陽
*
大学進学が決まり、この町に引っ越してきたのはつい先日の事のような気がするのに、季節の移り変わりはあまりにも早い。
三年に進級し、また春が来たかと思いきや、あっという間に半袖でもやりきれないぐらいの暑さが到来する。気が付けば前期も終わりに近づき、テスト期間に入った。
大学も三年目になると、だいぶテストの要領も飲み込んでいるから楽なものだ。
テスト問題は基本的には終了後全て回収されてしまうのだが、学内においては公然と過去問が出回っている。一番後ろの席に座った生徒が、前から回ってくる問題用紙が余った時に、こっそり机の中にしまってしまうのだそうだ。試験監督が厳しい人であれば見逃さないのであろうが、そこも慣れの問題である。上級生にもなってると、ただただ面倒な一業務として試験会場でぼんやりと座るだけの教授の前から問題用紙を持ち出すぐらい、朝飯前の所業なのだ。
とはいえ、回ってくる過去問の中には信じられない程古いものもある。平成の初めの頃や、下手をすると昭和なんて日付がプリントされたものも混ざる。俺達が生まれるよりも更に昔の過去問だ。こんなものを本当に信用して良いものかどうか、最初の内は半信半疑だったものだが、いざテストを迎えるとそっくりそのまま同じ問題が出てくる事もざらだ。
つまるところ、もう何十年も同じテスト問題を使いまわしている教授も少なくないという証拠である。
その為、テスト期間になれば俺達は過去問を集め、過去問の暗記に終始し、テスト当日を迎えた後はヤマが当たったの外れたのという話題で盛り上がる。勿論、中にはちゃんと普段から勉強して、どんな問題が出されても安定して優秀な成績を収めるような人間もいるのだろうが、せいぜい一握りが良いところだろう。
レポート、論文系の課題についても同様で、ちゃんと歴代の先輩方は見本となるような過去の課題を代々引き継いでくれる。後は個々の持つ文章能力の範囲内で、てにおはを変え、文章構成の前後を変えて、金太郎飴のように似たようなレポートを提出する。それでもよっぽどでない限り、単位は貰えてしまう。
ランクや教授の質にもよるのだろうが、大学なんていい加減なものだ。
そうして七月の中旬に前期を終えれば、大学は八月末まで夏休みに入る。
実家に帰る連中も多いものの、俺は残る事にした。帰ったところで何がある訳でもないし、何よりもやはり貴重な夏休みはアルバイトをして金を稼ぎたい。……というのは建前のようなもので、本音は早く有希さんに会いたい気持ちでいっぱいだった。夏休みになれば、平日だってバイトに入れる。毎日のように有希さんに会えるのだ。有希さんの魅力に比べれば、実家に帰る理由なんて鼻くそ程も見当たらなかった。
「おはようございます」
約二週間弱のテスト期間を空けて訪れた『フィオーレ』は、だいぶ雰囲気が変わっていた。
テーブル配置が少し寄せられ、空いた壁際に今までは無かったカウンターのようなスペースが設けられていた。その上に、金属の飾り台のような物が並ぶ。もしかして、これは――。
「おはよう。びっくりしたでしょ。今度の週末からバイキングが始まるのよ」
戸惑う俺に、乃愛が笑顔を見せた。
「あれ? お前先に来てたの?」
「勿論。テスト期間中でも、私はちゃんと店出てたんだからね」
「おっ、陽。久しぶり」
胸を張る乃愛の後ろから、久坂マネージャーが姿を現した。
「夏休みのイベントで、期間限定のバイキングを開催する事にしたんだ。面白そうだろう?」
俺はテスト期間中のアルバイトを休み、いわば『有希さん断ち』をしてテストに専念していた為、全くの浦島太郎状態だった。
ここしばらくあまりにも繁忙が続いた上、夏休みになればこれまで以上に客数も増えるだろうという事で、混雑の緩和とサービスの簡略化、回転率の向上を目的として、八月いっぱいまで『サマーバイキング』を行うのだという。
これまでやってきたコース形式のサービスだと、一番安いAコースでもオーダー・前菜・メイン・デザート・ドリンクと最低でも五回のサービスが必要になる。その点、客自身が料理を運ぶバイキングスタイルであれば、オーダーを取った後は会計まで特にサービスする必要はない。加えてコースだとどうしても食事時間が掛かってしまうが、バイキングの場合、さっさと食べるだけ食べて帰ってしまうビジネス客も取り込める為、回転が早まる事も期待されるというのだ。
「へぇー。でもフィオーレのバイキングなんて、かなり混んじゃうんじゃない?」
「そう思うでしょ? しかも一人千八百円。私だって、個人的に来てみたいもん」
今出しているランチのAセットが1ドリンク込みで千五百円だから、単価的にはちょっと上がる計算になる。ただし、フィオーレの料理が食べ放題なのだとしたら、決して高い金額ではないはずだ。
早速店内のあちこちには『サマーバイキング開催!』のPOPが貼られ、以前お世話になったタウン情報誌にも掲載して貰う事にしたらしい。早速口コミで聞いた客から問い合わせも入っていて、期待値は上々だという。
「バイキングだからって、手を抜くつもりはないからな。むしろ売上を上げる狙いの方が強いんだ。これから忙しくなるからな」
腕組みしながら自信に満ち溢れた笑みを浮かべる久坂マネージャーに、俺と乃愛は元気に「はい!」と返事した。
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