第三話

「是非、参加します。おわたいの取材もしたいですし、懇親のきっかけになりますね」


 渡りに船だ、とつくもが喜んでいる。


「万智さん達も参加するんですか?」


 すると、万智が眉を下げて困ったように笑う。


「だめだめ、うちは喪に服してますから。それに朔実さんが誘ってるのは先生ですよ」

「あ、そうか。彼、漁業組合の人でしたね」

「迎えに来てもらいます?」

「いえ、東浜はさっき歩き回ったので、分かりますよ」


 午前中、中浜と東浜を一軒一軒、簡単な質問を訊ね回ってきたのだ。


「朔実さんも、先生がいろいろとおわたいについて聞いて回ってるって言ってましたよ」


 万智がクスクスと笑った。


「もう、先生のことを知らない人はいないんじゃないかしら」


 先生が釣られて笑う。


「今朝の漁師さんも私のこと知ってましたから」

「じゃあ、大漁だって騒ぎは先生もご存じだったんですか」

「ええ。たまたま漁港にいたので」

「部屋に行ったら先生達いなかったから、どこに行ったのかって、颯実そうまと話してたんですよ」

「それは、すみません」


 白が髪をくしゃっと掻いた。


「そういえば爽果さんは?」

「爽果ですか。爽果はおばあちゃんといっしょにいますよ」

「おわたいの成功が大漁を招いたなら、爽果さんこそ主役でもおかしくないですよ」


 すると、万智が困った顔をした。


「爽果はあの日からずっと塞ぎ込んでて……。やっぱりどこか具合が悪いんじゃないかしら」

「そうですか……」


 白が口を尖らせて何か考えていたが、「じゃあ、行ってきます」と、山田といっしょに東浜へ向かった。


 坂道を下り、漁港へ向かう途中、先ほど白が何を考えていたのか知りたくて訊ねた。


「さっき爽果さんのことを聞いてましたけど、何かあったんですか?」


 白が首を傾けて、困ったように唸った。


「うーん……特には」


 山田は、白の煮え切らない態度がどうにも気になった。


「でも、先生は前も爽果さんのことで、何か引っかかるような言い方してましたよね? それは一体どうしてですか?」


 どうしても知りたくて、ごねるような言い方になった。


「まだね、確信がないんだよね……だから説明できない」


 山田は白がもったいぶっているんじゃないかと疑った。


「でも、先生はいろいろと仮説を立ててたじゃないですか。そのどれかでおわたいのこととか、何かが分かったんじゃないんですか?」


 白がくしゃくしゃと髪を掻いて、唸る。


「まだ、説明できるまで至ってないんだよなぁ」

「そう言わないで、先生教えて下さいよ」


 白の言葉に、だんだんとモヤモヤとしてきた。


「とにかく今はまだ言えない。考えがまとまったら、君にはすぐに話すよ」


「やった!」とばかりに、山田は目立たないように小さくガッツポーズを取った。




 二人は東浜に入り、村の案内板を見つけて、健次郎の家を探した。地図の通りに道を辿ると、大きな平屋の家屋に行き着いた。


 ガヤガヤと人の話し声が外に漏れ聞こえてくる。


「ここで間違いなさそうですね」


 山田は玄関に立って表札を見た。どうやら健次郎は漁業組合の組合長のようだ。


 インターホンがないので、引き戸を開けて、直接、家人に呼びかける。


「すみませーん」


 すると、エプロンをした女性が出てきて、怪訝そうな顔をした。


 山田はすぐに朔実の名前を出した。


「お呼ばれしたつくもと山田です」


 すでに知らせてあったようで、女性の表情が和やかになった。


「はいはい、上がって。くっはそのままで良いから」


 そう言って、奥に向かって声を掛ける。


「お父ちゃーん、だいがっ大学せんせ先生やったよ!」

「おー、いじゃったもんせ入ってください


 奥座敷のほうから男性の声が返ってきた。


 白は女性に軽く会釈すると、土間を上がり奥座敷に入っていった。山田も白に倣い、彼の後に付いていく。


 開け放たれたふすまから中を覗く。


 脚の低い長机がずらりと並べられて、その机を囲むように赤ら顔の六十代から七十代の組合員達が座って騒いでいた。すでに宴会は始まっているようだ。


こけこけこっちこっち


 七十代くらいの男性が、山田達に向かって手招きをした。


 それを見て、山田は軽く頭を下げる。


 差し示された空いた座布団を勧められて、二人は腰を下ろした。


 座った途端、ビール瓶をグラスに傾けられて、断る間もなく、なみなみと注がれてしまった。


「お招きいただきありがとうございます」


 白が笑顔で謝辞を述べて、ビールが入ったグラスを手に取った。そうしている間に、山田のグラスにも同じようにビールが注がれる。


「あ、いや……僕は……」


 と、弱々しく断ろうとしたが、乾杯とグラスを目の前に持ってこられると、断りづらくなった。


「乾杯!」


 健次郎が機嫌良くグラスを差し出した。


 白がそれに答えて乾杯をした。こうなると山田もせざるを得ない。白と健次郎がビールを飲んでいる隣で、山田は泡を舐めるようにちびちびと口にした。苦い味が口に広がる。飲めないわけではなかったが、ビールは悪酔いするので苦手なのだ。


そいでそれでせんせ先生。調べは進んでいますか」


 すでに健次郎の耳に、午前中の白の取材のことが届いているようだった。


「おかげさまで。みなさんのご協力のおかげで、順調に取材ができてます」

「そうですか! ないもけんなんでも聞いたもはんか聞いて下さい。協力しますよ」


 組合長の心証は悪くなさそうだ。


「今日の宴会は、大漁だったからと聞きましたけど」


 すると、健次郎の表情が見る間に明るくなった。


「そなとですよ! こげなこちゃ数年ぶりですわ。じゃんでなので、こうして組合員を労っているちゅうわけで」


 健次郎が豪快に笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る