ルインズ大迷宮に突入し、終わりが見えて気が緩んだのか無縫の化けの皮が剥がれてきているような……。

 ルインズ大迷宮は世界に点在する迷宮の中でも勇者の武器が眠るという逸話を持ち、未攻略かつ難易度も高いことから騎士団や一攫千金を狙う冒険者から熱狂的な支持を集めている。

 黎明期には様々な冒険者チームが無鉄砲に挑戦し多くの死者を出したらしい。その後、迷宮の浅い階層が攻略されると迷宮挑戦による死者数は減ったが、今度は馬鹿騒ぎした者が勢いで迷宮に挑み命を散らしたり、迷宮に挑戦する初心者冒険者などを狙った所謂初心者狩りを代表とする迷宮を犯罪の拠点とする犯罪集団も現れた。そうした事情もあり、現在は王国と冒険者ギルドが共同でゲートを設置しているようだ。


 この受付ゲートでステータスプレートを提示、出入りを記録することで行方不明者や死者数を把握しているらしい。……しかも二十四時間交代制である。

 死亡を偽装して単独行動を取りたい無縫にとっては迷宮の入り口を使えないため正攻法での脱出は厄介そうである。まあ、無縫には正攻法以外の手段はある訳だが。


 迷宮の外はまるで夏祭りの如く露店が立ち並んでおり、かなりの賑わいを見せていた……が、迷宮の内部は外とは打って変わって静謐としていた。

 見たことのない組成の鉱物――緑煌石が淡い光を放ち、洞窟のような空間を幻想的に照らしている。


「……第一層から第十層、探索が進んでいる四十階層の中で浅上層と呼ばれるこの階層に出現するのは、灰色の毛玉に見える亜人系の鼠人間ラッドマン、ファンタジーでは定番の緑小鬼ゴブリン、後は少し厄介なところで魔粘性体スライムの三体でしたっけ?」


「おっ、無縫、よく勉強しているな! 魔粘性体スライムには物理攻撃――斬撃とか刺突とか、そういったものは効きにくいが、魔法には弱い。それ以外は物理攻撃でも魔法攻撃でも基本的には問題にならない相手だ。……ん? どうした?」


「いや、時々こんがらがるんですよね。主に魔法が効かないメタルなアイツのせいで。というか、強さも性質もまちまち過ぎて弱いかも強いかも判断がつかないというか。酸や塩基アルカリ、毒の体を持つ個体とか、マグマや雷の体を持つプリンやマシュマロみたいな美味しそうな名前の魔物もいますし。……ピンクの尻尾……うっ、頭が」


「よく分からないが、基本的にスライムは斬撃が効かない魔物だって覚えておけばいいと思うぞ」


 ちなみに、無縫が思い浮かべたのは往年のファンタジーの二大巨頭に登場するスライム系の魔物や某異世界ものに登場する触れると即死するほどの猛毒を持つスライムだが、実際に無縫も異世界を渡る中で様々なバリエーションのスライムと戦った経験があったりする。

 当然、世界ごとに性質も異なっており、無縫は世界を渡るごとにその性質の違いに困惑していた。……まあ、とはいえ結局はゴリ押しと幸運の理不尽で容易に撃破してしまえるのだが。


「よし、春翔達が前に出ろ! さっきも話に出した鼠人間ラッドマンだ。弱いが奴らの牙は疫病の撒き散らす厄介なものだ。接近させずに討ち取れよ!」


 一行は隊列を組みながら迷宮探索を進めていた。春翔、美雪、花凛といった上澄みが最前列に配置され、無縫は一人で他の騎士と共に最も後ろの列にいる。

 まずはお手本代わりに春翔達が壁の隙間から湧き出るように現れた鼠人間ラッドマンと戦うことになった。最前列にはガルフォールもいるため、いざという時にも対処は可能だ。


 見た目は二足歩行する灰色の鼠だ。しかし、筋骨隆々な身体を持ち、かなりアンバランスな見た目である。そして、その筋肉を惜しげもなく見せつけるように腹部にだけ身体を覆う体毛がなかった。

 無縫にとってはまだマシな部類の見た目だが、春翔達には刺激が強い見た目だったらしい。特に花凛の顔が引き攣っている。


 女性陣の大半が似たようなものだが、唯一波菜だけはケロッとしていた。……もっと嫌なものを沢山見てきたからだろうか?

 ちなみに、無縫の見立てでは戦闘力はネガティブノイズ以下であり、厄介なバッドステータスも攻撃を受けなければ問題ないため春翔達でも苦戦する可能性の敵である。そして、その目算は当たっていたようで――。


「「「我が手に炎を、業火の炎よ! 渦巻きて敵の尽くを灰燼へと帰せ! 【螺旋炎トルネードフレイム】!!!」」」


 春翔、美雪、花凛――三人が同時に発動した螺旋状の炎の奔流が鼠人間ラッドマンの群れを包み込み、焼き尽くしていく。かなりの火力なのか、「ギィー」という断末魔が途中でかき消され、真っ白な灰燼へと帰した。

 春翔、美雪、花凛の三人はその後も炎を放つ先を微調整しながら鼠人間ラッドマンを焼き尽くしていく。


 鼠人間ラッドマンが全滅するまでそれほど時間は掛からなかった。他の生徒の出番は無しである。

 春翔達は確かに上澄みだが、このレベルの【螺旋炎トルネードフレイム】ならば他の者達にも扱える。どうやら、春翔達召喚組の戦力では一階層の敵は弱すぎるらしい。


「ああ……うん、素晴らしい活躍だった! 次はお前等の番だからな! 油断はせず、気を引き締めろよ!」


 生徒達の優秀さに驚き呆れつつも、気を抜かないようにと注意をするガルフォール。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。


「「はぁ〜〜〜〜」」


 そんなクラスメイト達のテンションに冷や水をぶっ掛けるが如く、空気を読まない溜息を吐いたのは無縫と波菜だった。


「無縫君、何か言いたそうだね」


「いやいや、波菜さんこそ言いたいことがあるんだよね? モブはモブらしく引っ込んでおくからどうぞどうぞ」


「……恐らく僕と君が言いたいことは同じだろう。ああ、すまない、ガルフォール殿。そちらも苦言を呈したいことがあったようだね」


「ああ、まあな。それは後で話すとして、先にお前達から話したいことを話してくれ。重要な話は共有すべきだからな」


「では、無縫君。君に譲るよ」


「……なんでこうなるかなぁ。……じゃあ、単刀直入に言うけどさぁ……お前ら、阿呆なの?」


「俺達はただ魔物を倒しただけだ。俺達の行動に何か問題があったとでもいうのか?」


 不機嫌そうな顔をした春翔に「そうだそうだ!」と同調するクラスメイト達だったが……次の瞬間、彼らの表情は無縫の言葉で凍りつくことになる。


「魔法の炎と言っても炎であることに変わりはない。当然、大気中の酸素を消費する。……ここはまだ広い場所とはいえ、外じゃない。限りなく密閉空間に近い場所だ。そこで炎魔法なんて連発してみろ……魔物に殺される前に、魔物と一緒に窒息死したいっていうならそれでも構わないが……俺は生憎と自殺志望者の文豪達が好みそうな無様な死に様には魅力を感じないんでね、遠慮させてもらうよ。……ああ、それとさっきから背後でうじゃうじゃしている魔粘性体スライム君達さぁ……目障りだから消えてくれない?」


 無縫は振り向くことすらなく、手から無数の小枝を生み出して背後へと放った。

 鋼鉄と見紛うほど硬く、黒々とした金属光沢を帯びたそれは魔粘性体スライムに命中し……その水分を瞬く間に吸収していく。


 あっという間に魔粘性体スライムは乾涸び、代わりに成長した小枝は立派なコーヒーノキとなった。

 無縫はすっかり前方に気を取られて後方への注意を怠っていた騎士達を嘲笑うような手際で魔粘性体スライムを討伐すると、そのコーヒーノキから完熟したコーヒーチェリーを収穫して口に運ぶ。


「……珈琲吸血樹コーヒーブランチ・ドレイン。なかなか良い実をつけるね。相手の養分と魔力・・を吸収する。俺は魔力が少ないけど、敵から魔力が吸収できるなら、実質魔力は無限ということになる。自分で言うのもなんだけど、消費魔力が少なくてこれならコスパが良過ぎるよね。……ゲームバランス考えろって運営」


「無縫、お前……戦えたのか?」


「戦えない役立たず発言はしたかもしれないけど、何の分野で……までは話してませんでしたよね? スキルに頼らなければ弱いってだけですよ。……意表を突くことや、相手を一撃で仕留める暗殺にはこれ以上の能力はないでしょうね。弱点は枝が刺さらない相手には効果がないことくらいですか。一見非戦闘系天職に思えるものも使い方次第で大化けする……面白いですよね」


「……無縫、助かった。後方への注意が疎かになっていたようだ。……お前達! 後方にもしっかりと注意を配れ!!」


「「「はっ!!」」」


「……ちなみに、何故気づけた・・・・・・? 一回も後方に視線を向けていなかったと思うが」


「ゴソゴソという音がしたので……それに小さい物音にも反応するくらい繊細なんですよ、これでも」


 無縫の答えに納得がいかない顔をしているガルフォールだが、だからといってこれ以上、無法から聞き出せることはない。無縫は全て答えを口にしているからだ。

 これ以上の追及は無縫を疑っているという話になる。ただでさえ、拗れた関係を更に複雑にして無縫の恨みをこれ以上買いたくないガルフォールはそこで質問を断ち切った。


(……背後を見ない索敵もそうだが、流石にガルフォール殿でも見落としたか。……正直、覇霊氣力の黒鋼変化まで使う局面では無かった筈だが、念の為か、或いは見抜けない者達を嘲笑っているのか……それとも無意識で、いつものノリで纏わせただけか。……終わりが間近に迫ってウキウキしているのだけは確かだな。君らしくない……ボロが出まくっているよ)


 無縫の杜撰な行動に苦笑いが隠せない波菜だった。

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