第三章 ヘリコプター、それはプロフェッショナルの乗り物  第9話 基礎練成も9回目

 敵は自分の遅い判断を待っていてはくれない、殺られる前に殺れ。その為には瞬間判断力が重要である。


 陸上自衛隊 幹部戦闘操縦課程



 私は今戦闘ヘリ、サーペントのコクピットにいる。

 早いもので今日はもう着任から1週間、基礎練成も9回目のフライトだ。

 コクピットは前後に座席が並んでるタンデム配置だけど、劇場みたいに段差が付いていて後席の方が高くなっている。だからバイクみたいに前の人の頭で視界が遮られることも無い。

 操縦は、前でも後でも可能。今回は私が後席でサッドが前席だ。

 2人のパイロットの内1人が操縦不能に陥っても、もう片方の操縦で生還出来るように操縦が前後席で可能なのはこれまでの戦闘ヘリの常識だったんだけど、サーペントは武装についても前後どちらも同じに扱えるのだ。

 実はこれ世界初なの。これまでのコクピットは、ほとんどがアナログ式の計器盤か、デジタルでも限定的な機能に留まってたのだけれど、サーペントは完全デジタル化を実現していてそれが武装の取り扱いにも表れている。

 今までの戦闘ヘリの多くは専用の索敵・照準装置や、ミサイル、ロケットを扱う武装系統のマネジメントシステムに関する操作パネルを前後席のどちらかに備え付けていたのだが、サーペントはコンソールパネルに大型のTFTを採用したグラスコクピットや、HMDS(ヘルメット・マウント・ディスプレイシステム)を採用した事によって前後席で出来る事に差を無くすことを実現している。

 これまでの戦闘ヘリは、パイロットが1人の場合、ミサイルは撃てるけど空対地ロケットは撃てないみたいな限定的な攻撃能力しか持てなかったんだけど、サーペントは少なくとも兵装選択においては制限が無くなったのだ。

 “少なくとも兵装選択においては”って但し書きが付くのは、戦闘ヘリの主流が2人乗り操縦を採用し続けている事がその主な理由である。

 世界の戦闘機のほとんどが1人乗りなのに、逆に1人乗りの戦闘ヘリがほとんど無いのは何故なのか。

 答えは簡単、パイロットのワークロードの問題である。

 戦闘機のような固定翼機に比べてヘリコプター(回転翼機)は操縦する事、飛行する事それ自体が難しいのだ。

 つまり、前後席どちらでも操縦・射撃をすることは可能だけど、100%の能力を発揮するには2人必要って事だ。

 それと、これは思わぬ副産物だったのだが、ヨーロッパ系の戦闘ヘリは前後席の役割がアメリカ系とは逆の物も有り、その様なヘリからサーペントに乗り換えたとしても、違和感なく機種転換できる点もメリットとなるだろう。


 さっきも言ったけど、パイロットが前後に座るタンデム配置だからコクピットからの眺めは最高よ。

 左右に余計な物が一切ない、上を見上げてもそう。真後ろだけはヘリの構造上メイントランスミッションを配置しなきゃならないから死角が生まれるけど、それでもサイド・バイ・サイド配置のコクピットに比べれば天と地の差ね。


          ◆


 前席のサッドと二人、協力しながらエンジン始動前のチェックを開始だ。

 お互いにチェックリストをコールアウト(読み上げ)しながら、スイッチ類が所定の位置になっているか確認する。

 当然チェックリストの項目は暗記出来てるんだけど、必ずリストを見ながら実施する事になってる。人の記憶には間違いがあるし、チェックリストが改訂される場合もあるからだ、いつものつもりでチェックを流して間違いを起こすことを防止する為でもある。

 グラスコクピットを採用してからチェック項目はだいぶ簡略化され、エンジンもスイッチ一つで始動可能となっている。

 チェック項目が簡略化された理由は、エンジン自体の制御システムがデジタル化された事も大きな要因だ。


 私が操縦訓練生の時はデジタル制御じゃなく機械式制御のエンジンで教育を受けたわ。

 デジタル制御の前つまり機械式のエンジン制御の仕組みってすっごく複雑で正直1回の講義じゃ理解できなかったわ。信じられるかしら、UH―1ヒューイやAH―1コブラに搭載されているライカミング社製のT―53系エンジンのFコン、つまりフュエル・コンピューターってコンピューターって名前だけど歯車式なのよ、凄くない?

 話が逸れちゃったわね。


 ビフォー・スターティング・エンジンから引き続きスターティング・エンジンのチェックを終了させた私達は、機側の整備員に対してハンドシグナルを送り、エンジンを始動する。

 更に続けて、エンジン・ランナップだ。

 コンソールパネル正面の大型TFTを立ち上げて、表示される計器の値が正常値を示しているか確認。

 操縦装置に備わった油圧系がサイクリック、コレクティブ、ラダーそれぞれが正しく作動しているか確認、これは3重の独立した系統を持ってるのでそれぞれをチェックする。

 続いて電気系統では、複数の電源の作動及び切り替えについて正常かを確認。

 無線機・航法装置も必要な数値やチャネル(チャンネル)をセットし、それぞれの作動が良好かを確認する。

 私たちが各種チェックを行っている間、列線勤務の整備員達も機体の外観をチェックしてくれている。問題が無ければスタブウィングに取り付けられている武装関係のセーフティ・ピンを抜き取り、それを前席のパイロットに渡してくれる。

 スタブウィングって言うのはスタビライザー・ウィングの略称で、胴体の側面に付いている小さな翼だ。ウィングって言う名前だけど揚力の発生は限定的でその役割は主にロケット・ポッドや各種ミサイルランチャ―を装着する為のウィングストアー・ラックが取り付けられている。

 整備員からセーフティ・ピンを受け取ったパイロットは、渡された数に不足が無いかを確認して整備員へ合図を送る。

 それを確認した整備員は機体の周りに人や障害物が無いかをチェック、最終的に異常が無ければ、パイロットに合図を送り機体から離れる。

 機外の整備員と意思疎通する為のインターフォン・ジャックもスタブウィングに内蔵されているけど特別な整備確認飛行の時位しか使わない。普段は全てハンド・シグナルだ。

 因みにセーフティ・ピンは機外の武装関係に付いている以外にもコクピット内の前席と後席にも一つづつ付いてる。

 何の為かというと、緊急時に火薬でキャノピーを吹き飛ばす装置の安全ピンだ。

 ヘリには射出座席の様な緊急用の脱出装置もパラシュートも装備されて無いから、後は自力で何とかするしか無いんだけどね。


 いよいよタクシーアウトよ、管制官とコンタクトしてクリアランス(許可)を貰わなくちゃ。

「レントンタワー、サーペント09(ゼロナイナー)リクエストタクシー フォー パターン・フライト」

 サーペント09は、今乗っている機体のコールサインだ。

 「サーペント」が機種毎の識別用で「09」が機体の登録番号の下2桁である。コールサインはフライト毎に自由に付けられるが、特別な場合を除いてこれが一般的なやり方である。

 最後に管制官に要求したパターン・フライトのパターンとは、「トラフィック・パターン」の事だ。

 飛行場には離着陸の為に滑走路を中心とした4角形の飛行経路が設定されている。航空機がそれぞれ好き勝手に色んな方向から飛んできて、飛行場に着陸しようとしたら大変だ。

 だから、飛行場周辺でその流れを整えるための経路を決めている。離着陸訓練も当然その経路を使う訳である。


『サーペント09、レントンタワー。タクシー トゥー ランウェイ34(スリーフォー) ディレクト』

 タワーから移動の許可が出たわ。

「サーペント09、ランウェイ34 ディレクト」

 管制官の指示をきちんと了解した事を示すためリードバック(復唱を送信)する。

「ホバリングに移行します」

 前方の整備員にハンドシグナルを送ると同時に、前席のサッドにも意思表示。

 いよいよ地面から離れるわ、ホバリングする為にゆっくりと垂直に上昇するわよ。

 機体が不安定にならない様に周辺に視線を飛ばしながら、左手に握ったコレクティブ・レバーを慎重に引き上げる。同時にコンソール・パネルのTQ(トルク)計も確認する。

 左手のコレクティブ・レバーの操作に合わせてトルクの値も上昇。機体がホバリングするのに必要なトルクの値は把握しているので、機体が浮揚する寸前から更に慎重にコレクティブを操作する。

 機体が地面から離れたら、そのまま3ft(フィート)(約90cm)の高さまで上昇し一旦停止する。所謂ホバリングの状態だ。

 ホバリングはヘリコプター最大の特徴的な飛行方法だが、実はマスターするのがとても難しい。


 ここでおさらいだけど、ヘリコプターってどうやって飛んでるか分かる?

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