雄大とビン

(さっきの悪夢のせいで、最悪の気分だ……)


 早朝の空気が吸いたくなり、自室のA-12号室を出た。


 ロビーの辺りまで「タン、タン」と規則的な音が聴こえる。音は外からだ。


 宿舎を出ると、空はまだ薄暗く、しっとりとした風が肌に触れるのが心地よかった。


 音を辿ると、誰かが中庭でバスケットボールを突いている。目を凝らしてみると、それはビンだった。


 子供みたいに夢中になってボールと遊んでいる。ドリブルに緩急をつけ、フェイントを織り交ぜながら、ボールを自在に操っていた。


 日が昇りはじめ、朝の光に照らされたビンの笑顔が浮き上がった。


 雄大はハッと息を飲んだ。そこに生を感じたからだ。


 エドラド王国に来てからは、常に不安と死が隣り合わせ。昨日見た異世界者が、翌日には消えている──なのに、ビンは満面の笑顔だ。


 そのとき、弾んだボールが雄大の方に転がった。ビンがそれを追う。目が合った。


「雄大じゃん。おはよう!」


「おはよう」


「何してんの?」と言いながら、ビンがボールを拾い上げた。


「お前の練習を見てたんだよ」


「声かけてよ」


「邪魔するの悪いと思って」


「気を遣うな。同じチームだろ?」


 そう言われた瞬間、一瞬だけ学生時代のバスケ部に戻った気がした。


「雄大も、一緒にやるか?」


「ちょうど今、体を思い切り動かしたかったんだ」


 雄大は、にこりと笑った。


🏀

 

 俊敏で緩急をつけたドリブル、相手の虚を突くアクロバティックなシュート。ビンの持ち味はストリートスタイルのプレイだ。


 学生時代は2軍止まりだった雄大が、敵うはずもない。必死に走り、必死に手を伸ばしても、翻弄されて終わり。それでも清々しい汗だった。


 プレイ中のビンのアドバイスは的確だ。


「腰上がってる、落として」


「目線、相手を行かせたい方向に」


「良くなってる! やるじゃん!」


 こちらの苦手を見極め、端的に伝えてくれる。


 彼は教えるのに向いている。威圧感がないし、ノセ上手で誉め上手だ。


 ビンはつくづく優しい奴だと、再認識した。


🏀 


 中庭の地べたに並んで座り込み、一休みした。


「キマイラに勝ち越していくには、雄大の能力が鍵だな」


「おれの能力? ビンやリタより下手なのに?」


「センスや技術だけがバスケじゃないぞ」


 ビンは、自分の右目を指さした。


「目?」


「そう。お前には目。観察力がある。それはすげえ武器だ。それを活かすためには──」


 ビンの考えはこうだ。


 前半は雄大に敵の観察をさせ、中盤に投入。雄大が気づいたことを基に戦術を組み直し、攻める。


「なるほど。けっこう良いかも」


「今一緒にやってみて思ったけど、雄大は飲み込みが早い。器用だよ」


「そうか?」


「身体能力は普通だけど、その器用さがあれば、キマイラを翻弄できる」


「出来れば良いけど」


「教えてやるから、何かシュート覚えろよ。相手がアッと驚くやつ」


「分かった」


 雄大は微笑んだ。



 小鳥が地面を突き、また飛び立つ。中庭の時計は9時を過ぎている。


ビンが急に「ああー!」と声を上げた。


「ヤバい! 今日みんなでどっか行くとか言ってたよな?」


「そうだ! 確か、魔法適正診断があるとか……」


 2人で顔を見合わせ、青褪める。


「9時にロビーだ! ケイギさんが引率するって言ってた……」


「急げ!」


 2人同時に立ち上がり、中庭の地面を蹴って駆け出した。





 


 


 


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ミミクリー・ウィザード 第1章【10日間】 詣り猫(まいりねこ) @mairi-neko

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