月下の語らいPART TWO.「幼馴染ヒロインが幼馴染ヒロインしてないんだけど!?」。

「ドドンドドトド〜♪ ドドンドドトド〜♪ ドードゥドゥドゥードゥー♪ ドードゥドゥドゥードゥー♪ ドードゥドゥドゥードゥー♪ ドードゥドゥドゥードゥドゥ♪ ドドドゥードドド、ドドドゥードドド、ドドドゥードドド、ドドドゥードドド〜♪」


 軽快な鼻歌を歌いながら宿の部屋に戻った無縫は到着早々スキルで珈琲を淹れてグイッと飲んだ。ちなみに、無縫はかなりお酒に強く、アイリッシュコーヒーやワインを飲んだにも拘らず全く酔った気配はない。

 大日本皇国の法律でも無縫は未成年で本来お酒は飲めないが、無縫は特殊な生い立ちをしているため地下競売や潜りの酒場などでお酒を飲んだ経験が幾度かあった。法律的には彼自身が飲んでいることだけでなく飲んでいる場所も含めて色々とアウトだが、内務省上層部のお目溢しもあって黙認されているという形だ。ちなみに、お酒よりも本人の言っているように珈琲党であり、必要とされる場面以外には基本的に珈琲を飲んでいる。


「風呂に入りたい気分だけど、そういった文化は王族や貴族のみで宿にはないみたいだしなぁ。……清潔クリーンネス! んじゃ、おやすみ!」


 魔法で身体を清潔にしてから、無縫は魔法の灯りマジックランプを消して眠りにつく。


「無縫君、起きているかな? 美雪です。ちょっと、いいかな?」


「……ZZZzzz」


「あれ? もしかして寝ちゃっている? いや、そんなことないよね? さっき帰ってきたみたいだし。というか、夜に出歩いてどこに行っていたのかな? かな??」


「……ZZZzzz」


「突撃あるのみ!!」


「安眠妨害が過ぎるぜ、この野郎が!!」


 美雪が扉を開けた瞬間、超高速で放たれた枕が美雪の顔面に直撃する。

 「ぐへぇ!」という絶対に美少女が出してはいけない声を出して美雪は後ろ向きに倒れた。


「……ヨシ! 俺は何も見なかったし、何も聞かなかった」


 現場ネコみたく適当な指差し確認をしてから無縫は扉を閉めようとする。

 しかし、そうはさせるかと美雪が扉を掴み、無理矢理開け放った。


「何も良くないよ! はぁはぁ、無縫君! 今からお時間もらえないかな?」


「握力強ッ! 明日に備えて寝たいんで、手短に頼めるかな? ……というか、本来なら回れ右して自分の部屋に戻ってもらえると有難いんだけどなぁ」


 純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけというどこかで見たことがあるような格好をした美雪の姿に思春期の少年らしく反応を示す……なんてことはなく、心底面倒臭さそうに遠回しに自分の部屋に戻るように促す。

 無縫を誘惑し、あわよくば……なんてことを期待していた美雪だったが、どうやら無縫にとっては「勘違いを助長する種にしかない愚かな行動」でしかなかったらしい。まあ、酒場兼賭博場で妖艶な美女に全く見惚れなかった無縫が見惚れる筈がないのだが。


 そもそも、無縫は母親の関係で夜の街の蝶達を身近なものとして育った。その上、魔法少女の絶世の美貌まで手に入れてしまったのである。

 思春期の少年らしく人並み程度の性欲は……まあ、多分? きっと? あるのだろうが、本人のハードルが高過ぎるため、なかなかそういった関係には進展しないらしい。


 というか、ネグリジェ姿の美少女に遭遇し、真っ先に枕を投げつけた挙句、「握力強ッ!」という感想を口にしている時点で既に色々とアウトである。


「……はあ、まあ、どうぞ中へ。何もない部屋ですけどね。ああ、珈琲要る?」


「流石に夜、眠れなくなるから遠慮しておくね」


「……さいですか」


 ただでさえ低い好感度を更に落としていく美雪。無縫を射止める気は本当にあるのか、甚だ疑問である。


「やはり、夜風には闇色の香りの珈琲がよく合う。……で、ご用件は? 何か連絡事項でも?」


「ううん。その、少し無縫君と話したくて……やっぱり迷惑だったかな?」


「うん、端的に言うと……凄い面倒!」


 いっそ清々しいまでの返答に美雪は盛大にずっこけた。ネグリジェ姿で色気を出した学校随一の美少女の仮面に綻びが生じ……というか、もう色々と台無しな感じである。


「……無縫君、もしかして私のこと嫌っている?」


「その真実に到達するまでかなりの時間を要したみたいだね」


「なんで、なの……」


「それは過去を振り返って考えてもらうとして……逆に問うけど、なんでそんなに俺に執着するのかな?」


「……無縫君がね、初恋の人に似ているから、かな? ……昔ね、人攫いから身を挺して助けてくれた人がいたんだ。お礼を言いたかったけど、すぐにどこかに行っちゃって……名前も知らなかったからなかなか見つからなくて……そんな時に無縫君が転校してきたんだ」


 「全て知っているよ」という言葉を無法は呑み込んだ。あの時、助けた……否、賭け事のトロフィーにしてしまったことにはずっと小さな罪悪感を抱いていた。だから、せめてもの罪滅ぼしとして雷鋒市を良い街にしようと、彼女が幸せに暮らせる街にしようと、波菜救出の対価として黒鞘組の組長に雷鋒市の支配を依頼したのである。

 ……美雪の事件を切っ掛けに犯罪組織の実態を知り、状況を変えたいと思い立ったというのも事実だが、彼女への罪悪感も無縫の行動の後押しをしていたのは確かである。


 だが、それも全て終わった話だ。雷鋒市の治安を改善して無縫と美雪の関係は終わったのである。……少なくとも無縫はそう考えていたのだが。


「ふーん。でも、その助けてくれた人と俺は同一人物じゃないと思うよ? 少なくとも俺は殴られて反撃できない類の人間だ。だから、訓練場でボコボコにされたし、何もやり返せなかった」


「……暴力だけが解決する手段じゃないよ。少なくとも、私を助けてくれた人は暴力に訴えることはしなかった。警察を頼って、然るべき対応をしていたよ」


 「だったら尚更、それは幻想。俺の手は君の思うほど綺麗じゃない。殺さないのも不都合が起きるからに過ぎない。条件さえ揃えば、邪魔者は消すよ。これまでもそうしてきたように……」と無縫は心の中で呟く。

 どこまでも美雪は穢れを知らない。無邪気で、無垢で……だからこそ、自分の仕打ちがどれほど残酷であるかを理解していない。


 彼女はクラスメイト達から幻想を抱かれている。実際の彼女はもっと人間味のある人物で……きっと、そのことに苦しんだこともあるのだろう。自分はただ無縫君と結ばれて幸せになりたいだけなのに、周りはそれを良しとせず、相応しくないと外野からガヤガヤ言って、なかなか関係は進展しない。

 だが、彼女もまた無意識に無縫に幻想を抱いている。無縫の気持ちなど無視して、重ねたいものだけを重ね、見たいものだけを見て……無縫が自分が原因でイジメに晒されていることにも気づかない。いや、現実を直視しようとはしない。


 そんな美雪が無縫という人間の本性を知ったら何を思うだろうか。きっと幻想を打ち砕かれ、無縫に幻滅するだろう。

 ……まあ、無縫にとっては心底どうでも良いことなのだが。


「強い人が暴力で解決するのは簡単だよ。春翔君もよくトラブルに飛び込んでは相手の人をボコボコにしちゃっているし。でも、それだけが全てじゃないと思うんだ。……できる人に任せるという判断ができるのも大切なことだと思う。それに、私はあの人の勇気がとても嬉しかった」


 「弱いことを承知の上で、それでも知恵を絞って庇ってくれた。自分の身を挺して痛みを耐えて守ってくれた」……美雪の目にかつての無縫はそう映ったのだろう。

 だが、それは正しい認識ではないのだ。無縫の本質は勝負師ギャンブラーであり、極限の状況に身を置いてスリルを求める狂人――美雪を助けたのも、その欲望を満たすための手段でしかなかった。


 そして、無縫という人間は恐らく美雪が嫌っているであろう「圧倒的な武力でもって物事を強引に解決する存在」である。……まあ、武力というよりは並外れた幸運がメインであるが。


「私は貴方のように身を挺して誰かを庇える人になりたいと思ったの。優しい人間でありたいとずっと努力してきた。……花凛さんのような強さも、春翔君のような勇気も私にはないから」


「…………」


「だから、今度は無縫君、私は貴方の力になりたい。あの時の恩を返したい。……なんとなく予感がするの、無縫君が迷宮で無茶をしそうな予感が。だからね、今度は私が貴方を守るの。ううん、必ず守ってみせる!」


「……そうだね。まあ、足手纏いにならないように頑張るつもりだけど、もし怪我をした時とかはよろしく頼むよ。頼りにしているよ、白石さん」


 その後、美雪は少し無縫と雑談をした後、部屋に戻っていった。

 そんな美雪の姿を黒い闇の中から見つめる者の姿があったのだが、当然ながら美雪はそんな者がいたことにも、その者の表情が醜く歪んでいたことにも気づかない。


 ……そんな人物が廊下を歩いて無縫の部屋の前から去っていくのを人形代を使って見ていた無縫は口元を僅かに歪めた。


「全てが面白いくらいに順調に進んでいるね。さてと、どう華々しく死亡偽装をしようか? やはり、ここは一発華々しく【黄金錬成】で……」


 そして、無縫を守ると約束した美雪の気持ちを土足で踏み躙るが如く嬉々として死亡偽装の作戦を考え始めた。

 その姿は、これまで抑圧されて溜まった鬱憤を晴らすが如く……とても、イキイキしていた!?

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