第18話 少年の言葉、少女の真実

 全てのきっかけは多分、両親の事業が失敗したことだと思います。


 僕の両親は、自身の仕事に誇りを持って取り組んでいました。自宅が職場だったので、両親の働く姿は僕たちもよく見ていたんです。

 一生懸命働く両親が、僕も椿も大好きでした。


 でも――僕たちが小学二年に上がったころ、両親の事業が失敗したんです。


 大量の借金を抱え、親戚や知り合いに頭を下げながらなんとか復帰しようと奮闘していました――が、結局、両親の事業は破綻しました。


 それでも両親は足掻きました。

 仕事が誇りだったんです。それまでの自分たちの功績や繋がりを、全てなかったことにしたくなかったんです、きっと。


 それで――両親は、いろんなセミナーに参加し始めました。事業の新興のための人脈や資金集めに奔走していたんですが――そのときに詐欺に遭ったんです。どん底に落ちて、またさらにそこから下に落ちて、両親にはもう這い上がる力も残っていませんでした。


 母は精神的に病んでしまいました。父は、そんな母を救うためにセミナーで知り合った人からとあるカウンセリングを勧められたんです。でも、そこが最後の罠でした。


 勧められたカウンセリングの正体は、『幸福人間になる会』というカルトでした。


 その名の通り、「幸福な人間」になるための会です。でも――その実状は、信者たちを洗脳し、過激派組織の工作員にするための組織でした。


『幸福人間になる会』には、幸福になるための厳しい戒律があって、そのうちの一つに「双子は吉兆であるため片割れはないものとして扱う」というものがあったんです。


 両親は、自分たちの事業が失敗した理由は、僕と椿にあると断定しました。


 それから両親は、体の弱かった椿をネグレクトし始め、最初から長下部家の子供は僕一人であるかのようにふるまい始めたんです。


 椿は、勝手に家から出ないように両足の腱を切られ、両目も潰されました。


 食事も部屋の掃除も碌にされなくて、椿は次第に弱って行きました。


 僕は、そんな現状を見て見ぬ振りできませんでした。食事をこっそり運んだり、椿が泣いていたら慰めたり――椿が望む限りのことは叶えてあげました。


 一緒に住んでいた祖父も、「お前たちはおかしい」「いい加減目を覚ませ」と両親を叱責していました。


 だけど――


 ある日の夜、両親はついに、椿の殺害に乗り出しました。


 椿の殺害は、僕と祖父で阻止しました。

 ――結局、祖父はその際死亡し、両親は逮捕されました。

 僕と椿二人だけが、取り残されました。


 ……僕が最初から、椿を連れて逃げていればよかったんです。そうすれば、両親は手を汚すこともなかったし、祖父が死ぬこともなかった。


 僕のことはもう、どうなってもいい。

 妹を助けてください。


 椿を助けるためなら、僕は死んだって構いません。



 目の前の少年は、目を腫らしながら朽那将宗に訴えた。

 たった一人残された家族のために、自分の命を差し出すとすら言った。


 ――愚かしいな。


 例えどんな状況であれ、自らの命を差し出す行為以上に愚かな行為はない。


 だが――朽那は興味を示した。


 一つ、イイことを思いついた。


 霊的に、双子は本来二人で一つの存在とされる。

 それもこの双子の場合は陽と陰――男子と女子だ。


 本来一つの存在であるこの双子の霊気を同化させたなら、一体どうなるのか。

 朽那の探究心がそそられる。

 色々と試したいことを実行する絶好のチャンスだ。


 朽那は、長下部弘樹からの依頼を受け入れた。


 手始めに、弘樹を鬼人種化させた。そしてその肉体の一部を椿に与えた。

 ただの人間である椿に鬼人種の霊気を持った肉体を与え続ければ、肉体が崩壊する恐れがあるため、希釈した血液を与えて少しずつ体を慣らしていった。


 そして次第に椿の体が弘樹の霊気に馴染んで行き――ついに弘樹の肉体を彼女に与えることとなった。


 精神的負荷を抑えるため、彼女には彼女が口にしているものの正体を語らなかった。霊気の変化は精神から来ることもあり、本来なら人の肉を食っているという自覚を与えなくては霊気の大きな変動は起きないのだが、致し方ない。


 朽那の予想としては、このまま弘樹の霊気を取り込み続ければ椿は鬼人種化する。鬼人種の霊気の本質は「侵食」だ。他人の霊気を自身の霊気で上書きし、生き物としての在り方を変える。鬼人種が人間を鬼人種化させるメカニズムはそれを利用している。


 通常の鬼人種はこういったことは行わないが、弘樹の肉体は椿が食しやすいことを考えて様々な料理に調理された。詳しいことは割愛する。


 弘樹の血も肉も内臓も眼球も、ありとあらゆる部位を、椿はついに全て取り込んだ。


 その結果、朽那も予想できないモノが出来上がった。


 朽那の予想は、半分当たって半分外れていた。

 椿は、「半鬼人種」という存在として生まれ変わった。


 確かに、双子は霊気的には同じ存在と言える。しかし――実際は違う人間だ。体質や健康状態、経験や趣味嗜好、それらが全く同じであるわけではない。


 鬼人種の弘樹と人間の椿、違う存在でありながら同じ霊気の二人を霊気的に融合させた結果、「鬼人種の霊気と人間の霊気が同時に存在している」状態が誕生した。


 先にも言った通り、鬼人種の霊気は人間の霊気を上書きして鬼人種化させる。だが、今回は霊気の上書きが発生しなかったのだ。


 要因は様々考えられる。


 人肉を食しているという認知がなかった故に完全な鬼人種になり得なかったのかもしれない。


 同じ霊気なのに鬼人種と人間のソレであることからバグを起こしたのかもしれない。


 ――いや、今は何だっていい。

 ――同物同治も利いたようだ。潰された目も足も復活している。


 成果は予想以上だ。


 もっと詳しい調査をすれば、いずれ人工鬼人種の量産体制が整うことだろう。


 また、彼女が持つ異形の力も観測できた。

 二人分の霊気を一人の体に貯えておくのは困難だったのだろう。椿の下半身から、触手として実体を持った弘樹の霊気が発現したのだ。


 霊気の変容で肉体が異形化することは珍しい話ではない。しかしその大半は、自身の体の変化に自我が崩壊し、使い物にならない。


 だが長下部椿は違う。


 


 実際、これは彼女の兄の霊気によって発生したものだ。正気の沙汰ではないが、自我の崩壊は免れた。


 ――この成果ならば、『救世の会』の連中も満足することだろうな。

 彼らは戦力を探している。『使徒』と呼ばれる部隊を編成するために。


 彼女には、神に仕える者の服を着せた。

 自分がやっていることは、崇高なる行いなのだと思わせるために。

 精神と直結している霊気は、洗脳や思い込みによって強化されるものだ。


 このまま椿には、狂った異形として戦ってもらう。――――幸せな夢を見たままに。

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