異世界に飛ばされたワナビの私は転移先でも執筆を楽しむ

にゃべ♪

転移したワナビ

 私は趣味で小説を書いている。同じ作家同士で交流している内に、同志と呼べる仲間も出来た。そんな仲間達と腕を競うように書いていたら、いつの間にか読者も増えていた。ああ、執筆って楽しいなあ。


 私が執筆を始めて3年が過ぎた頃だろうか。いつものようにPCに向かってキーボードを打ち続けていると、突然画面が強く光って思わずまぶたを閉じた。

 その瞬間、不思議な感覚が私を襲ったの覚えている。次にまぶたを上げた時、目に映る景色が自室ではない事にショックを受けた。


「え? ここはどこ?」


 そこは深い森の中。そして、私は樹齢2000年くらいの木の切り株の上に座っていた。もう何が何だか分からない。すぐに自分の姿を確認すると、間違いなく転移する前と同じ姿。部屋着に半纏装備。って、ここ森の中だしちょっと暑いわっ!


「うーん……」


 今のこの世界の気候は日本の4月下旬くらいだろうか。私の一番好きな気候だ。それと、全くアレルギー反応が出ない。この世界に杉とかはないのかな?

 調子がいいのでちょっと歩き回ろうとも思ったけど、裸足だから出来ればあまり動きたくない。ああ、PCも一緒に持って来られたなら今の気持ちを書き残せたのに。


「えぇと……」


 興奮も落ち着いたところで、私は改めて状況を確認する。ここは、異世界――なのかな? とにかく知らない世界だ。私は着の身着のままで森の中に転移した。それ以外は何も分からない。

 あ、異世界転移のお約束についてはどうだろう?


「プロパティ!」


 反応なし。


「スキル確認!」


 反応なし。


「女神ー! 返事してくれーっ!」


 反応なし。


 どうやら特殊能力は何も付与されていないようだ。一体どうすればいいんだろう。と言う訳で、何も知らない世界に一人ぼっちの孤独に病みそうになっていたところ、がさりと落ち葉を踏む音が聞こえた。


「だ、誰?」

「そっちこそ誰だ? って言うか大丈夫か?」


 背後から現れたのは人だった。ファンタジー世界でよく見かけるような旅人の服装をしている。やっぱり文化の違う世界に飛ばされたようだ。

 幸いな事に言葉は通じている。私は今後の事を考えて、この旅人に頼る事にした。


「あの、助けてください」

「あ、ああ……。いいよ」


 旅人は予備の靴を持っていたので、ちゃっかりとそれを履かせてもらう。そうして、2人で歩いて森を脱出。その道中で彼と話をする事で、ある程度の事は分かってきた。


 ここはやはり中世ファンタジー的な異世界で、お約束の剣と魔法の世界らしい。私が転移した森は賢者の森と言って、エルフのテリトリーなのだとか。そこで先にエルフと出会わなかったのは、偶然だろうとの事。

 この時の情報収集で一番驚いたのは、この旅人、いや、冒険者もまた異世界からの転移者だと言う事だった。


「俺の場合は自分で転移したんだけどね。ほら、今の日本て色々とキツいじゃん?」

「でも私は帰りたいんだけど。帰り方は知ってる?」

「いや、俺は来たかっただけだから、帰り方なんて知らない」


 もしかしたら知っているのかもだけど、彼からそれを聞き出す事は出来なかった。その後も日本の悪口ばかりを聞かされ、ああ、この人はこの世界に来れて幸せなんだろうなと実感する。こっちの世界の事を話す時はすごく楽しそうだったからだ。


「とにかくさ、君がこの世界に来た理由は分からないけど、これからは一緒に行動しよう。俺が色々と教えてあげられるし、その方がいいだろ?」

「そうだね。じゃあよろしく!」


 こうして、私達は相棒になる。さっき彼の事を冒険者と言い直したけど、本当に冒険者だったんだ。やっぱり剣と魔法の異世界と言えば冒険者だよね。

 その話の流れで魔法が使えるか聞いてみたら、バッチリ使えるらしい。


「君も魔導者を読めば魔法、使えるようになるよ。この世界は魔素が豊富なんだ」

「じゃあ、読んでみるね。貸してくれる?」

「いいよ。俺の持ってるので良ければ」


 私は彼から魔導書を受け取る。不思議だったのは、その本が日本語で書かれていたと言う事。それにも色々理由があるのだろうけど、面倒なので私は考えるのをやめる。とにかく、魔導書を読む事で魔法は使えるようになった。

 彼は剣担当。2人での異世界生活の始まりだ。先にこの世界に来て馴染んでいただけあって、彼はすごく頼もしかった。ギルドでのクエストをこなしていく内にランクも上がり、安定した生活基盤を手に入れる。


「さて、今日も日記をつけておくかな」


 異世界に来て冒険者の暮らしに馴染んでも、私は執筆の癖が抜けなかった。酒場で今日あった事を日記に書いていると、隣りに座った別の冒険者に覗かれる。


「何でお前こんなトコで日記を書いてんの?」

「この雰囲気が好きだから。宿屋だと言葉がうまく出てこないんだよね」

「お前、変わってんな」


 その冒険者は私を面白がり、流れで日記も読まれてしまう。プライベートな日記なら取り返せって騒動にもなっただろう。けれど、その日記は読まれても大丈夫なエッセイ的な書き方をしていたので、私としてはどうぞ読んでくれ的なスタンスだった。


「何だこれ、スッゲ面白いじゃねーか!」

「そう? それは良かった」

「なあ、これ本にする気はないか?」

「は?」


 その冒険者は冒険の傍らで冒険記を出版している出版社の人間だったのだ。私の日記はその人のお眼鏡に適ったと言う事になる。偶然とは恐ろしい。

 私が戸惑っている間にトントン拍子に話は進み、個人的な日記は一冊の冒険記になった。元の世界でも書籍化はしていなかったので、少し複雑な気持ちになる。


 冒険記はその世界でいきなりベストセラーになった。なので続編の執筆依頼が舞い込み、私はその作業に追われてしまう。夢にまで見た作家生活がこっちの世界で実現してしまうだなんて、本当世の中って分からない。


 私が冒険を中断して執筆に集中していると、面白くないのが相棒だ。彼は私のこの新しい仕事を全く歓迎してくれない。書き始めた頃はまだ応援してくれるふりをしていたものの、ヒットしてからは執筆の邪魔しかしなくなっていた。


「新しい依頼を受けてきたんだ。執筆より冒険を楽しもうぜ」

「いや、でも締切も近いし……」

「俺達は冒険者だろう! 一生冒険者しますって言ってくれたじゃないか!」

「それは言ってない!」


 こう言う喧嘩も日常茶飯事だった。初めて会った頃は喧嘩なんてしなかったのに、一度開き始めた溝はどんどん大きくなるばかり。とにかく顔を合わせる度に喧嘩腰になる日が続き、私達の関係は崩壊する。

 うざい男から開放された私は、冒険記以外に創作小説も書き始めていた。主人公は私をモデルにした美少女で、数々の苦難を乗り越えて世界を平和に導くスケールの大きなやつだ。ノリにノッて書いていたところで、突然宿屋のドアが勢いよく蹴破られる。


「やっぱり許せねえ!」


 そこに現れたのは元相棒。手には剣が握られている。今にも斬りかかってきそうな勢いだ。私はこの突然の状況に、どう対処していいのか分からなかった。


「ちょ、落ち着いて。ねえ!」

「俺はお前の書いた話が好きだった。だから応援もしたしコメントも書いた。なのにお前はどうだ? 作家仲間たちだとか、俺以外の読者とばかり仲良くしやがって!」

「え? は?」


 突然のカミングアウトに私はとまどう。ただ、その告白で目の前の男が誰なのかの見当は付いた。私が執筆を始めてすぐにコメントを書いてくれた自分に酔いすぎる人だ。

 その人のコメントはすぐに暴走を始め、妄想で語り始めるので返事を適当に返すようになっていた。いつの間にかコメントが来なくなったと思っていたけど、その頃にこっちの世界に来ていたのだろう。


「折角俺がお前を執筆から開放してこっちの世界の呼んだってのに、また俺を裏切るのかぁぁ!」

「貴方だったの?!」

「俺を、俺だけを見ていてくれよおお!」


 彼はカミングアウトの後、いきなり斬りつけてくる。数々の冒険で鍛え上げた腕は本物だ。

 私も冒険者生活をしていたものの、安全地帯からの魔法詠唱がメインなので至近距離の戦闘には不向き。一瞬で部屋の隅に追い詰められてしまった。


「今後も執筆を続けると言うなら、俺はお前の腕を切らねばならない。その手が悪いんだ。悪い手は切らないといけない。うへへへへ……」


 彼はとっくに正気を失っている。このままだと腕どころか命さえも失いかねない。私、絶体絶命。この世界で覚えた魔法も詠唱には時間がかかる。そんな暇は与えてくれないだろう。となると生き延びるには執筆を止めると宣言するしかないけれど、その後の束縛生活を考えると簡単に言葉には出来なかった。

 私が何も出来ないでいると、彼の剣が力強く振り下ろされた。私は思わずまぶたを強く閉じる。


 その時、私は強い光に包まれた。気が付くと見覚えのある景色。元の世界に戻ってきていた。失踪を知った仲間たちや読者が協力して、私を日本に戻してくれたのだ。

 その中に魔法に詳しい人がいて、私を逆召喚してくれたらしい。


「今まで時間がかかってごめん。大丈夫だった?」

「うん、危機一髪だった。みんな、有難う」


 その後、私はこの時の体験の話を書いて見事にコンテストで大賞を取り、夢の書籍化作家になった。

 私を異世界に引きずり込んだ彼は戻らなかったし、詳しい人がアンチ魔法をかけてくれたのでもう召喚される事もない。きっと彼は今もあの異世界で楽しく冒険者生活を続けているのだろう。


 私は書籍化作品の続刊に手を付けている。今日も執筆頑張るぞい。



(おしまい)

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