3-3
「御調」
「……おう、真宙」
待ち合わせ場所に現れたのは友人の一人である粕谷真宙。どうして真宙と待ち合わせをしているのかというと、それは和花からのメッセージが原因だ。
和花から送られてきたメッセージ。要約すると、秋那が桜良の通っていた学校を見てみたいらしく、どうせならということで御調と、そして真宙にも声をかけたということらしい。
そのメッセージを見たときは正直に言って肩を落としたが、よくよく考えれば四人とはいえ和花と会ういい口実であった。
「行くか」
真宙と合流した御調は、和花と秋那との待ち合わせ場所である学校前へ向けて歩き出した。御調の言葉に真宙も数歩遅れて歩き出す。
真宙が隣に並ぶと、それを合図に御調が口を開く。
「昨日はどうだったんだ?」
「昨日は桜良とデートだったよ」
真宙が桜良……いや、秋那と一緒にいたことは知っている。そして秋那のことを桜良だと認識していることも。
それが良いとは思わない。だが気持ちがまったくわからないというわけでもない。だから今まで御調も和花も真宙の状態について積極的な行動がとれなかった。
だが秋那という劇薬のような存在が現れて、なにか事態が変わるかと思ったが、どうやら悪い方へと真宙は転がっていっているらしい。
「……桜良じゃなくて、秋那ちゃんだろ?」
「久しぶりにあの喫茶店に行ったんだよ。ほら、前にも四人で行ったことあるだろ? 桜良のお気に入りの喫茶店。そこでクリスマス限定のケーキがあってさ」
御調の言葉を無視しているのか、それとも都合の悪いことが頭には入っていないのか、真宙は笑顔を浮かべたまま秋那と過ごしたクリスマスについて語る。
話をしている真宙の様子はあくまでも普通だ。まだ桜良が自分たちの輪に加わっていた頃となんら変わらない。だが逆に、だからこそ隣を歩く真宙の状態に強い危機感を覚えていた。
どうしたらいい。どうにかしないといけない。このままではマズイ。
真宙の話なんて一切頭には入ってこない。その代わりそんなようなことが御調の頭の中をグルグルと駆け回っている。だがいくら考えても答えを見つけることができない。
……いや、そんな簡単に答えを見つけられているのなら、桜良がいなくなってから三か月も真宙をこんな状態で放置したりなんてしなかっただろう。
結局、目的地に着くまで真宙は、それは楽しそうにこの二日間のことを語り、御調はそれに相槌を打ちながら募る危機感に焦っていた。
「あ、おはよう」
「うす」
「おはよう。桜良も、おはよう」
「おはようございます、飯塚先輩、粕谷先輩。あと、あたしは秋那です」
集合場所の校門前には、すでに和花と秋那が待っていた。二人に合流し改めて事情を問うと、
「お姉ちゃんの通っていた学校を、来年あたしが通うつもりだった学校を、この目で見ておきたかったんです」
と、秋那は校舎を見上げながら呟く。
その言葉の重さに御調と和花は黙り込むが、真宙だけはやたらと明るい笑顔で「何言ってるんだよ、桜良」と、そんなことを口にしていた。
そしてそれを見かねたのか、和花が続きを遮るように言う。
「一足先に学校には許可を取ってあるから。あまり長居しないこと、最後に事務室に顔を出すこと、それだけ守れば大丈夫だって」
「そっか。ありがとな、古賀」
「ううん。……それじゃ行こう」
年季が入って錆びついている門を開け、和花を先頭にして四人は敷地内に入る。
グラウンドを抜け、靴箱で来客用のスリッパに履き替えて、
「それじゃあ、まずはどこを見たい?」
「そうですね……。とりあえず近場から」
秋那の言葉に和花が頷き、二人は御調たちの数歩前を歩いた。その背中を見ていると、まるで和花と桜良が並んで歩いているようで、いつの間にそんなに仲良くなったのかと驚いた。
和花は秋那の注文通りに、近場の体育館から始め、部活棟、美術室や音楽室などの各芸術教室、図書室に保健室など、一通りの場所に秋那を連れていく。そして秋那は秋那でその一つ一つを注意深く、そしてどこか寂しそうな表情を浮かべながら見ていた。
御調と真宙はその後をただついて歩く。正直な話、和花だけいれば自分たちは不要だったのではないかと思ってしまう。
「……ありがとね、飯塚くん」
去年自分たちが過ごしていた一年の教室に入ると、秋那は「ここで勉強していたかもしれないんですね」と呟いて一人、教室の中央へと歩いていき、その後ろを真宙が追いかけた。
御調と和花は教室の入り口でその様子を見ていると、和花がぽつりとそんなことを口にする。
「あと、突然ごめんね」
「いいって、そんなの。それより、秋那ちゃんとやけに仲良くないか?」
「うん。偶然会って、少しお茶してお話したからかも」
「それで学校案内を頼まれて?」
「うん」
いくら桜良の妹だとはいえ、つい数日前までは話したこともない相手だ。そんな相手からの突然のお願いをすぐに聞き入れるなんて、それは和花の優しさだと思う。
そのことを和花に告げると、和花は少し笑って否定する。
「そんなことないよ。それに、それを言うなら飯塚くんだって。突然のお願い聞いてくれたし」
「俺は、別に……」
「ありがとう。やっぱり持つべきものは友達ってことかな?」
なんて言って笑う和花の顔に僅かに心臓が跳ねた。思わずジッと彼女の笑顔を見つめてしまう。
「? どうかした?」
「――っ。な、なんでもない」
指摘されて御調は自分が和花の顔を見つめていることに気づき、慌てて目を逸らす。
心臓は直前までとは比較にならないほど激しく鼓動していた。
(ああ、やっぱり、俺は……)
別に否定していたわけでも、誤魔化そうとしていたわけでもない。自覚は当然のようにあった。でも改めてそのことを意識するとまともに顔を見ることができない。
今日のどこかで隙あらば和花を初詣に誘おうなんて考えていた。しかし隣に立って喋るだけでこんなに緊張していては、とてもじゃないが和花のことを誘うなんて出来そうにない。
(……ホント、俺は……)
ヘタレた自分に嫌気が差す。
しかし結局、そこから踏み出すことが出来ずにいると、真宙と秋那が戻ってきて今度は御調たちの教室を見学に行くことになった。
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