第二話

 気付けば、周囲に村民がガヤガヤと集まり始めていた。


「ちょっと聞いてきます」


 山田はつくもから離れ、村民のほうへ寄っていった。


 みんな、たくさん並べられたトロ箱と魚を眺めて、口々に何か言い合っている。


「こりゃ、たいじゅ大漁だな」

「なぁ、きぬ《昨日》のおわたいで西山の爽果が戻ってきたんだよなぁ?」

「おお、みかんを持っちょったってたぞ」

「吉宝さあがたいじゅ大漁だとかなんとかゆちょったし、本当じゃったんだな」

「おわたいがしくじい《失敗》したとおも《思》てたけど、うまくいっちょったんか」


 山田はおわたい振興会の熱意と、村民のおわたいに対する関心とに大きな隔たりを感じた。


 半世紀前の儀式が再現されたとて、過去に成功したことを一度も経験してなければ、その必要性など全く感じないだろう。


 高齢化で準限界集落に至った状況が今まで以上に悪化し、結果、村が消滅する。そんな未来が確実にやってくる。


 この村の住民の大半が過疎化に対する危機感がない。


 今回のおわたいで、果たして、失われつつある信仰をどこまで調査できるのだろう。


 山田は白が何を考えているのか知りたくて、振り返った。さっきまで山田の背後に立っていたはずの白の姿がなくなっていた。山田は辺りを見回して、慌てて背の高い鳥の巣頭の白を探す。


 中浜に入る道の端に、白が野田教授と立ち話をしているのを見つけた。


 山田はほっと胸をなで下ろす。うっかり物思いに耽ってしまった。


 小走りで、二人の元へ寄っていった。


「おはようございます、野田教授」


 声を掛けると、野田教授が「おはよう」と答えた。


 野田教授の傍らに、スーツケースがある。近所を出歩く格好でもないので、もう帰ることにしたのだろうか。


「お帰りになるんですか?」


 山田が聞くと、野田教授はうんと頷く。


「目的は達成したからね。君達は帰らないのかね」


 白が漁港を振り返る。


「もう少し取材してからにします」


 今すぐ帰るのは、爽果の様子など気にかかることが多くて、気が進まない。それは白も同じかもしれない。


 ふと、野田教授が片手に大きな紙袋を持っていることに気付いた。


「それ、お土産ですか?」


 野田教授が紙袋の口を開いてみせる。


「研究用に、“橘の宝玉”をもらったんだ。本当なら、おわたいで女の子が持って帰った橘の実が欲しかったけど、成継さんにあれはもともと渡してあったものだと思うって言われてね」


 白がにこりと笑う。


一時いっときはどうなるかと思いましたね」

「波瀾万丈だったね。成継さんは成功したと喜んでいたけど」

「そうですかぁ。確かに爽果さんが帰ってこれたから、成功と言えば成功なんでしょうね」


 白がおわたいの儀式に関して、ちょっと引っかかる言い方をした。


「成功したんじゃないんですか?」


 山田を白が見下ろす。


「成功したんだろうねぇ。まぁ、様子見かなぁ」


 そのとき、山田達の真横に、軽トラックが停車した。


「野田せんせ先生! おくい送りますよ」


 朔実が窓から顔を出した。


「成継はんから電話をもろたんで。バス停まで歩くのはわっぜえ大変じゃんそでしょう。駅までおくい送ります」


 野田教授が笑顔になる。


「やぁ、助かります。じゃあ、また大学で」


 手を振る野田を乗せた軽トラックが、国道に向けて走り去った。


 白に向き直り、さっきの言葉の意味を問うた。


「教授、爽果さんが帰ってこれたって言ってましたけど……?」

「言った通りだよ。前も話したよね、濃い霧は神隠しに遭うことと関連性があるって。爽果さんが現世に戻れたのは奇跡だったかもしれない」


「本当に御郷島が存在すると言いたいんですか?」

「さぁ……、存在することを証明するのは難しいよ。爽果さんは帰ってこれたけど、それが御郷島が存在する証拠にはならない。橘の実を持ち帰ってきたけど、それも御郷島が存在したからとは言えない。当事者が存在したと言えばそうだし、存在しないと言えばそう」


「じゃあ、おわたいが成功したかどうかも証明できないと?」

「それも私には分からない。ただ、成功しようがしまいが、おわたいがなかったと言うことにはならないってだけ。だから、もう少し調査しないとね」


「でも、これ以上は口伝も文献もないから難しいんじゃ」

「まだ村民全員に聞き込んでないから、意識調査は必要だと思う。おわたいをどういうふうに考えているか。おわたいを経験したか、未経験か。おわたいが成功したと思うか、してないと思うか」


 村民全体がおわたいに対してどう考えているのか、調べるまでは帰られないと言うことなのだ。


「大雨でバタバタしてたけど、そろそろ村の人達の取材を始めないといけないね」


 そのつもりだったのか、白がボイスレコーダーなどが入っている、袈裟懸けしたショルダーバッグを叩いた。




 昼になっていったん西山の家に戻ると、万智が出迎えてくれた。


「どこ行ってたんですか」


 伝言も残さず出掛けてしまったせいで心配していたのか、万智が呆れた顔をした。


「取材をしに出掛けてました。ご心配かけたみたいで……」

「それはそうと、今から東浜の健次郎さんところで、宴会をするから来ないかって、朔実さんからお誘いの電話があったんですけど、行ってみます?」


 靴を脱ぐのをやめて、白が万智を見た。


「村の人が集まるんですか?」

「漁業組合の人は参加しますよ。と言ったって、みかん農家以外は漁師ですけどね」


 万智がからりと笑った。


「今日は大漁だったって聞いたし、そのお祝いじゃないかしら」

「大漁でお祝いですか?」


 山田は今朝の漁港の様子を思い出した。


「去年からずっと不漁で。数年に一度あるかないかの大漁だったんですって。景気づけじゃないかしら」


 だから、あんなに人が集まったのだろう、と山田は合点がいった。

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