがにこれは社交辞令だろう。

「あのっ! わたしにも何か手伝えることある? ツアーの人たちをどこかで見かけたら報せた方がいいかな?」

「それはありがたいけど、危険な相手かもしれないから絶対に一人で接触しちゃダメだよ。事件のことは僕らが調べるから、あんまり気にしないで」

「でも、殺人犯か、その仲間がこの列車に乗っているかもしれないんでしょ」

 自分たちも被害に遭いかけたのだから他人事ではない。それに、もしもテロリストたちが列車に何かしたら大惨事だ。そんな重大なことをクリスたちだけで解決できるのだろうかと心配になる。

 旅はまだ始まったばかりだというのに。

「気にせずにいるなんて無理だよ!」

 さっきのように「魔法師のおまえたちがなんとかしろ」と彼らが責め立てられるところは見たくない。卑怯なテロリストのせいで、無関係な自分たちが肩身の狭い思いをするのも我慢できない。そういう時代だからとか、社会とはそういうものだからと言われても、納得できないものはできないのだ。

「わたしも少しでも力になりたい!」

「ありがとう。でも本当に無茶はしないで」

 改めて念を押されてしまったが、ルルトアは密かに列車内の探索を始めることを決意した。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る