第3話② 喰らわば皿まで


「伝えんつもりだったが、その皿にはたっぷりの毒が使われているのだ。我には効かぬが、唯の人間ならそうはいかぬ」


 もう一息で、死ぬところだった事実に、僕の身体は震えていた。


「それじゃ、わざわざ料理を運んでいたのは......」


「どうにかして、我を殺したいのだろうな。向こうの立場に立てば、いつまでも持て余している訳にもいかんのだろう」


「僕は、ミザリーさんに毒を食べさせていたという訳ですか」


「そんなに気に病むな。我にとっては、料理に不味くなる調味料が入っている。ただそれだけのことなのだ」


「それでも、嫌がらせには違いません」


「我が気にせんと申しておるだろう! いいから、どんどん口に運べ。誰かに食べさせてもらうのは、案外悪くないのだ」


 ミザリーさんが望むなら、と思うけれど。どうしても、スプーンを持つ手が震える。


「またズレたぞレイヴ。そこは鼻の下だ。ほら、さっさと拭(ぬぐ)え」


 言われるがままに人差し指を差し出して、ミザリーさんの顔を拭う。


 指についたどろりとしたスープから目が離せない。舐めたら、死ぬんだ、これ。


「くっくっく。絶対に舐めるなよ? 其方は変なヤツだから、もしかしたらということもあるかもしれんぞ」


 ミザリーさんはとっても意地悪そうに、笑った。僕もぎこちなく笑い返す。


「......明日は、なんとかして毒の使われてないのを持ってきます」


「どうするつもりだ? まさか、他の皿と入れ替える訳にもいくまい」


「シェフに頼んでみます。毒なんか無駄だから、いれるのは辞めようって」


「よいか。彼らにとっては毒こそ一縷(いちる)の望みなのだ。それを簡単に手放す訳がなかろう。それに、情が湧いたとされて、別の職場に飛ばされるのがオチだ」


「じゃあ、どうすれば! 一生、不味いマフィンを食べるつもりですか? 思い出が汚れるのは嫌でしょう?」


 僕は、ほんのちょっとだけ半狂乱になって喚いた。


「もっと良い考えがある......」


 声を潜めて、彼女はいう。


 そのとき、フッ、と牢屋内のロウソクの明かりが一斉にかききえた。全てが暗闇に覆われる。


 静かに、静かに、ろうそうは溶け出していた。ちょうど、このときのために。


「良いか、レイヴ。其方がこの檻(おり)から、こっそり我を出してしまえ」


「其方になら、出来るであろう?」


 暗闇の中で何かが、まっすぐ僕をみつめていた。それは紫色の瞳だと、本能で分かった。

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