非戦闘系な名前の天職でも使い方次第では強くなれる、ってワクワクするけど、どう考えても流石に天職・珈琲師でその無双はおかしいんじゃないかな?

珈琲樹剣コーヒーけん! 珈琲樹槍コーヒーそう! 珈琲樹剣コーヒーけん! 珈琲樹大槌コーヒーつい! 珈琲樹剣コーヒーけん! 珈琲樹大斧コーヒーだいふ! 珈琲樹剣コーヒーけん! 珈琲樹投擲剣コーヒーとうてきけん! 斬空珈琲樹剣ざんくうコーヒーけん! 珈琲樹魔剣コーヒーまじんけん! 珈琲樹魔剣コーヒーまじんけん! 珈琲樹瞬剣コーヒーしゅんせんけん! 珈琲樹魔剣コーヒーまじんけん! 珈琲樹超新星剣コーヒービッグバン――」


 ――無縫は無双していた。


「叩きのめす! まだのめす! 更にのめす! それが! ファイナルプレイヤー!!!」


 今までの汚名を挽回するように……否、これまで落ち零れの無能と蔑まれていたかつての彼とは別人のように。

 剣を振り回し、槍で貫き、大槌でぶん殴り、投擲剣をブーメランの如く振り回し――その姿はまるで鬼神の如く。


 そんな無縫の無双っぷりに、クラスメイト達もガルフォール達騎士団の面々も揃って呆気に取られていた。


「まるでプリンのお姫様に魅了されたみたいな戦いっぷりだね」


「誰が戦闘狂バーサーカだ、この野郎! 俺は勝負師ギャンブラーだ!!」


 波菜の突っ込みに半ギレで答えつつ、近くにいた犬牙人コボルトを両断する。

 その迫力は鬼気迫るものであり、波菜のファン達も無縫の暴言に突っ込みを入れるのを躊躇うほどである。


「そら、犬牙人コボルト。俺からの奢りだぜ!」


 最早、技名すら口にせず魔法陣を展開――空中から熱々の珈琲を降らせる。

 「奢りの滝珈琲コーヒー・フォール」を浴びて大火傷を負った犬牙人コボルトに向けて無縫が容赦なく放った無数のコーヒーノキの枝は犬牙人コボルトの身体を刺し貫き、その養分を全て吸い上げる。


「……地下二十層までの魔物、ご馳走様でした。申し訳ないですね、他の皆様の分までクソ雑魚蛞蝓が取ってしまって。ああ、ここから先はしばらく邪魔しないようにじっとしてますんで、どうぞよしなに」


「おっ……おう。とりあえず、二十層までの魔物討伐お疲れ様。なんというか……無駄がないっていうか、戦い慣れているっていうか……本当に剣士系とかの天職は持っていないんだよな?」


「まあ、適当にやったら戦えちゃっただけですよ。……というか、総隊長殿も俺のステータスを確認しましたよね?」


魔石・・も回収できる絶妙な加減だったし、文句をつける点はないな。みんなも無縫を見倣うように!」


 ちなみに、一層から十層までの浅上層でガルフォールが呈しようとしていた苦言は「今回は訓練だから目を瞑るが、魔石の回収も念頭に置いておけよ! 重要な資源なんだからな!」というものだった。

 魔物から採取できる魔石はマジックアイテムを作るための重要な材料となるらしい。


 その点、無縫は春翔達のようなオーバーキルな攻撃はせず、何も考えずに暴れていると見せかけて繊細な攻撃を仕掛けていた。魔石にも傷一つ付けず、的確に命を断ち切っており、その手腕は騎士達から見ても惚れ惚れするものである。

 クラスメイト達が屈辱的な顔をする中、涼しい顔で無縫は後方へと戻った。そして、本日二十五杯目となる珈琲を口に運ぶ。


「さて、ここから一気に難易度が増す! 今回の目的地は三十層だが、敵も増え、更にトラップも厄介なものが増える。気を抜くなよ!」


 一列目の春翔達が戦闘を終えてからすぐに無縫が戦場を独占してしまったため、二列目からスタートである。

 一列目の面々は最後尾の一つ前に移動し、無縫に近づいたことを美雪は喜ぶ……が、嬉しそうに無縫に話し掛けようとする美雪よりも早く無縫に美雪より一つ前の列の波菜が無縫に話しかける。


「……それで、先ほどの台詞からして、修飾語がつくのが定番となっている例のRPGゲームも遊んだ経験があるのかな?」


「ん? いいや? たぬき氏の動画で見た」


「…………はぁ〜?」


「まあ、動画投稿を趣味にしている身内の影響でね。しかし、動画は良くないね……時間が面白いくらいに溶けていく」


「……君が思った以上に多趣味で驚いたよ」


 無縫の思わぬ回答に苦笑いを浮かべる波菜だった。



 迷宮の敵は何も魔物ばかりではない。無数のトラップもまた挑戦者達を大いに苦しめる。

 配置されているトラップの種類は迷宮ごとにある程度の規則性――法則があり、ルインズ大迷宮は魔法を使ったタイプの罠が多い印象である。


 基本的に迷宮探索の際にはそういったトラップを発見・解除できる【罠察知】や【罠破壊】のスキルを持った支援職――義賊シーフ探索者レンジャーといった天職持ちを入れるのがテンプレである。寧ろ、そういった天職持ちを入れずに挑むパーティの方が稀であり、その場合は危険度が幾分か上がる覚悟が必要となる。

 ただし、例外というものもあって、魔法系の罠に関しては【魔力感知】などで不審な魔力の流れを読み取ることで罠を発見することもできる。【魔力感知】は基本的にパーティに入れる魔法職が保有していることが多いということもあって、魔法系の罠が多い迷宮ではあえて義賊シーフ探索者レンジャーをパーティに入れないという選択をする玄人もいるらしい。


 それとは別に罠発見装置トラップ・ハンター罠発見双眼鏡トラップ・スコープと呼ばれる罠を発見できる魔道具も開発されている。

 前者はどう見ても金属のL字棒――地下水脈や貴金属などの鉱脈を見つけられると言われるあのダウジングマシーンそのもののため、クラスメイト達も「あれを本当に信用していいのかよ?」と不安になったが、後者は魔力の流れを感知してトラップを発見することができるという双眼鏡で【魔力感知】の代用品になる代物のため、期待値は高い。


 なお、ガルフォールは「魔法系の罠以外も見つけれる優れものだから」ということでダウジングマシーン擬きの方を迷宮に持ち込んでいた。……本当に大丈夫なのだろうか?


「ヴェスパニア鉱石でも発掘する気なのかな? 総隊長さんは」


「……まあ、確かに罠だけじゃなく鉱脈や水脈、果ては探し人まで発見できるという話だけど、どこまで信用できるのか分からないものだね。実際にいくつか罠の発見に失敗しているみたいだしさ」


「……まあ、多分? 大丈夫でしょ? きっと」


「楽観的だね、君は」


 そんなことを無縫と波菜が話している間に勇者一行は迷宮の二十九層に到達した。

 既に勇者一行の隊列は一巡しており、初日の目的は達せられている。後は三十層に到達して折り返すだけだ。……まあ、空間魔法のような便利な力はないため、来た道を引き返すことになるのだが。

 行きは良い良い帰りは恐いという言葉もある。迷宮探索に多少慣れたからこそ生じる油断がある分、寧ろ帰りの方が危険なのかもしれない。


「花凛ちゃん、もしかして無縫君と波菜さんって仲が良いのかな?」


「……どうなのかしらね? 少なくとも飲み物の趣向では犬猿の仲みたいだけど、無縫君が珈琲好きだったことも波菜さんが紅茶好きだったことも知ったのは本当に最近なのよね。互いに何を好んでいるか知っているってことはやっぱり親しい間柄なんじゃないかしら? そういう点は芦屋先生に似ているかもしれないわね。寧ろあの二人こそ、生徒と教師という関係とは少し違うような気がするのよ」


「……本当に羨ましいよね。私の知らない無縫君の一面を二人とも知っていて」


「……砂糖が口から溢れそうだから、迷宮の中で見つめ合うのは程々にね」


「花凛ちゃん……それがね。全然目が合わないの」


「甘いどころか、ほろ苦い片想い!? というか、二人の関係って全然進展していないの!? ……こういう時、親友としてはどうすればいいのかしら?」


 親友の美雪を少しだけ揶揄おうと思っていた花凛は予想以上に深刻な状況にどうしたものかと頭を抱えた。

 どうやら、無縫と美雪の関係は思ったほど進展しておらず、未だ美雪側の片思いで止まっているらしい。


 思えば地球に居た頃から美雪は徹底的に無縫から避けられていた。

 美雪は容姿も性格も完璧である。人気も高くまさに高嶺の花――クラス、否、学校のマドンナ的存在である。


 そんな彼女を好きにならない男子などいる筈もない。「美雪が本気を出せば無縫を射止めることも簡単なのではないか」と、無縫が転校してきた翌日に美雪から「無縫君を射止めるのを手伝って欲しい」と頼まれた瞬間から現在まで楽観視してきた花凛は、この日、少しでも認識を改めることとなった。


 ちなみに、美雪も花凛も無縫に対する風当たりが強くなった原因が美雪が無縫に構うからであることには欠片も気づいていない。

 美雪に対して好意を寄せていない無縫にとっては美雪はただ迷惑を振り撒く厄介生物以外でもなく、好感度などとうの昔に地下深くまで落下しているのだが、花凛は「ほんの僅かくらいは無縫君側にも美雪への好感があるだろう」と楽観視していた。


 現実と花凛達の認識には大きな差が存在していたのだが、その事実を突きつけられるのはほんの少し先の未来のお話である。

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