唾液を飲む男
@0yx0821v7242m0u
第1話 唾液を飲む男
初めて相手にした時は、やけにキスをねだる男だと思った。自分が主になることはせず決まって受け身。ひたすらに自分の欲望を訴えていた。それに応える仕事であるがゆえに、ただ言われたことを本人が望むように提供するものだ。雑誌やテレビでは陽の目を見ることはないであろうが、この世界では自分を偽り、そこで生きる新しい自分を作っている女優とでも言ってもいいと思う。だからこそ、その時、その瞬間は男にとっては甘く、とろけるような時間を与えていたかった。
夜の世界は個人指名が取れるものだ。私のいたところでは45-180分の指名時間を取ることができた。時間によって値段は固定で変わるが指名される時は指名料がつく。それにオプションやらなんやらつけたらさらに割増お金がプラスされる。お店に払われるお金プラス指名した嬢に支払うお金はお客にとっても安いものではないだろう。それでも、人気の嬢は出勤した時は出勤時間から終わりの時間まで誰かしらの予約で埋まっていたりすることもある。
そんな彼は毎週長い時間で指名をとってくれるような男だった。一人の風俗嬢にこれほどのお金をつぎ込む人っているんだなと。冷静に思う自分が怖かった。それでも私にとっては大切な太客なわけで、彼の好意が他に向かないように時には嫉妬してみたり甘えてみたり、彼が離れていかないように彼女のように演じていた。
ある日のこと、彼がすごく恥ずかしそうに申し訳なさそうに薬が処方される時に使う子ども用のシロップの空を私に渡してきた。
「ねぇ、〇〇、これなーに?」
「あのね、これに君の唾液を入れてくれないかな。気持ち悪いかな。ダメかな」
唾液…だえき?……つば?普通に意味がわからない。
「んーと、これなんに使うの??」
「君と離れてる間寂しいし、なかなか会えないからそれで一人でしようと思って」
「飲むの?」
「うん。キスした気になれるし」
つまり、私の指名が取れなかった時や、会えなかった時、私の唾液をオカズにしたいと。オーガニズムを感じて気持ちよくなりたいと。私の知らない世界観。人より執着心は強い方だと思っていたけれどここまでとは。理解できない。
「んまぁ、減るもんじゃないからいいけど、空になったやつはちょうだいね」
[うん!うん!ありがとう」
それからというもの〇〇がくる度にわたしは梅干しとか酸っぱいものを想像し唾液を生産するのだった。空いたからをもらったら破棄。
「気持ち良くなれたの?」
「うん!すぐ無くなっちゃった」
私と会えない時はそれで一人で慰めてるみたい。要求される唾液の量が大人用のシロップの、サイズになるまでその関係は続いてた。
〇〇はとても甘えたがり。きっとお母さんとか彼女とか?(いたかどうか知らないけど……)に愛されたいんだなぁって思う。この人は私がいなくなったらどうなるのかな……また違う子を探せるかなぁ……
給料日あととかボーナス後に設定するお客によって違う365日誕生日設定。その日、私は誕生日だった。というのも自分が適当に決めた日が誕生日。〇〇はプレゼントを持ってきて会いにきてくれた。丁寧に書いた手紙と可愛い小物と唾液用容器。私は誕生日が好きじゃない。生まれたことを後悔して自殺未遂を起こすくらいには。実の母になんで私を生んだの?って癇癪起こしながら聞くくらいには。
でも、この誕生日は夜の世界の私の誕生日。祝ってくれる人がいる。それだけで十分。
私は〇〇にお礼を言った。〇〇は子どものようにすごく嬉しそうに自分がしたことが肯定されたと捉えて喜んでいた。〇〇はお店のホームページにあるの嬢への窓口連絡にメールでそのことを送っていたらしい。私は気づけてなかったけど。
私の仮誕生日が過ぎたあとから、私はこの世界での知名度が上がり人気嬢になっていた。馴染みの客以外も新規で指名してくれる人が多くなり、古参の人は予約が取りづらくなっていってたらしい。
ある日、店長から呼び出された。〇〇が「私のの指名とらせろ」ってフロア全部の店にメールで送ってると。(私の所属していたお店は系列店があり、ソフトなものからハードなものまで各フロアによって分かれている)店長曰く、お店のメールに返信できてなかったことでプッツンしてお怒りになってると。私が今後も対応してくれるのはありがたいけど、ここまでいったら警察沙汰になるよ。出禁にしていい?とのこと。
「あ……もう出禁になるねぇ」
お店に迷惑がかかった時点でその客は来店禁止令がでる。私に決定権はないから店長に対応を任せた。〇〇がいつもとる時間は他の人で埋まっていくようになった。
その後聞いた話、「すみません。もうあんな言い方しません。私に会いたいです」と出禁になった後に全フロアにメールしてたみたい。
〇〇。私も会いたかったな…唾液のカップあと一つ残ってるよ。
飲む?
唾液を飲む男 @0yx0821v7242m0u
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