第5話

「ちょっと待ってて!」

 私はゴブリンに言って外に飛び出すと、森の中を見回した。

 えぇっと、手頃そうなのは……


 私は周囲の木に絡みついた蔓草つるくさをつかんで引っ張った。

 力任せに何度引っ張っても、丈夫なつるは切れない。

 切る道具が必要ね。

 カッターか何かなかったかな。


 エプロンのポケットに手を突っ込んで探ると、花の手入れに使う花切ばさみが出てきた。

 さらに一組の軍手も。

 あら、私、こんなの入れていたっけ?

 と一瞬思ったけど、すぐに忘れた。

 そんなのはどうでもいいこと。

 今大事なのは、この蔓草よ。


 私は両手に軍手をはめると、蔓草を5本ほど切って家に戻った。

 ゴブリンたちは、私が立ち去ったと思ったのか、またゴミ、いや、家財の上で捜し物を再開していた。

「みんな、ちょっとどいてちょうだい。

 キミ、そっちを持って、ここに立ってて」

 と1匹のゴブリンに蔓草の端を持たせて、私は部屋の反対側に行った。

 うん、長さもちょうどいい。

 私は蔓草の端を木の根に結びつけると、ゴブリンの方へ行って、そちらの端も根っこに結びつけた。

 これで部屋の中に蔓草のロープが張り渡された。


 私は他のゴブリンたちに呼びかけた。

「さあ、手伝って!

 残りの蔓も部屋に張るのよ!」

 ゴブリンは私のことばを理解できないけど、目の前でやって見せたから、私が何をしたがっているかはわかったらしい。

 私たちと同じように蔓草の両端を持つと、部屋の端から端までぴんと張り渡した。


「オッケー。

 キミはもうちょっとこっちに来てね。

 はい、いいわ。

 あなたはこっち。部屋を横切るように張るのよ」

 蔓草が1本が途中で切れてて、4本だけしか使えなかったけど、それを縦に2本、横に2本張り渡したから、部屋の中が9つのブロックに区切られた。

 うん、いい感じ!


 私はゴミの中から壊れかけた木箱を引っ張り出すと、入り口に一番近いブロックに置いて、ゴブリンたちを呼び集めた。

 手招きのジェスチャーが通じなくてちょっと苦労したけど、なんとか集まってくれた。

「いい? よく見て、聞いていてね」

 私は木箱の前に立つと、足元から適当な物を拾い上げてみせた。

 得体の知れない、曲がった棒のような物だった。

 黒くてすべすべしている。

 何に使うのかわからないから、ゴブリンたちにいてみた。

「これって、いる? いらない?」


 本当は、この質問は「これは使うか、使わないか」で考えなくちゃいけないんだけど、ゴブリンには言葉が通じないから、単純な「いる/いらない」で訊いてみた。

 それでもゴブリンたちは理解できなくて、きょとんとしていたけれど、それは想定内。

「いらない」

 と言いながら、私は曲がった棒を入り口から外へ投げ捨ててみせた。


 すると、ゴブリンたちはいっせいに飛び上がって悲鳴を上げた。

 1匹が血相を変えて飛び出して、棒を拾って戻ってくる。

 どうやら大事な物だったらしい。

 私に向かってキーキー文句を言い出したので、私はまたそれを取り上げて、今度は箱の中に置いた。

「いる」

 と声に出して言いながら、丁寧ていねいな手つきで。


 ゴブリンはまたきょとんとした。

 何をされているのかわからないらしい。

 そこで、私はまた足元から別の物を拾って、「いる? いらない?」と訊いてみた。

 何かの木の実の食べかすのような皮だった。

「いらない」と言って外に投げ捨てても、今度はゴブリンは拾いに行かなかった。

 やっぱりこれはゴミだったらしい。


 そうやって、足元の物をどんどん「いる? いらない?」と訊いていって、外に投げ捨てては、ゴブリンが取りに行った物を「いる」と箱の中に置き、取りに行かなかった物を「いらない」と放置していたら、ゴブリンも私のことばの意味を理解し始めた。


「(綺麗な緑色の石)いる? いらない?」

「キー!」

「いるのね。じゃあ、箱に入れるよ」

「(干からびて皮とタネだけになった木の実)いる? いらない?」

 ゴブリンたち無言。

「いらない、ね」

 入り口から外へポイッと捨てても、やっぱりゴブリンたちは何も言わないし動かない。

 よしよし、意味がわかってきたわね。


 そこで今度はゴブリン自身に物を持たせてみた。

 へりがぼろぼろだけど、服のように見える布きれ。

 それを体の大きなゴブリンに持たせて、「いる? いらない?」と訊いてみた。

 そのゴブリンを選んだのは、どうやら彼(?)がこの家のリーダーのようだったから。


 リーダーがとまどって私を見上げてきたので、もう一度、手に持たせた布を意識させてから、「いる? いらない?」と訊いた。

 それでもまだ迷っているから、「いらない」と言って捨てさせようとしたら、リーダーは必死で布を抱きしめた。

 やっぱり大事な物だったらしい。

 そこで、「いる」と言いながら布を箱に入れさせた。

 リーダーだけでなく、他のゴブリンたちからも、ほっとした気配が伝わってきた。


 こうしてリーダーはとうとう「分別ぶんべつ」を理解した。

 リーダーが理解すると、他のゴブリンもすぐに真似をして分別できるようになった。

「いる」ものなら箱の中へ。「いらない」ものなら入り口から外へ。

 私は足元の物を次々拾ってゴブリンに渡すだけで良くなった。

「はい、これ」「はい、キミはこれ」「はい、お次はこれね」……

 必要な物が箱に溜まっていって、不要品は外に捨てられていく。

 足元の物はみるみる量が減りだした。


 そのうちに、何匹かのゴブリンが、別のブロックで分別を始めたので、私はすぐに呼び戻した。

「だめよ。

 まず入り口に近いこのブロックの物を全部分別してから。

 1ブロックずつ順番にやっていくの」


 これは片付けをするときの重要ポイント。

 始めた場所が完全に綺麗になるまで、他の場所に移動しちゃだめなのよね。

 あちこち移動すると、結局どのブロックも中途半端で終わることになるから。

 どんなに他のブロックが気になっても、まず最初のブロックをやり遂げないと──


 ズザザザザーー!!


 最初のブロックで物が減りだしたせいで、いきなり隣のブロックから物がなだれ落ちてきた。

 なんと!

 せっかく物が減ってきていたのに、また物だらけになっちゃった。

 困ったなぁ、どうしよう。


 悩んでいたら、リーダーが他のゴブリンに何かを指示した。

 ゴブリンたちは部屋の中をうろうろしていたけれど、やがて、物の中から顔を出していた板きれを何枚も持って戻ってきた。

 それを他のブロックとの境界線に立てて、へいのようにする。


「おー、グッジョブ!

 これで隣から物がなだれ込まなくなったね!」

 笑顔で親指を立てて見せたら、ゴブリンたちはまたきょとんとしてから、見よう見まねで自分たちも親指を立てた。

 あはっ、かわいい。


 そう。

 一緒に片付けをするうちに、私はゴブリンたちをかわいいと感じるようになっていた──。


(つづく)

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