第43話 儚い夢

「お、お前は!」


 ルドルフは信じられないといった表情で、その場に崩れ落ちる。


「ほう⋯⋯さすがに殺した人間の顔は覚えていたか」


 外套を脱ぎ捨て玉座の間に現れたのは、アルドリックやルドルフの父親⋯⋯ヨシム・フォン・スロバストだった。


「ババババカな! きき⋯⋯貴様は死んだはずだ!」

「お前の手によってか?」

「ち、違う! 俺じゃない!」


 ルドルフはまるで幽霊でも見るかのように、皇帝陛下に視線を向けていた。


「お前に取っては残念だが、私は生きている。そしてあの時何が起きたか覚えているぞ」

「背中を刺されて生きているわけがない! わ、わかったぞ! 貴様の正体が! 貴様は父上の影武者だろ? いい加減茶番はやめろ!」


 ルドルフは目の前の出来事が現実だと思っていないのか、皇帝陛下のことを認めようとしない。だがこれは夢ではなく紛れもない真実だ。

 血まみれの皇帝陛下に回復魔法を使った後、何とか命を繋ぎ止めることに成功した。

 そして誰がこの惨状を作り上げたか聞くと、やはり犯人はルドルフだった。だがその場合、どうして密室で犯行に及ぶことが出来たか⋯⋯その謎は既に前の時間軸で解決済みだ。それは⋯⋯


「まさか緊急時に使用する隠し通路を使ってくるとはな。お前にそれを教えたことは私の落ち度だ」

「か、隠し通路? 何のことだ?」

「裏庭に繋がっている通路のことだ。幼き日に第一皇子のお前には教えたことがあっただろ?」


 そう。アルドリックが問いかけていたが、ルドルフが裏庭にいたのは、皇帝陛下の部屋にある隠し通路を使ったからだ。ちなみにアルドリックにルドルフが裏庭にいたと証言したのは俺だ。実際には見ていないが、ルドルフが皇帝殺害のために隠し通路を使っていたのはわかっていたため、嘘の証言をしたのだ。


「そんなものがあったのか。誰にも見られず親父の部屋に行けるわけだ」

「皇帝陛下を殺害するために、隠し通路を使うなど許せません」

「俺は隠し通路など使っていない!」


 裏庭の証言をした時にも思ったが、アルドリックはその存在は知らなかったようだ。いざというときに使うものだから、隠し通路の存在を知っている者は少ない方が望ましい。今はどうかわからないが、少なくとも幼き頃はルドルフを皇帝にするつもりだったのだろう。真面目に過ごしていれば、皇帝の地位も手に入ったのにバカな奴だ。


「おのれ⋯⋯偽物風情が父上を語るなど許されぬことだ。兵士達よ! この者達を捕らえ⋯⋯いや、殺せ! これは皇帝である俺の命令だ!」


 往生際の悪い奴だ。この状況になってもまだ自分の罪を認めないどころか、全てをなかったことにしようとしている。

 だがハリボテの皇帝の言うことを聞くものなど、もう誰もいない。ましてや皇帝を殺そうとした犯人だ。味方をすればどうなるか誰にでも想像出来ることだろう。


「貴様ら何をしている! この俺の命令が聞けないのか!」


 ルドルフの叱責が飛ぶが、動く者は誰もいない。


「俺に逆らうと家族も皆殺しだぞ! いいのか!」


 この後に及んで家族を人質に取るとは。心の底から腐っているな。

 だが脅してもルドルフの言うことを聞くものはない。


「あなたは皇帝陛下ではない」

「犯罪者の命令など聞くものか」

「兵の仕事は皇帝陛下をお守りすることだ。それはあなたのことではない」


 兵士達はルドルフに向かってハッキリとNOを告げた。

 するとルドルフはうつむき、肩を震わせる。


「き、貴様ら⋯⋯」

「お前の味方は誰もいない。終わりだな」


 皇帝陛下はギロリとルドルフを睨み付け、最後通告を口にした。

 だけど今の言葉で一つだけ間違っていることがある。この場にはルドルフの味方がいるのだ。


「兵士達よ。逆賊であるルドルフ皇子を捕らえるのだ」


 宰相のデュケルの指示により、兵士達がルドルフに向かっていく。

 唯一の味方の存在が気になるけど、今はルドルフだ。俺はこいつに対してやらなければならないことがある。

 俺は兵士達より速くルドルフの元へと向かう。


「き、貴様ごときがこの俺にふれるなど許されぬことだぞ!」

「別に俺はお前を捕まえようとしている訳じゃない」

「なに!?」


 俺は右手の拳をおもいっきり強く握る。


「よくもリリシアを嵌めようとしてくれたな。お前の⋯⋯お前のせいでリリシアは⋯⋯」


 家族を殺され、ただ敵を殺すだけの殺戮マシーンになってしまったんだ。

 お前だけは⋯⋯お前だけは絶対に許さん!

 兵士に捕縛される前に一発食らわさないと、俺の気がすまない。


「な、何をするつもりだ⋯⋯やめろ!」


 俺の殺気を受けたせいか、ルドルフは恐れをなし後ろに後退る。


「ひぃぃっ!」


 だが例え土下座しようが足の裏を舐めようが、やめるつもりはない。

 俺は強く握った拳で、おもいっきり顔面を殴りつけた。

 するとルドルフはもろに拳を食らい、後方へと吹き飛ばされる。そして玉座の間の壁に激突すると、その場に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る