第36話 呪縛

 ルドルフのメイド達がリリシアにドレスを着せた後。


「それじゃあ昨日話したようにやるけどいいかな」

「⋯⋯はい」


 リリシアは神妙な顔つきで、ゆっくりとこちらに背中を向ける。

 すると腰の近くまで焼けただれた皮膚が目に入った。

 五年後に見た時と同じだ。あの時と違うのは火傷以外の傷がないことだ。


「⋯⋯背中にこんなものがあるなんて、びっくりしますよね⋯⋯」

「そんなことないよ」


 初めて見た時は確かに驚いた。だけど今回は二度目だから初めて見た時程の驚きはない。

 だが人に見せるのは⋯⋯ましてや異性に見せるのは相当勇気がいる行為だっただろう。


「気持ち悪い⋯⋯ですよね」


 リリシアがポツリと呟く。

 後ろからなので表情は見えないが、沈痛な思いをしていることだけはわかる。

 この火傷の痕はこれまでずっとリリシアを苦しめてきた。それが女の子なら尚更だ。

 だから俺はリリシアの火傷なら気持ち悪くないと伝えるため、そっと背中に触れる。

 辛かったな⋯⋯そのような言葉では表せない程の苦しみを味わってきたのだろう。だけどそれも今日で終わりにする。


「例え火傷があっても、それがリリシアの魅力を下げる訳じゃない」

「ユート様ならきっとそう仰って下さると思っていました。ですがユート様にだけは見られたくはなかったという気持ちもあります」


 どういうことだ? 俺が男だからか? なんにせよ背中の火傷を見せたいと思う者はいないだろう。


「だけど今日、その火傷は消え去る」

「信じられないような話ですが、ユート様のことを信じています。お願いしてもよろしいでしょうか」


 この世界には一瞬で傷が消える回復薬や回復魔法などない。ましてや古い傷痕など消えるはずがない。

 信じろと言われて信じる方がおかしいだろう。

 だけどリリシアにこのことを話した時、全く疑うことなく俺の話を信じてくれた。

 ならばその期待に答えるのが男というものだ。

 リリシアの背中に左手を添える。

 そして魔力を集め、火傷を⋯⋯リリシアの心を応癒す魔法を唱えた。


回復魔法ヒール


 眩しい光がリリシアの背中を包み込む。

 そして光が収まった時、雪のように真っ白な背中が目に入った。

 綺麗だ⋯⋯あまりの美しさに、このまま触れていたくなる衝動に駆られるけど、俺は自重し背中から手を放す。


「ど、どうでしょうか?」


 リリシアは不安気に問いかけてきた。


「火傷の痕はなくなったよ」

「本当⋯⋯ですか」

「自分で見てみたらどうだ」


 姿見で確認するよう促してみる。


「わかりました」


 リリシアは姿見の前に移動し、背中を鏡へと向けるが⋯⋯目を閉じていた。


「今までこの背中の火傷から逃れられることはないと思っていました。少し恥ずかしいですが、私の幼い頃の夢はその⋯⋯お嫁さんになることでした」


 知ってるよ。最後の決戦の前に教えてくれたから。


「ですがこの背中を見るたびに、その夢は叶うことはないと諦めていました。今この目を開ければ、またお嫁さんになる夢を見てもいいのでしょうか?」

「もちろんだ。だからリリシアがまた夢をみるためにも、その目で確認してほしい」

「⋯⋯はい」


 リリシアの瞳がゆっくりと開けられる。

 そして視線が鏡に合い、背中に向けられると、リリシアの目から涙がポロポロと床に落ちていく。


「治ってる⋯⋯治ってます! 私の背中が治ってます!」


 おしとやかなリリシアとは思えない程大きな声で、喜びの感情を表していた。

 その様子を見て、俺は嬉しく思うと同時に、やはり前の時間軸のリリシアのことを考えてしまう。

 もしあの時俺が回復魔法を使えたら、今と同じ様に喜んでくれただろうか。

 いや、たらればのことを考えても仕方ないな。今はリリシアの火傷の痕を治せたことを素直に喜ぶとしよう。


「ユート様ユート様ユート様!」


 リリシアが目にも止まらぬ速さで俺の胸に飛び込んで来たので受け止めた。

 さすがは神速と呼ばれただけはある。あまりのスピードに目が追いつかなかったぞ。


「見て下さい私の背中を! 火傷の痕がありません!」

「あ、ああ⋯⋯見てるよ」


 俺は視線を逸らしながら、リリシアの問いに答える。


「ユート様? 本当に見てくれてますか?」


 そんな至近距離で見ろと言われても⋯⋯

 さすがに女の子の背中をじっくりと見るのは恥ずかしい。その色っぽい背中を見ていると、思わず顔が赤くなってしまう。


「顔が明後日の方を向いていますよ。ちゃんと見て⋯⋯あっ!」


 リリシアは俺の顔が赤くなっていることに気づいたのか、自分が男に向かって大胆なことをしていると理解したようだ。


「ももも、申し訳ありません! ユート様のお目を汚してしまいました」

「いや、そんなことない。とても綺麗な背中で見ているとドキドキするよ」

「わ、私の背中で⋯⋯ユ、ユート様はドキドキしていただけるのですか?」

「それは⋯⋯はい」

「あ、ありがとうございます⋯⋯」


 百人いたら百人共、リリシアの背中に目を奪われるだろう。俺は正直に答えるとリリシアは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。


 何とも言えない空気がこの場に流れる。

 だけどそろそろパーティーが始まる時間だ。

 俺は顔が赤くなっているのを誤魔化しながら、ルドルフに対する対策を伝えるのであった。

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