第33話

「●●●」


 雄二自身にも分からない声を上げつつ目の前のゾンビの頭部を掴み地面へと叩き付ける。


「●●●」


 何度も。


「●●●」


 何度も。


「●●●」


 何度も。


「●●●」


 何度も繰り返す。そしてその首元を抱えるように腕で固定し、反時計回りに首を捻じり回す雄二。


「●ね」


 ギリギリギリと強い抵抗を腕に感じる。それにも構わずただひたすらに捻じり続ける雄二。そしてボゴッという音と同時に、目の前のゾンビは活動を停止した。


「……」


「……」


「……」


「……ハアッ!…ハアッ!…ハアッ!」


 思い出したかのように呼吸を再開する雄二。酸素が脳に回ると同時に急速に分泌されていたアドレナリンも引いていく。残されたものは右腕に残る鈍い痛みと、目の前に転がる頭部が完全に潰れてねじ切れた死体だけだ。


「…くそが」


 回らない脳を無理やり回転させつつ雄二が立ち上がる。自身の右腕にはくっきりと赤い歯型が付いていた。


(出血はしていないが…完全に噛まれた。…消毒……意味あるのか?…いや、出来ることは全部やるべきだ。…諦めるな。…諦めるな)


 雄二が車の元へと走る。車内に備え付けられていた救急箱を手に取り消毒液を右腕に全てぶっかける。


「…っ!!」


 ペットボトルの水を使い、血が出る一歩手前までまるで毒物を絞り出すかのようにゴシゴシと洗い流す。


「……」


「…くそが」


「…ここまでやってダメなら…もう諦めるしかないないだろ……」


 運転席に乗り込みシートに体を預ける雄二。雄二の気分は最悪だ。車内から漂う噎せ返るような血の匂い。シートに染み込んだ赤黒い血痕。それでも雄二は、もう車内から出たいとは思わなかった。


「…車。どこかで洗わないとな……」


 抗いがたい程の強烈な眠気に雄二の体が揺れる。


「…いや、…その前に食料だ……どこか……で…確保…しないと……」


 雄二が最後の力を振り絞り車の鍵を内側からロックする。


「……」


 それを確認したと同時に、雄二は瞳を閉じた。



 20××年4月5日 20時00分


「……ん」


 泥のような重たい眠りから目覚め、雄二は数回瞬きをする。


「ここは…ああ。…車内だよな」


 体を少し動かし、用心深く窓から外を見る雄二。周囲は完全に暗くなっていた。道に備え付けられた外灯だけが人気のない山道を照らしている。


「…夜?こんな時間まで眠っていたのか?…いや、そもそも俺は……」


 何気なくポケットからスマートフォンを取り出す雄二。画面には午後20時と表示されていた。しかしそれ以上に雄二を驚愕させたのは時刻ではない。日付の方だ。


「…え?…4月…5日…だと?」


「そんな…馬鹿な……」


(ありえない。あの日から4日経過しているのか?)


 意味不明な現状に雄二の混乱は収まらない。


(そんな長時間、人間は眠れるものなのか?…おかしい。…ありえない。…自分でも気づかないほど疲れていたっていう事か?…分からない)


「……」


 恐る恐る雄二が自身の右腕へと目を向ける。


「……え」


 そして何度目か分からない声を再び雄二は口にする。


 そう、そこにある筈の傷跡は、綺麗さっぱりと消えていたのだ。

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